メルヘン・ヴェルト ~世界に童話を~
第16話「やつの根城はここ。そいつだけは間違ってねぇ」

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「廃遊園地――か」  オレは派手なテーマパークの入り口を見上げた。派手なのは色ではなく飾りの方だが錆や風雨による消耗が激しくて可哀そうな事になっている。中にあるアトラクションもそうだ。  ここに来るのは初めてではないが島外での暮らし、特に過去の楽しい思い出が蘇って来るから少し苦手。殺し合いをしていると言うのに。 「ここに『エンゼルエンゲージ』の総元締めがいるって?」 『エンゼルエンゲージ』――それがカノとフォゼを狂わせた魔法で作られた麻薬。この二人が魔法麻薬をやっていたわけではなくて二人の両親がやっていたといた。廃人になったと、訊いた。それで二人は『エンゼルエンゲージ』を売っている連中を探し出して殺した、と言うわけだ。  ただその時にはもう総元締めは捕まっていてこの島へと送られていた。  二人がここに来たのはただの偶然だが姉のカノにとっては実に都合の良い展開だったらしい。自分たちの手で殺せるチャンスが来たのだから。 「そうだ。  行こうぜ」  正面きって入っていくカノ。 「隠れないで良いのか?」 「準備するまで待ってくれないさ。やつはすばしっこいからな」  周囲を警戒しつつ中へ。  オレたちもカノに続いてふらふらと吸い寄せられるように中へと入って行く。  荒廃したなにかは不思議と人を寄せつける。それなりに魅力を感じるんだよね。なぜだろう?  良く周りを見ると雑に生えた草がかつての遊具に絡みついていて年月を感じさせる。  哀愁を漂わせていると不意に、メリーゴーランドが回り始めた。 「うわ」  余りにも突然に回りだしたメリーゴーランドの光が夕日に溶け込み、異様な雰囲気を放って見えた。  しかし見とれている余裕はなく、オレたちは固まって警戒を強める。  起動させたやつがいるからで、そいつこそが二人の追うやつだからだ。 「一応訊くけど、総元締めの顔は見れたか?」 「いいや」  やっぱりか。  実のところ三人揃って総元締めの顔を拝んだ経験がない。運営側は流石に知っていると思うがそれ以外には決して姿を見せないのだ。  ……いや、少し違うか。  どこかに紛れ込んでいて総元締めだと悟らせない、と言った方が正しい。だからひょっとしたらこの二人のどちらかが総元締めの可能性だってあるわけで。 「知らんがぶっ殺す」  そう言うカノの表情はまさしく憎き仇を見るモノだ。  ……これが演技だったら感心する。ここまで自然な演技をする人を見た覚えはない。 「オイ出て来いよ! 勝負しようぜ!」  叫ぶカノ。しかしそれに応える声はない。声はない、が、別の遊具が起動した。  からかわれているな。 「うざったいな」  カノがその遊具に銃口を向けた。だが、 「姉さん、アトラクションにあたらない」 フォゼに制される。 「……わかっているよ」  絶対解ってなかったね今。  まあそれは良い。問題は総元締めの方だ。ゴーグル越しに見ても人影は見あたらない。けど間違いなくいるはずなのだ。どこかに隠れ潜んでいる。こうなって来ると本当にこの二人を疑いたくなるのだが、それが総元締めの狙いだろうとも思う。  つまり、さっぱり解らない。 「遊具の起動ってどこで出来るんだ?」 「ムダだぜ。マインたちがもうそこは探している。ヤロウは時限式で動くように仕込んでやがった」 「……そう、か」  それだともうここにはいないんじゃないか? その疑問をぶつけてみると。 「いや、いるのは確かだ。やつの根城はここ。そいつだけは間違ってねぇ」 「理由は?」 「やつは遊園地でバースディパーティをあげている」 「……だけ?」 「だけ」  思い出の地だから良く似た場所にいるはず、か。うん、なんて心許ない考え方。  けどそう言うものかもな。命を天秤に乗っけているこの島で人が縋るのは思い出かもな。 「っち。三人バラけて探すと戦力落ちるし、固まって探そうぜ」 「――で、兄貴は今も絶賛引きこもり。ママンとパパンは兄貴と入れ替わりで精神病院。魔法麻薬に――『エンゼルエンゲージ』に手を出し始めたのは兄貴が病院から帰ってきても引きこもるのをやめなかったからだな」  学校で陰湿ないじめにあっていたカノたちの兄。それを理由に引きこもりになって強制入院。退院しても変わらないでいたら現状からの逃亡を試みた両親が麻薬依存に。  カノの声が不自然に大きい。きっとここにいる総元締めに訊かせる為わざとボリュームを上げているのだろう。恨み込みで。 「情けねぇ兄貴だよ。  だけどそれを理由にドラッグに手を出した親もバカなんだ」  苦々し気に。 「マインらはもうそんなバカを見たくない。ここでヤロウをぶちのめしてももうしようがないのは理解している。『エンゼルエンゲージ』の生産と散布量はもう北米・EU全土にまで及んでいるからな。  だけどぶちのめさねぇと気がすまないんだよ」  やりきれない怒り、か。  オレが殺してしまった人の家族、グリムに心を奪われた人の家族は似た怒りを抱えているのだろうか。抱えている、よな。  オレはグリムを倒す魔法具を取りに来たと言うのに、こんなところで上とグリムが繋がっている話を知ってしまった。  ……いったい、オレの倒すべき敵は誰だ? 「腹減って来たな」 「姉さん、ちゃんとお昼とったのに」 「動きまくってんだからしようがないだろ。  フォゼ、お菓子」 「はいはい」  やれやれと言いながらバッグを漁り始める。  出てきたのはなんとハンバーガー。 「全く――むしゃむしゃ――クソ兄貴――モグモグ――もう一発殴るか」 「食べるか喋るかにしなよ姉さん」 「むしゃむしゃむしゃむしゃ」 「食べるのか……」  呆れるオレを尻目に野菜がこんもりと入ったハンバーガーを大口で食べ続けるカノ。なんと言うはしたなさでしょう。 「……撃って来ねぇな」 「え?」 「こうしてりゃ隙ありって感じで撃って来ると思ったんだよ」  ああ、そう言う。無鉄砲に見えて色々考えているんだな。 「姉さん、べとべとの手のまま腕組みしない」 「腕や服にはつかないようにやってんだよ、器用だろ」  軽くウィンクするカノ。  仕草は可愛いが汚れた手をほったらかしにしているのは可愛くないと思う。  その点石見がらみは可愛い。 「……日が落ちるな」  これはオレの言葉。西の方を見ると太陽がもう沈もうとしている。東の空は群青に染まりつつある。日が落ちると危険は増す。だから。 「カノ、フォゼ、ここまでだ」 「ですね」 「っち。しようがねぇ」  この時間帯になるとみな『家』の周囲に集まって来る。光に集まる虫のようだが、ゴミに比べればいくらかマシな表現か。  オレたちは廃遊園地の入り口へと向かって進む。その間も遊具は起動と停止をくり返している。最初はイラついたし驚きもしたがもう慣れた。  だから警戒を――いてしまった。 「「「――⁉」」」  入り口に差しかかったところで目の前が真っ白になった。

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