「ふぅむ」 校長は高年の男性だった。立派に蓄えられた顎髭をしきりに弄っている。それで堂々としていたら校長らしいのだが―― 「まことに、まことにご足労をおかけいたしました」 もの凄く低姿勢な方で。 「いやいや、オレはただの野良人です。立場的に校長であられる貴方の方が上ですよ」 「とんでもございませんワシはただ面倒事を押し付けられただけの身です故」 「校長」 「はい⁉ なんでしょう生徒会長さん⁉」 「校長と言う役職はただの『面倒事』ではないでしょう。由緒正しき統率者です。びしっと姿勢を正し決してご自分を卑下されぬよう」 「そっ、そうですね。びしっと、びしっと」 ネクタイを締め直して、姿勢を正す校長。 恐らく初君の方にはそんなつもりはないのだろうけれど本当の統率者は初君の方かも知れない。なんか怖いし。 「では校長、話を続けましょう」 「そうですね生徒会長さん。 えっと――」 「ただいま帰りました古栞です!」 ばぁん! とドアを開け放って舞い戻った古栞。 もう帰って来やがった。あ、ずぶ濡れだ。 「ほう、随分早く帰って来たな」 「なんせ十度目の三途の川やから!」 まさかこんなところに三途の川旅行のベテランがいるとは思いもよらない。 学習能力が欠如しているのではなかろうか。 「これでも魔法具の扱いは優秀なのだ」 オレの呆れ具合が顔に出ていたのだろう。初君がさり気なくフォローを入れる。 ふむ。初君が本当に古栞を悪く思っているならフォローなどするはずもない。きっと厳しく当たりながらも内心では優しく見守っているのだろう。 「バカだが」 違うかも。 「うちも同席します!」 「そうですね副生徒会長さんも長旅だったでしょうしどうぞどうぞ」 古栞にも低姿勢なんだな、校長殿。 「では」 了解を貰って遠慮なしに石見の隣にぼすんと腰かける古栞。弾みで石見がちょっと浮いた。 「静かに座りなよ」 「石見、子供は元気ある方が好かれるで」 「誰に好かれたいの?」 「言わへん」 軽くウィンク。をしながらも頬には一筋の汗が。 はぁん、いないな好きな子。あ、いけない。前にスゥさんに下世話な事考えるのは人の悪い癖だと言われたんだった。……待て、スゥさんも結構下世話だった気が。 「では、校長。改めてお話を」 「そうですそうですね。 えっと、生徒会長さん、犯人捜しどこまで進んでいましたっけ?」 「手掛かりなしのところまで」 ダメっすねそれ。 「ではまず副生徒会長さんが呪われた経緯についてお話しましょうか……少し前にこの地方を大地震が襲ったと言うのはご存知でしょうか?」 「ええ、オレたちの耳にも入っています。被害者、多く出たと訊きました。ただ被害の割に死者は少なかったようだけれど、あれは貴方がたが動いたと考えても?」 「ええ、ええ。 二の足を踏んでいたところ生徒会長さんに諭されましてね、教員生徒全員で出かけました」 「成程。良い生徒をお持ちですね」 あ、初君の頬がほんのり朱くなった。意外と照れ屋なのかも。 「それでですな、一仕事終えて校舎に戻ってびっくり、そこの副生徒会長さんが行方不明ではありませんか」 てへへ、と頭をかく古栞。いや、照れる必要は全くないが? 「その間については副生徒会長さんの方が詳しいですよね?」 そりゃ当人だしね。 「せやですな! 暫しお待ちを!」 ごくごくごく、出されたお茶で口と喉を潤して。 「市販の薬が尽きたもんやから山中で薬草を採っている時に二つ目の地震が起きて、地面崩れて落っこったせいで気を失ったんやけど、目ぇ覚めたら地下におったんな。大きな木が蓋になっていて空間が出来ていたんやけど、そこにいたんや……子供が」 どうして幽霊見つけたみたいな雰囲気で言うのか。 木で出来た地下にいた子供。怪しさ満点だからまあ良いけど。 「一応訊くけど、生きてたのその子?」 オレの腕をちょっと掴みながら、石見。少し震えている。はい、可愛い。 「最初は死んどる思うたなぁ横になっとったし。傷だらけやったし。 せやけど近づいてみると浅い呼吸しとってな、急ぎ手持ちの薬草と魔法具で治療に入って、なんとか持ち直した。 で、ありがとう言われて気づいたら呪われとった」 「「……………………は?」」 子供を助けて、呪われた? オレと石見は視線を交わす。なに言ってんのこの子? って意味を込めて。 「あ、うちがマヌケなモン言うた思うてるな? けど事実やねんしゃーないやろ」 「その子供はどうした?」 「消えた。ちょっとお腹見てる間にパッと消えとった」 握った手をパッと広げながら。 「それは……魔法でか? その辺に隠れたとかではなく?」 子供はちょっと目を離すといなくなってしまうが、そう言うのではないのだろうか? 「うちも近くにいるはずや思って探したねん。木の陰は勿論石に土、茂みも結構徹底的に。せやけどおらんかった。 やから消えたって表現が一番おうとる」 「私と同じ気配はした?」 つまり、魔法士だったかと言う意味だ。 「ん~うち準魔法士やからあんまあてにならんと思うけど、多分違う」 魔法士ではない。ではひょっとして、 「精霊や妖精の類かな?」 世界が変化して以降、見られるようになった存在たちだ。 精霊とはモノや植物に宿った付喪神。 妖精とは風に流れる魔力が渦巻く場所に生まれた超自然生物、である。 「精霊も妖精もしっかり存在しとるやろ? けど件の子供――あ、男の子やけど――で、その子は非常に不安定な存在に見えたなぁ」 不安定……。 「どれかって言うと、危険度Cのグリムに近かった気はする」 「……ほぅ」 グリム、か。 グリムについてオレたち人間側は完全完璧に理解しているわけではない。むしろ不明点が多い。だからひょっとしたら古栞があったようなやつがいるのかもだが。 「傷を、治したんだな?」 「ん。実はあの子が今、人間襲ってないかとビクついとったりする」 頬をひと掻き。 自分が治してしまったグリムが人の心を奪っていく、そんな事態になっているとしたら――それを想像したら気が気でならないだろう。 「一応その地下に連れて行ってくれる? 私なら残っている気配を追えるかも」
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