2034
5 クリーチャーの無念

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 その日の明け方、ヒナタは夢を見た。  ひとりの男が女にまたがり、首を絞めている。その隣には胸に包丁を突き刺され血を流している別の男が横たわっている。  男が女に向かって叫んでいる。 「ほらよくみろ。お前の惚れた男がそこで血を流してるぞ。お前も同じようにしてやるからな」  女は口をガムテープで塞がれ、手足も紐で縛られてるため何もできない。  ヒナタはこれは夢じゃないと直感で感じた。 『行かなくちゃ。でもどっちだ』  ヒナタは直感の赴くままに走った。六本木の狭い街路を右へ左へと走った。 『あのマンションよ。あのマンションの405よ』また脳内に少女の声が聞こえた。  扉の鍵は空いていた。ヒナタが中に入ると、男はすでに女の身体を何箇所も刺していた。男も女も部屋も血まみれだった。 「誰だお前は?」    男は両手に包丁を持ちながら、ヒナタのほうを見た。正気のない顔つきに血飛沫が表面的な迫力を加えていた。 「お前こそなんてことしてるんだ」  ヒナタは悪夢のような光景に怯みながらも一歩前へ進んだ。 「はぁ、お前に何の関係があんだよ。お説教か。警察でも呼べばどうだ?もう生きる気力を無くした人間に怖いものなんてないんだよ。死ぬ覚悟があれば何やっても許される社会なんだよ。お前も道連れだ」 と男は口から泡を拭きながら言った。 『こいつも、この前の半グレ男と同じで目がいっちゃってるな・・・』  ヒナタは身構えるも、男が持つ2本の血塗れの包丁がきらりと光ると、身体が硬直した。  男は包丁をむけ、ヒナタに襲いかかってきた。 『ヒナタ。恐れたら負けよ。恐怖を捨てるの。そしたら身体はもっと自由に動く。』 また脳内に少女の声が聞こえて、その刹那、ヒナタの顔つきが変わった。 『ヒナタ。その男はもう人間じゃない。クリーチャーという化け物なの。操られしまっているの。遠慮はいらない』  ヒナタは向かってくる男を真っ直ぐに飛び越えた。それから振り向きざまに男の首にハイキックを決めた。鈍い音がして、男はその場に倒れ込んだ。男は息をしていなかった。  ヒナタは我に返った。 『あ、またやっちまったか』  それから男の声がヒナタに聞こえた。 『なぁ、聞いてくれよ。 俺はあの子と結婚するために一生懸命働いて、何年も節約して、金貯めてきたんだよぉ。 彼女が望むから、小さいけどマンション買うローンも組んだんだよぉ。 つまらないしんどい仕事だけど、残業代もきちんとつくから毎日何年も夜遅くまで働いたんだよぉ。 結婚式だって、都内のホテルで盛大にやりたいって言うから、それだって無理して金貯めたんだよぉ。 人生ではじめて付き合った子で、5年も付き合って、この子のためなら何でもやれるって、死んでもいいって思って何でもやってきたのによぉ。 それなのに、あの女は、式の1ヶ月前に突然、官僚だか何だか知らないけど、合コンなんかしやかがって。好きな人が出来たから、別れてほしいって。 しかも、言わなくていいのに、ここ2、3年、他の男とも何回も浮気もしてたとか最悪な告白までしやがったんだよぉ。 どんだけ尽くしても伝わらねえんだよな。金や力の前じゃ俺なんかの愛は無力なんだよな。 殺してくれてありがとな。少年。 もう生きてても仕方なかったからよ』  男の脳内には、男と女が楽しそうにデートしているいくつも映像が走馬灯のよう浮かんでいる。そして、なぜかそれがヒナタの脳内にも転写されている。男も女も幸せそうに笑っている。  次に男が女から別れを告げられるシーンがヒナタの頭に浮かんでくる。男は失意のどん底で女の部屋を去り、六本木の街を当てもなく彷徨っている。雨が降るも男は傘も刺さずに彷徨い歩いている。次の瞬間、男の頭に音のしない小さなカミナリのような光りが突き刺さり、男はその場に倒れ込こんだ。数分後、男は立ち上がり、ふらふらと自宅へと戻っていった。

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