50歳前後の男が黒塗りの車に乗せられて、スーパー特区赤坂にある朝倉の事務所に到着した。 「いちサイレントヒューマン如きが、かの有名な朝倉先生に呼ばれるなんて光栄です」 「いやいや、鷹見さん。わざわざお越しいただきありがとうございます。白票を一千万票も集めるなんて、お見事です。」 「お手紙を拝見させていただきまして、さすが先生は我々の狙いを分かっているなと思いました。頭の切れる先生です」 「ここ数年、国政選挙のたびに着実に白票を増やしてきてましたね。実はずっとチェックしてましてね、どなたかがあれを先導しているのかを密かに調べていたのですよ」 「はい。日本全国各地に散らばるサイレントヒューマンの村々とネットワークを作ってました。それで少しずつ説得していきまして、やっとこの規模まで来たんです」 「で、ずばりどうでしょう?マイクロチップ改正法の実現を条件に、この次の衆議院選挙で白票を我が党への票へと変えていただけないでしょうか?鷹見さんが集めた一千万票が加われば我が党が第1党になれます。絶対に法改正を約束します」 「…」鷹見が答えずにいると、朝倉が続けた。 「ま、と言っても、初めて会った人間を信じろと言っても無理ですよね。しかもアカシック大宇宙教なんて怪しいカルト団体にしかみえないでしょうから、そちらのお仲間の説得も難しいですよね。でも私は本気です。信じてもらえるにはどうしたらよいでしょうか?」 「確かに我々の望みは、失われた我々の権利の回復です。2021年にマイクロチップの埋込を拒んだ我々は経済活動や移動など様々な制限を受けているうえに、マスコミを使った相次ぐプロパガンダでサイレントヒューマンなどと呼ばれすっかり非人間的な存在とされてしまっています。最近はあからさまに政府は自分たちの悪事や社会的な問題を尽くサイレントヒューマンの仕業として幕引きさせてます。そして国民の大半はそれを信じているようですから、我々はすっかり都合の良い存在です」 「つまり…」 「はい。先生のような政府の裏事情まで知っている方ならまだしも、その他の議員さんや一般の党員さん達はサイレントヒューマンと組むなんてことは認めないんじゃないでしょうか。まして従順な皆さまでしょうから」 「まぁ確かに反発はあるでしょう。でもそこは私の力を信じて欲しいのです。私も近年の政府のやり方は露骨すぎて、さすがに見逃し難いと思っています。どうしたら信じてもらえるでしょうか?」 鷹見は少しの間沈黙して、それから口を開いた。 「最近、特区内で続いている怪奇事件についても、政府は最後は我々の仕業にする気でしょうかね?」 「原因不明の不審死や猟奇的な殺人が続いているというやつですね。政府がそうする可能性は高いでしょうね。けれど、私はあの事件の裏には相当な何かがあるんじゃないかと踏んでいます。私なりに真相を探っているところです」 「実は、私の息子がどうもその怪奇事件に巻き込まれてしまったようなのです。数週間ほど前に私と同じように黒塗りの車で特区に呼ばれまして、その時にその事件現場にばったり遭遇してしまったようです」 「それで、息子さんはご無事だったのですか?」 「実はそれが、、、正当防衛だと本人は言っていますが、暴れていた相手を逆に殺してしまったのです。警察も追っているようで、まだ身元はバレていませんが、時間の問題でしょう。サイレントヒューマンですからいくら正当防衛と言っても通じないでしょう」 「なんと。それは大変な事態ですね。今の政府なら全てをその息子さんのせいにしかねないですね。どうでしょう。その息子さん、私が救います。この事件の裏には何かがあります。真相を暴かねばならないと思っているのです。暴いてみせますよ。そして息子さんも救います。そしたら私を信じてもらえますか?」 「息子は息子で自分でどうにかするとは言っているのですが、とはいえまだ18歳です。もし先生が助けてくれるのであれば、それはそれでとても嬉しい申し出です。こういう話をするつもりで来たわけではないですが」 鷹見は含み笑いをしながら言った。 「はは。いいじゃないですか。このタイミングで息子さんがそうなったのもきっと何かの意味があるはずです」 「…もし息子を救ってくれるのなら、先生を信じます。仲間も説得しましょう」 「これで取引成立ですね。どうか私を信じてください」 「白票をまとめてどこかの党に投じれるのは一度きりです。最初に失敗したら、皆はもう二度と白票すら入れなくなるでしょう」 「分かっていますよ。これは私にとってもリスクのある選択です。私も私なりに覚悟しています」
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