2034
11  ノンキャリの星 高橋警視

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   自警団の総長はスーパー特区六本木警察署にいる高橋警視を尋ねていた。 「高橋警視、この度はうちのヒデが一般人に被害を加えるような真似をしてしまい大変申し訳ありませんでした。怪奇事件から住民を守る自警団を名乗りながら面目ありません」 「まぁ本人は気の毒だったけど、不幸中の幸いというか、他に死人は出なかったからよかった。自警団の一員だということはマスコミには伏せてあるよ」 「本当に面目ありません」総長は深々と頭を下げた。 「だけど、ヒデがなんで突然あんなことをしでかしたのが解せなくて。薬をやるようなやつでもないし。あんなやつとはいえ一応仲間でしたから、真相を探りたいと思っているんですよ」 自警団総長は力を込めて言った。 「ここだけの話、一連の怪奇事件は警視庁内で特別捜査チームが作られて、そこが一元的に対応している。現場には断片的な情報しかおりてこないし、勝手に動くことができない。俺も正直歯痒いんだ。こんな事件は本当は現場総出で捜査しなくちゃならないんだけどな」 「やっぱりそうですか。俺も警察が本気で動いてるのかかなりあやしいなと思ってるんですよ。現場での聞き込みも甘いし、情報提供しても追ってくれないときもあるし。この一連の事件の裏には何かありそうですね」 「大きな声じゃ言えないけど、上層部の動きがどこかおかしい」 「なるほど。ところで、ヒデをやった相手の男について何か情報は得られてますか?」 「それがなかなか手こずってるんだ。現場付近の防犯カメラの映像がデータベースと一致しないみたいだ。一緒に現場を離れた女ってのも行方不明になってる。でもまぁ現場に居合わせた目撃者数名に聴取した限りだと、やっぱり正当防衛だろうな」 「その男が仮にサイレントヒューマンだったらどうなります?」 「なんだって。何か知ってるのか?仮にそうだとしたら、話は別だろうな。サイレントヒューマンだったらどんな理由があれ特区の一般人を殺めたらおしまいだ」 「実は、その行方不明になった女ってのもうちらの知人でして、春って言うんですけど、その春を介してその男に、男と言っても18歳の子供なんですけど、ちょっと接触しましてね。そしたらなんと特区にたまたま紛れ込んだサイレントヒューマンらしいんですよ。それで、まぁ、変な話なんですけど、最初はヒデの報復と思って近づいたんですけど、それがまさかのそいつと意気投合しちゃいまして、一緒に怪奇事件の真相を解明しようということになっちゃったんですよ。なんか不思議なやつでして」 「ん、どういうことだ?」 「SFみたいな話で信じ難いかもしれないですけど、そのサイレントヒューマンの子供が言うには、怪奇事件を起こしている連中ってのは単に狂ったやつらっていうより、みんな何者かに操られているって言うんですよ」 「ほうほう」  高橋警視は冷ややか口調で言った。 「その子供、なんか不思議な力があってですね、春が言うにはヒデのことは当然何にも知らないのにヒデの家族の名前を口にしたらしくて、つまりその、死ぬ直前にヒデの心の声が聞こえたって言うんですよ。ヒデが心の中ですまなそうに家族の名前を言ってたらしいんですよ」 「だから、なんなんだ?」 「その、つまり、目の前で暴れてたヒデと死ぬ直前のヒデがまるで別人格のようだったと。だから憑依じゃないですけど、別の何者かが乗り移ってたみたいだと。それでどうもこれは何者かに操られているんじゃないかって話なんですよ」 「ほう。確かに噂ではサイレントヒューマンってのは変わった能力があるやつが多いってのは聞いたことはあるけどな。でもさすがにそれは信じ難いな」 「その子供、細い体つきなんですけど、まぁヒデを倒したくらいですから力もハンパないんですよ。実は警察より先にとっ捕まえようとしたんですけど、こっちら3人がかりでも抑えられなくてですね。それで話したら話したで、妙に説得力があるというか、俺もなぜか納得しちゃいまして。まぁ不思議な男なんですよ。あ、そうそう、その操られている連中のことを、クリーチャーとかなんとか言ってましたね、確か」 「ん?クリーチャー?聞いたことある言葉だな」  高橋警視は眉間に皺を寄せた。 「そうだ。クリーチャーってのはあれじゃないか、内閣府が中心に進めている計画の名前だよ。2050年クリーチャー計画だ。たしかに1人の人間がクリーチャーっていう分身ロボットみたいなものを10体とか自在に操れるようにするってやつだよな。そういや去年あたりか政府がメタバースグラスとかいうのを全国民に配ったのもそれの絡みだったよな。俺みたいな老体はそんなの使うこともないけどな。ほんとマトリックスみたいな社会にだんだんなっていくな」 「なるほど。クリーチャー計画ですかぁ。メタバースですかぁ。世間のことに疎いんで初めて聞きました」 「まぁでも今回の事件とは関係なさそうだな」 「いや、どうすかねぇ。今回の事件、警察上層部は何かを隠そうとしてるわけですよね。それはつまり政府の偉い人たちが何かしら絡んでるってことですよね」 「まぁそのへんは俺にはなんとも言えないな」 「いや、オレみたいな奴は、基本的に政府も警察も信じてないから、あ、高橋警視みたいな現場叩き上げで警視まで上り詰めた人は別ですけどね、どうしても穿った見方をしちゃうんですよね。政府がわざと社会不安を演出してもっと管理しやすい社会にしようとしてるんじゃないか、とかね」 「ははは。たしかに、この15年、パンデミック、戦争、災害、エネルギー危機、食糧危機と、危機の度に国民の安全を守るという名目で政府の権限が強くなっていってるのは間違いないな」 「そうなんですよ。メディアだって、危機は煽るけど、政府の批判になるようなことはほとんど言わないじゃないですか。お茶を濁す程度のことは言うけど。一方で、うちらみたいな底辺の庶民の生活は一向によくならないし、それなのにほとんどの国民は国民で従うばかりでほとんど声も上げないし。なんか気持ち悪いというか、ちぐはぐというかなんというか」 「まぁ気持ちは分かるよ。大きな声じゃ言えないけど、警察だって上層部は総理官邸の顔色ばかり窺うようになっちまってるよ。昔はもっと警察組織としてのプライドみたいなものがあったんだけどな」 「俺は所詮、半グレあがりでどうしようもないやつですし、何の権限もない自警団やるくらいしかできませんけど、今回の怪奇事件については、俺らなりに真相を探ろうと思ってますから。警視にも何かしら迷惑かけるかもしれませんけど、一応本気なんで、仁義切っておこうと思って来たわけなんですよ」 「分かったよ。俺も警察の対応には不満がある。けど俺も所詮は組織の一員だ。最終的には組織の決め事には従うしかない。上が幕引きしたら終わりだ」 「そこはもちろん分かってます。無理なお願いをするつもりはないですよ」 「ふふ。ま、とはいえ、もうすぐ定年だしそんなに怖いものもないのも事実だ。ある程度は大人の対応もできる」

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