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1-1. 神秘をまとう少女 「うひゃぁ! な、何これ……」  いきなり渋谷のスクランブル交差点に転送された異世界の少年レオは、目の前に広がった巨大動画スクリーンに流れる映像に圧倒され、四方八方から押し寄せる群衆に翻弄ほんろうされた。 「これが……日本?」  異世界の王女は美しい金髪をゆらしながらレオの手を握り締め、つぶやく。  やがて信号が赤になって人がはけていき……、車がパッパー!とクラクションを鳴らす。 「はいはい、危ないよ!」  青い髪の少女は二人を引っ張って歩道に上げる。  ガガガガガガガー!  鉄橋の上を山手線が走り、続いて逆方向から成田エクスプレスが高速で通過していく。 「うわぁ!」  レオは目を真ん丸にして後ずさりする。 「ここが日本、レオの理想とする貧困のない国だよ」  青い髪の少女はニヤッと笑って言った。  「これが……日本……」  レオは唖然あぜんとして渋谷の雑踏の中で立ち尽くす。  物心ついた時から奴隷として朝から晩までこき使われ、まともな食事も与えられず苦しんできた少年は、想像を絶する光景に言葉を失っていた……。        ◇  それは、渋谷に転送される日の午前中の事だった――――。 「はい、どうぞ」  十二歳の少年レオは山菜採りの帰り、道端の孤児に野イチゴを手渡した。  孤児は何も言わずに野イチゴをひったくり、一気にほお張ると軽く頭を下げた。  道の脇のさびれた小さなほこらには身寄りのない子供たちが住み着き、雨露あめつゆをしのいでいるのだ。  レオは彼らの身を案じつつも、自分も奴隷として過酷な肉体労働の日々を送っていることにウンザリし、 「ふぅ……」  と、大きくため息をついた。 「お前! 何サボってんだよ!」  レオはいきなり後ろから首輪を引っ張られる。  オエッっとえずきながら、首輪を押さえ振り返ると、ボロをまとったアルとは対照的に煌びやかな衣装の小太りの若い男が、二人の手下を引き連れて立っていた。  彼はジュルダン。アルの所有者で、大きな商家の坊ちゃんだった。 「こ、これは、ご主人様、サボってるのではありません、ご命令の山菜摘みの帰りです」  ジュルダンはそう言うレオの身体をジロジロと見回す。 「お前! 何だこれは!」  レオの腰の短剣を引き抜くと、品定めをする。それはつかの所に綺麗な赤い石がはめ込まれた立派な短剣だった。 「それは父の形見の短剣です。返してください!」  レオは取り返そうとするが、手下たちが身体を押しとどめ、手が届かない。 「形見? 盗んだんじゃねーのか? 奴隷が持つには贅沢すぎる」  そう言うと、ジュルダンはビュンビュンと短剣を振り回した。 「返してください!」  レオが手下を振り切りながらジュルダンに迫ると、ジュルダンは、 「おっといけない!」  そう叫んで、短剣を後ろに放り投げた。 「えっ!?」  短剣は青空をバックに大きな弧を描き、後ろの池にボチャン! と音を立てて消えていった。 「あぁっ!」  呆然ぼうぜんとするレオ。ずっと大切にしてきた父の形見、それを捨てられてしまった……。 「お前が手を出してくるから危ないと思って手を離したんだぞ! お前らも見てただろ?」  ジュルダンは手下たちに聞く。 「その通りです!」「コイツのせいです!」  手下たちは嫌な笑みを見せながら言う。  レオは体の奥底から湧き出す怒りで我を忘れ、ジュルダンに殴りかかった。 「ふざけんな!」  しかし、その直後、レオの首輪がギュッと締まる、 「ぐっ……、ぐぉっ……」  レオは地面に倒れ込み、もがき苦しむ。  奴隷に付けられた魔法の首輪は、主人に危害を与えようとすると自動的に締まるようにできていたのだ。  それを見たジュルダンは、 「奴隷のくせに主人にたて突くとはふてぇ野郎だ!」  そう叫びながら、何度もレオにけりを入れた。  手下たちも、 「ふてぇ野郎だ!」「ふてぇ野郎だ!」  と、真似しながらレオを蹴り、顔を踏んだ。  なんという理不尽、しかし、奴隷のレオにはどうにもできなかった。 「いいか、奴隷は人間じゃない。よく覚えとけ!」  ひとしきり暴行を加えると、ジュルダンはそう言って、笑いながら街の方へと歩き出す。  レオは血の味がするくちびるをキュッとかみしめ、涙を流した。  一体なぜ、こんな仕打ちを受けねばならないのか? 生まれが不運だっただけで奴隷として売られ、毎日過酷な労働と理不尽な扱い。レオは全く納得がいかなかった。  なぜみんなが笑顔で暮らせないのか……。いつかこの理不尽を変えてやる。子供ながらもレオは心に誓ったのだった。        ◇    レオはよろよろと立ち上がって池のほとりまで歩き、しばらく呆然として池を見ていた。  短剣は命の次に大切な物だ。潜ってでも探すしかない。  レオは大きく息をつき、服を脱ごうとした。  その時だった。  いきなり青空がかき曇り、暗くなったかと思うと、鮮烈な閃光が走り、激しい衝撃波を伴いながら流れ星が目の前の池に突っ込んできた。  轟音と共に巨大な水柱が上がり、激しい水しぶきがレオを襲う。 「うわぁぁぁぁ!」  驚き、腰を抜かすレオ。  一体何が起こったのか混乱しているレオの目の前で、青い髪をした少女が水面を軽やかにトントントーンと駆けてきた。  少女は波紋を点々と残しながら、楽しそうに短剣が落ちた辺りまでやってくると、ドボンと潜った。  レオは唖然あぜんとしながら、ブクブクと湧き上がってくる泡を眺める。  しばらくすると少女はゆっくりと浮かんできて、 「少年! 君が落としたのは金の短剣? それとも、鉄の短剣?」  そう言いながらうれしそうな顔で、金色に光り輝く短剣と、レオの短剣を見せた。  レオは驚き、とまどう。  少女は水から上がってきたのに濡れた様子もなく、短く青い髪を風に揺らしている。透き通る白い肌に整った目鼻立ち、そして美しく澄んだ水色の瞳をしていた。 「どっち?」  首をかしげ、少しおどけた感じで言う。  少女は胸元の開いたシルバーのホルターネックのトップスに黒のショートパンツ、マントのような前が開いたスカートという、この辺では見ない服を着ている。  レオは意を決し、答える。 「落としたのは鉄のです。でも……金のも欲しいです……」 「きゃははは! 正直だねっ。いいよ、両方あげる」  少女は屈託のない笑顔でそう言うと、また水面をトントンと駆けてレオの前にやってきて、 「はい、どうぞ!」  と、首をかしげながら二本の剣をレオに差し出す。 「ほ、本当にいいんですか……?」  レオは少し伸ばした手を止め、少女を見て聞いた。 「ふふっ、この短剣……、君にはちょっと縁を感じるんだよね。どうぞ」  少女はうれしそうに言う。 「ありがとうございます! これで奴隷を抜け出せるぞ!」  レオは剣を受け取ると、ずっしりと重い黄金色に輝く剣をじっくりと眺め、 「くふぅ……、やったぁ!」  と、こぶしを握ってガッツポーズを見せた。  少女は優しくうなずきながらその姿を眺める。  そして、恍惚とした表情のレオに聞いた。 「奴隷抜けたらどうするの?」 「どうしようかな……。奴隷や貧困のない世界でゆったり暮らしたいなぁ……」  レオは青空にぽっかりと浮かぶ白い雲を眺めながら言った。 「うーん、奴隷も貧困もないところ?」  渋い顔をする少女。 「きっとどこかにある気がするんです」 「残念だけど……、この星には無いよ」 「えぇ――――……」 「権力者は格差大好きなんだよ」  そういって少女は肩をすくめた。  レオはしばらく考え込み、そして、振り返る。視線の先には寂れた祠、そして飢えた浮浪児たち。  レオは目を閉じ大きく息をつく。  そしてうなずくと少女を見て、 「じゃあ……、作ります……」  と言って、こぶしを力強く握って見せた。 「え?」  少女はポカンとした表情を浮かべる。 「なければ僕が作ります!」  レオはしっかりとした目をして少女を見据えた。少女は最初困惑した様子を見せたが、ニコッと笑うと、 「いいね! それ、最高!」  と、言った。 「どこか、人の住んでいない所に新たな国を作ります!」 「いいね! いいね!」  少女はノリノリだった。 「手伝ってもらえませんか?」  レオは少女にお願いする。  少女は動きをピタッと止め……、水色の瞳をキラッと光らせ、鋭い視線でレオを見た。 「本気……?」  低い声で聞く。風がそよぎ、少女の青い髪がふわっと泳いだ。 「もちろん!」  レオは曇りない眼で少女を見た。  すると、少女は両手で少年の頬を包み、そっと額をレオの額に当てる。  直後、レオは青と白の世界に浮いていた。 「えっ!?」  下半分は真っ青、上半分は真っ白、青と白しかない世界……。  でも、下を見て気がついたが、それはただの青の地面ではなさそうだった。  レオはかがんでそっと触れてみる……。波紋がフワーっと広がっていく。  それは水だった。どこまでも透明な水が、どこまでも深い深さで青に見え、静かに鏡面のように世界に広がり、水平線を作っていたのだった。  とんでもない清浄な世界にレオは思わず息をのむ。  見ると、隣で少女も浮いている。 「ここは……、どこ?」  レオが恐る恐る聞くと、 「ここは僕の中だよ」  そう言ってうれしそうに少女は答えた。 「えっ……?」  レオはどういうことか全くわからなかった。  少女はクルクルと楽しそうに舞いながらレオの前に来ると、 「僕はシアン、深淵より来た根源なる威力オールマイティ……。いいよ、手伝ってあげる」  そう言ってにこやかに笑った。 「あ、ありがとう!」  レオはニコッと笑う。 「ただ……」  シアンは急に神妙な面持ちになると、レオをにらんで言った。 「深淵の力を使う以上中途半端は許されない。途中で投げ出すようなことがあったら……」 「あったら?」 「殺すよ……」  シアンは燃えるような紅蓮の瞳を輝かせ、射抜くようにレオを見た。それは水色の時とは桁違いの迫力を持ってレオの心の奥底まで貫いた。 「え……?」 「君だけじゃない、この星もろとも全てこの世から消し去るよ?」  シアンはニヤリと笑みを浮かべた。  レオは一瞬言葉を失い、口をパクパクとさせる。  ただ、シアンの瞳の輝きには純粋で鮮烈な力は感じるものの、悪意はみじんも含まれていなかった。  レオは大きく息をつくと言った。 「この星って……、この大地も街もみんなも全部……ですか?」 「そう、一切合切全部この世から消えるよ。それでもいい?」  レオは多くの人命を背負う重大な責任に一瞬気圧けおされた。 「今まで……、そういうことはあったんですか?」 「見てごらん」  そう言うと、シアンは両手のひらを上に向け、地球儀のような青い惑星を浮かび上がらせた。 「これがさっき消した星だよ……」  すると、惑星の大きな海の真ん中に鮮烈な光の柱が立ち上った。 「えっ!?」  レオが驚いていると、光の柱のふもとが真っ赤に光を放ちながら海をどんどん侵食していく。  やがて浸食された部分が、腐った果物のように焦げ跡のような色になり、落ち込み始める。浸食はどんどんと惑星を蝕み続け、海をあらかた覆いつくした時だった、惑星は全体に真紅のヒビがつぎつぎと走り、ボロボロと崩壊を始めた。 「ああっ!」  レオが叫び声をあげた直後、惑星は全体がボロボロと粉々になって中心部に吸い込まれていき、やがてすべて消えていった。  呆然ぼうぜんとするレオ。 「なんで……、なんでこんなことするの?」  レオは涙目になって聞いた。 「新陳代謝だよ。健康な星が元気に繁栄するためには、成長の止まった星を間引かないといけないんだ。そしてそれが僕の仕事」  レオは唖然あぜんとした。多くの人の命を奪うことを仕事というこの少女。だが、そう言う彼女の瞳は再び水色に澄み渡り、よこしまな影は感じられない。シアンの中だというこの世界も清浄そのものであり、聖なる気配に満ちていた。 「どうする? それでも僕に頼む?」 「この星に……何しに来たんですか?」  レオは恐る恐る聞いた。 「ふふっ、カンがいいね。そう、この星はブラックリストに載ってるんだ」  レオは心臓が止まりそうになった。さっきの星のように自分達も滅ぼされてしまう……。 「も、もしかして、頼むのをやめたらすぐにこの星……消されますか?」 「まだ来たばっかりだから何ともだけど……、多分そうなるかな?」  シアンは首をかしげながら、恐ろしい事をさらっと言った。 「だとしたら選択肢など無いじゃないですか……」 「そうだね、君が救世主になるしか道はないね」  シアンは微笑んで言った。  レオは目をつぶり大きく息をついた。  なぜこんな大量虐殺が許されるのかレオにはさっぱり分からなかった。レオには全く理解が及ばない、はるか高みにある世界の営みなのだろう。 「やります。それが僕の理想だし、他に選択肢などないんですから」 「無理してやってもうまくいかないよ?」 「元々僕が言い出した話です。僕はみんなを笑顔にしたいんです。しっかりとやり遂げます。」  レオは覚悟を決めそう言って笑った。 「大変だよ?」  シアンはレオの目をのぞきこむ。 「やりたいことをやるだけです」  レオはまっすぐな目でシアンを見た。 「ふぅん……」  シアンはそう言ってしばらくレオの目を見つめる……。  そして、いきなり相好を崩すと、 「なら契約成立。一緒に国づくりだ――――!」  うれしそうにそう言うと、レオをぎゅっとハグして頬にチュッとキスをした。  レオはいきなりふわふわの柔らかな体に包まれ、目を白黒とさせながら言った。 「あ、ありがとう。シアンさん」 「『さん』なんて要らないよ……。シアンって呼んで」 「じゃあ、シ、シアン、よろしく!」  レオは立ち昇ってくる華やかな温かい香りに困惑しながら言った。  こうして失敗の許されないレオの理想郷づくりが始まった。それは数億人に及ぶこの星の住民の命が懸かったとんでもない勝負であり、また同時にこの星が新たなステージへ行けるかどうかの挑戦だった。            ◇  気が付くとレオ達は元の世界に戻っていた。  麦畑は風に揺れ、黄金のウェーブを描き、青空にはポッカリと白い雲が浮かんでいる。  冷静に考えると、なんだかすごい約束をしてしまったとレオは少し怖くなった。それでも物心ついてからずっと奴隷で悲惨な労働に明け暮れていた日々の中で、思い悩んでいたことの出口が見つかった思いがして、どこかワクワクしていた。 「最初はどうするの?」  シアンが聞いてくる。 「誰も住んでない場所を探したいな。でも……どこにあるかなぁ……」  国の基本は何と言っても国土である。しかし、奴隷の少年にはそんなもの心当たりもなかった。 「うーん、じゃ、ドラゴンに聞いてみようか?」  少女は人差し指を立て、ニコニコしながら言った。 「ドラゴン!? ド、ドラゴンって本当にいるんですか?」 「いるわよ。可愛いわよー」 「か、可愛い……んですか?」 「とーっても」  ニッコリと笑うシアン。 「そしたらドラゴンの所まで案内してくれませんか?」 「敬語なんていらないわ、行きましょ! ドラゴンに会いに」  シアンは微笑み、レオはうなずいた。  ビューっと爽やかな風が吹き、黄金色に実った小麦畑がウェーブを作る。まるで二人の挑戦を祝福しているようだった。 1-2. 襲われる王女  まずは、レオの奴隷契約を解消しないとならない。二人は街に向かって歩き出した。 「国を作るなら衣食住をどうするか考えないと……」  レオは首をひねる。 「それだけじゃダメだよ、水道もトイレも、道も畑も、堤防も家もぜーんぶ作んないと!」  シアンは両手を広げてうれしそうに言う。 「えー! 全部!?」 「レオ? 国っていうのはそういうものだよ! それに、そんなのは簡単な話。僕がパパパッて作ってあげる。でも、人やシステムの問題は大変だよ。住民をどうやって集めるか? 法律や警察や役所や……、裁判所に軍隊をどう作るか? 産業も立ち上げないとだから貨幣や銀行や税金も! もー大変!」 「うわぁ……。人は身寄りのない子供たちを集めようかと思ったんだけど……」 「いい手だと思うけど、子供たちだけ集めたって国にはならないよ?」 「だよねぇ……」 「いっそのこと、この国乗っ取っちゃう?」  シアンは悪い顔をして言った。 「えっ!? そんなことできるの?」 「レオが望むなら軍隊を無力化してあげるよ」  シアンはニコニコしながら言った。 「それって……、軍隊相手に勝つってこと……だよね?」 「ふふっ、僕は星ですら消せるんだよ? 軍隊なんて瞬殺だよ!」  そう言ってシアンはドヤ顔で胸を張った。 「すごいなぁ……。シアンは神様なの?」  さっきの不思議な世界といい、シアンの存在は人の領域を超えている。 「僕はそんなに神聖じゃないよ。でも、神様よりは強いかな?」  自慢顔のシアン。 「神様より強いならもう神様じゃないの?」 「そうかなぁ? シアンはシアンだよ」  そう言ってシアンはニコニコする。 「それにしても国を乗っ取る……かぁ……。それって楽しいかなぁ?」  首をひねるレオ。 「うーん……、軍隊倒すのは楽しいけどねぇ……」 「僕は楽しく国づくりがしたいんだよ」  レオはそう言ってニッコリした。 「ふぅん。なんだか君はずいぶんとマトモだね……」  シアンは首をかしげた。  奴隷でこき使われ続けてきたレオにとって、神様より強いというシアンの存在は全く別世界の話であり、想像を絶していた。でも、自由の国を作るというただの思い付きが、シアンの圧倒的な力によって現実性を帯びてきてることに、レオはワクワクが止まらず、思わず両手のこぶしをグッと握った。       ◇  パカラッ! パカラッ!  馬が走ってくる音が響いてきた。 「あ、馬車だ! 危ないよ」  レオはシアンの手を引いて道の脇に避けた。  豪奢な金属製の鎧を身にまとった騎士が乗った騎馬が四頭、それに続いて馬車がやってくる。豪華な装飾のつけられた馬車には王家の家紋があしらわれ、どうやら王族が乗っているらしい。  俺たちは馬車を見送り、舞い上がった砂ぼこりを手で払った。  ヒヒヒーン! ヒヒーン!  向こうで急に馬たちがいななく。  何だろうと思ってみると、黒装束の集団がいきなり騎馬の前に飛び出し、交戦を始めた。馬車も急停車すると、黒装束の連中に囲まれ、ドアを壊されていく。 「うわっ! 大変だ! 襲われてるよ!」  レオは叫んだ。 「ありゃりゃ」  シアンは淡々と言う。  騎士たちは健闘したが、多勢に無勢。やがて次々と引きずり降ろされ、倒された。このままだと馬車の中の王族もやられてしまうだろう。 「何とか助けてあげられないかな?」  レオが眉間みけんにしわを寄せながら言った。 「助けると面倒な事になるよ? 割に合わないよ」  シアンは肩をすくめていう。  するとレオは真剣なまなざしで言った。 「シアン、それは違うよ。人生は損得勘定しちゃダメなんだ」 「へっ?」 「『いい損をしな』ってママが言ってたよ」 「いい損……?」 「いきな損が最高だって。人生の本質は『損』にあるって」  レオはそう言ってジッとシアンを見つめた。 「へぇ……、確かにそうかも……。君はすごい事言うねっ!」  シアンはすごく嬉しそうに言った。 「へへっ、ママの受け売りだけどね」  レオは照れ、そして目をつぶってちょっとうつむいた。 「で、損するのはいいんだけど……。僕、手加減できないからあいつら死んじゃうよ?」  シアンは物騒なことを言う。 「なるべく殺さないように収められる?」  レオはシアンに聞いた。 「うーん、殺さないようにかぁ……。君は面倒な事を言うねぇ」  シアンはちょっと考え込む。  と、その時、馬車の後ろの小さな非常口がパカッと開いて少女が出てきた。少女は美しい金髪を綺麗に編み込み、白く美しい肌が陽の光にまぶしく見える。そして、ピンク色のワンピースで胸の所に編み紐が付いている豪奢な服を着ていた。 「あっ! 王女様だ!」  レオは叫んだ。レオはパレードの時に、遠巻きに彼女を見たことがあったのだ。  美しく品のある王女は街のみんなのアイドルであり、話題の美少女である。もちろん、レオも大好きだった。レオはそんな王女の危機に思わず心臓がキュッとなって真っ青な顔をする。  王女は必死にこっちの方に逃げてくる。  しかし、黒装束の男たちも見逃さなかった。 「逃げたぞー!」  という声がして、三人が剣を片手に追いかけてくる。

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