お慕い申しておりました。騎士からの言葉に姫は感極まって涙した。 水面に、月の影を遮るかのようにふたりの影が重なる。 重厚たる鎧を見に纏った騎士は今、剣のみを腰に携えている。 冠と豪華なドレスを見に纏った姫もまた、質素な服装に落ち着いていた。 これが、初めての逢瀬だった。 園庭で姫と騎士は紅茶を愉しむ。姫はメイドたちに下がるよう命じ、心地よい風吹く緑豊かなこの場所にふたりきりとなる。 姫はお姫様という飾りを脱ぎ捨て、騎士に話しかける。その気楽な姿が愛おしくて、騎士はつい、姫の手を取り口づけてしまった。 真っ赤になった姫は場所が違うと言うや否や、瞳を閉じた。 ──口づけで終わる魔法の呪文。真に愛し合っていなければ成り立たない莫大な魔法。 姫は騎士と城のテラスで共に呪文を唱え、口づけをする。歓声の中に隣国を蔑む声が聞こえた。 しかし魔法は発動せず、王や民衆はどよめいた。 すまない、一文わざと間違えた。騎士は姫にそっと耳打ちをした。 騎士は王に姫の恋人になるよう仕向けられた。しかしそれは姫を破壊兵器と化すための策略だった。騎士には初めからその気などなく、本当に慕っていた姫と恋人になれたことを嬉しく思っていた。 王も民衆もお怒りだ。 しかし、この国を抜け出す算段はできていると思うと、姫を守る騎士の血が騒ぎだした。 王宮には、女王しか知らない秘密の回廊がある。勿論、王のみぞ知る隠し通路も存在するけれど、歴代女王だけに伝わるそれがあるとは王も知る術はなかった。 姫の母の後ろ盾の中、秘密の回廊を突破すれば森へ抜け出た。 今頃、魔法で精密に作られたふたりの首が、王に献上されていることだろう。 王を幽閉すると、目に余る行為に耐えきれなくなった女王が民衆へ告げた。 その後、長い時間をかけ隣国と和解し、かつて地位があったふたりも自分の子どもを見送る頃、英雄と名高い女王がこの世を去ったと聞いた。 彼女は泣き崩れたが、国同士が争うことなく平和が訪れたことを心から喜んでいた。 かつて破壊兵器だった姫は亡くなり、弟の王子が女王の意思と共に王座を継いだ。 彼女は彼女だけの幸せを考えてくれた母に感謝してもしきれなかった。彼は彼女を抱き寄せ口づけると、同じ気持ちであることを告げてくれた。 彼女はもう、本当に逢うことのできない母の面影を心の中でそっと思い起こした。
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