口づけの魔法
掌編集02

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 私が水面に口づけを交わせば、その水は治療薬となる。表向きその治療薬は皆を助けていたけれど、裏では高額な取り引きや戦争の道具として使われた。  私はそれが嫌になり、昔から両想いだった青年と初めて唇を重ねる。瞬く間に私の力は無と帰すと、願ってやまなかった青年との逃避行が始まった。 ---  満点の星空に流れ星がこぼれ落ちる。  肩にかかる髪は風になびいて、結っている時と雰囲気が違うから思わず手を伸ばしてしまった。  ふわりとした感触が気持ちを昂らせる。  そのまま口づけを交わせば、星あかりに恥じらうは勇者と称えられた人物ではなくただの少女だ。  優しく抱きしめ想いを言葉に変えた。 ---  大樹の中に眠る女性は私の恋人だ。世界を守るためその身を捧げた。  その甲斐あって一時は世界の崩壊を防いだが、幾百年も経たぬうちにこの世は荒野と変わり果てた。  もう、彼女をその使命から解放したいが何の策も浮かばない。  その硬い唇と唇を重ねてみれど何も変わる様子もなく、木々はゆらめくばかり。 ---  かつて栄えた王国の牢獄に、エルフの少女が幽閉されていた。彼女は痩せ細り今にも崩れ落ちそうだった。  私は彼女を連れ出し、手探りもいいところ、無我夢中になって少女の元気を取り戻そうと奔走した。  隙あり、と彼女は私の頬へキスをする。今では妻になるときかない程明るく健やかである。 ---  彼女が採取してくる鉱石はキャンディのように柔らかい。  雷属性の石を口に含めばパチパチと弾けレモンソーダのようだし、炎属性の石はあたたかい紅茶のような味がする。  紅茶が好きな彼女に、それを伝えるとすかさず僕の唇と共に鉱石を奪っていく。悪戯な微笑みが可愛くて怒ることを忘れてしまった。 ---  彼はこのところ徹夜続きで、甘いものが欲しいと呟いていた。初めて自分で作ったクッキーに、何度も淹れ直したミルクティ。ノックをして扉を開ければ、机の上で静かに眠る彼。お疲れ様、そっと頰に口づけをして差し入れを置く。突然、腕を引っ張られ唇が重なれば、ありがとう、と彼は微笑んだ。 ---  白く大きな花びらは編み込まれたレースのように美しく、花粉は陽光により宝石を思わせる程に輝く。甘い蜜は水飴のようで、私はその花びらと蜜を一緒にいただくことが大好きだった。  花びら一枚を召し上がれ、と隣の少年に手渡せば、彼も気に入ってくれた。  そして私はその日を境に、甘い味をもう一つ覚えた。 ---  夏色のビー玉はからんころんと涼しげな音を立て、露の滴る空色の瓶は逆さまになり入道雲を歪ませる。  僕はその光景を呆然と目にするしかなく、行き場を失った右手は頰と共に熱を持つ。  可愛い横顔と目が合えば、ありがとね、言葉と共に無邪気な笑顔。  右手に押し戻された瓶が、先程より冷たく感じた。

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