タワマンの最上階の部屋のダイニングテーブルで、小説家、木ノ葉が生まれようとしていた。 「違うだろ、それじゃ線が一本多い」 凛さんが用意したサインデザインを模写していたけど、一向に上手くいかない。 「んー?多いですか?」 私は『木ノ葉』という名前でデビューすることになった。でもすぐに寛治という苗字つながりで、アイドルの妹、寛治花野のお姉ちゃんとして話題性を作る。レールが敷かれているとはこのことを言うんだろうと思った。 「違う!そこはもっと丸く大きく」 凛さんが考えた木ノ葉というサインデザインをひたすら模写しようとしては失敗していて三十分は経つ。葉は画数が多いから難しいし、パッと見たら木ノ葉と読むのかもわからないサインデザインが頭に全然入ってこなかった。 「木ノ葉って、この仕事も引き受けてくれたし、引っ越してくるのも早かったし、家事も我が物顔でやってくれるし、もっと図々しい奴だと思ったからこのデザインにしたんだけどなぁ」 「悪かったですね。図々しくて」 「じゃあ、もうちょっと可愛い感じのデザインにするか。木ノ葉の妹のハナノンは滅茶苦茶可愛い感じを自己主張したサインだったなぁ」 「ほら、世間はすぐに私と妹を比較する。顔がちょっと似てるけど性格は真逆ですよ。グループで団体ダンスとか私無理ですもん。人のことまで考えて踊る余裕なんかないし、頑張ろうとか思いませんもん。その点、花野はセンターでも端っこにいても可愛いですし、たらしですよ。人のファンまで取るから意地悪されるって初めは泣いてたけど、今は弱音の電話もしてこなくなりました。成長できるタイプなんです。現状維持の私とは違うんです」 本当のことだ。妹は昔から私を追いかけて追い抜かすために何が出来るか全力だった。けど、私は追い抜かされたって当たり前だと思っていた。花野は頑張り屋だってこと一番知っている。何かに負ける度に思い知らされてきた。 「不器用くらいが小説家っぽいから別にいいんだけどさ、今時は小説家もサービス業。愛想が必要な時代なんだよ」 「それが嫌になって死亡したなんてSNSに書いたんですか?」 凛さんは唇を口の中にしまって、「んんんんん」と、喉を鳴らしてはぐらかしてきた。ちょっと可愛かった。 「じゃあもうちょっと簡単なサインデザインにするから、久々に妹に張り合うつもりで書いて」 妹の花野と張り合ったことなんてあんまりない。花野が負けず嫌いだっただけだ。でも、小説家寛治木ノ葉は努力をしないといけない。それが仕事。小説家になりきることが仕事なのだ。 夢だった山月凛とキリと働けているんだから、私も、文句や愚痴を言わないで、花野みたいに、もっと頑張ってみようとペンを握りなおした。 でも、売れる前からサインの練習ってよく考えたらちょっと恥ずかしい。
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