ブックカフェ、タムタムの常連客の顔は、私が凛さんをキリだと気が付く前から覚えている。だけど、何の因果か、運命か、どこか見覚えのある自分と同じ大学生から新卒で働いていますって感じのスーツの男性が今日発売の木ノ葉の処女作を買うなり、カフェでコーヒーをすすりながら読んでいた。 タムタムはコーヒーを注文すると基本飲み放題なので、私が自ら注ぎに行くこともあるけど、あまりに真剣な横顔に、やっぱり見覚えがあったので、なんとなくコーヒーを足しに行くことが出来なかった。 どこかで会った気がする。 こんな平日の夕方にスーツをきて随分早く仕事が終わったのか、それとも誰かと待ち合わせか、色々な想像をしていたら、凛さんは「なんであの人のことずっと見てるのにコーヒーいれてあげないんだ?」と、小声で訊いてきた。 「どこかで会った気がするんです」 「え、知り合い?」 「わかりません。でも、きっとどこかで会ってます。同じ大学の人だったのかな。すぐやめちゃったけど一ヵ月だけいたサークルの同級生か先輩か……」 「コーヒー淹れるついでに訊いてきたら?」 「私のこと知ってますか?なんて訊きずらいですよ」 「俺だって木ノ葉のこと知ってるんですか?なんていくらなんでも訊けないいよ。あの人がレジに来た時に訊けばよかった」 コソコソ凛さんと話をしていたら、見覚えのある彼が私を見た。目が合った。視線をそらすのも変な感じがする。 私は一応コーヒーポットを持って、彼に近づいた。 すると「寛ちゃん」とハッキリ高校生の時のあだ名で呼ばれた。 「え?」 「寛治木ノ葉ちゃん。俺のこと忘れちゃった?高校三年生の時、君に告白してフラれた船倉隆司だよ」 「え、船倉君?なんていうか……」 凄く痩せた、いや、なんか筋肉質になっていて、フェイスラインもくっきりしていてカッコよくなっていた。 「随分俺は変わったけど、寛ちゃんは変わらないね。でも凄いじゃん。この小説書いたの寛ちゃんなんでしょ?」 「うん」 個人に嘘をついたのはこれが初めてだった。 「俺、今出版社で働いてるんだ。コレ名刺」 「あ、ありがとう」 「SNSでこの店にはサイン本があるっていうから、新宿から来たんだけど、まさか本人が働いてるなんて驚いたよ」 告白されて断って以降、会話をしないまま卒業して、今こうやって再会して話をしているのが不思議な感じ。でも、なんだか懐かしくて心地よい。 「遠いところからありがとう、ゆっくりしていってね」 そう言って私は空のティーカップにコーヒーを注いで、カウンターへ戻った。 「知り合いだったんだ」 「高校の時の友達でした」 「ただの友達?」 「少しだけ思い出のあるお友達です」 「どんな?」 「告白されたんですけどフりました」 …………。 変な間が出来て、凛さんの顔を覗き込んだ。凛さんは、ぼんやりと船倉君を見つめていた。 本は読み終わってないけど、コーヒーを飲み干した船倉君は腕時計を見て、ギョッとして、慌てて席を立った。 「ご馳走様」 私に軽く手をあげて何かに追われるように船倉君はお店から出て行った。 「また来ますかね?」 凛さんにそう言うと、凛さんは大きな溜息をついて「嫌な客」と呟いて、しばらく休憩室に籠ってしまった。 嫉妬ですか?ってちょっとからかいたかったけど、そんな雰囲気にならないくらい、休憩室のソファーの端に座って天井を眺めている凛さんが何を考えているの変わらなくて、何も言えなかった。
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