出版社の運営するユーチューブチャンネルに、ゲストとして呼ばれた。 「お姉ちゃーん」 「花野遅いよ」 出版社の会議室でペットボトルのお茶を、私は飲まないで握りしめていた。単純に緊張していた。 この前は二十人程度の小規模なサイン会だったけど、今回は花野も出演する生配信ともなると何百、いや何千人がこの動画を視聴するんだろう。 失敗できない。もう何度も小説を読んで『この小説は自分が書いた』と思い込もうとしても、やっぱり私は書き手じゃなくて読者だ。 読者の領域を超えた振る舞いが私にできるだろうか。本当に全世界を騙せるだろうか。 「今日は彼いないの?」 「出版社じゃ誰に会うか分からないから家で生配信見るって」 「だからそんな小さくなってるんだ」 「私は花野と違って芸能人じゃないんだから、ドーム公演のステージで歌って踊れるメンタルないのよ?」 「まぁまぁ、今ってAIが小説書いたりするんでしょ?だから堂々としてればいいじゃん」 「AIでも彼でも私じゃないのが問題なのよ」 「でも、そこまでして彼と一緒にいたいんでしょ?」 「好きなんだからしょうがないじゃん……小説が」 とってつけたように小説が好きと言ったけど、花野は手に持っていたフラペチーノの吸った。 「凛さんのこと好きなの?」 「す、好きよ?でも、敬愛よ」 「敬愛ねぇ……でも、凛さんにプロポーズされたらどうするの?」 そんな日が来るのだろうか。船倉君に焼きもちを焼いてくれて、たまにキスされたりするけど、今のところ恋人じゃない。でも、家政婦ってほど家事もしていない。気が付くと凛さんは自分のタイミングで洗濯しているから、彼のパンツも洗ったことはない。 恋人にしては距離が遠い。 「お姉ちゃんはこのままでいいの?」 「わかんない。でも。キスの次って何かな?」 「エッチ」 「ハグは?」 「小学生じゃないんだから!お姉ちゃん疎すぎ!」 妹とこんな話初めてだ。十二歳の時からアイドルやってる花野は経験あるんだろうか。訊きたいけど、なんか照れくさい。 「もうこの話終わり!」 私がそう言った途端、会議室のドアが開き、スタッフさんに別の部屋に案内された。 淡いピンクのソファーが二つあって、カメラと照明が用意されていてまるでドラマのセットみたいで緊張した。 「木ノ葉さんは左、花野さんは右にお座りください」 「は、はい!」 声、大きかったかな。なんか恥ずかしい。 「はぁい!ありがとうございまぁす!あとコレ、捨てといてもらえます?」 「あ、はーい」 そう言って花野の飲んだフラペチーノの空カップをスタッフさんは受け取ってくれた。 「なんかすみません」 妹がスタッフを使うようなことをするので、申し訳なくなった。 「もうすぐ配信の時間になりますが、お手洗いとか大丈夫ですか?」 「大丈夫でーす!」 元気に答える、花野の横で、小さく手をあげて私は「行っておきます」と言って、撮影室を一旦出た。 トイレの鏡の前で「私は小説家」と呟いた。
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