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 強化合宿も今日が最終日だ。  これといった特別な練習はしていない。  午前中は、レックス北山指導によるフィジカルトレーニング。  お昼の休憩を1時間ほどとり、午後は2,3時間の合同練習。  夜間はノーマルカラーズを使用した実戦訓練だ。 「気合入れて!イチッ!!ニッ!!」  大きな訓練場では謙信の声が響く。今は合同練習の時間である。  毘沙門館式――といってもどこの道場でもやっている空手の基本稽古だ。  合宿中はこの基本稽古を毎日行っている。 (あたし、ここへ来てから空手の練習しかしてないな)  ルミは白い空手着を着せられていた。帯の色はもちろん白だ。  純白の空手着からは初々しさがある……が彼女の武道歴は長い。 「次は正面蹴り!イチッ!!ニッ!!」  特別コーチに就任した夏樹はその光景を見守るだけだった。  技術的な指導等はない。謙信を中心に自由にやらせていた。 「何も教えないんですね」  小夜子は選抜メンバーの様子を見に来ていた。  夏樹はその言葉に対し静かに答えた。 「10日間で教えられることなど知れてますよ」 「今日で合宿は終了ですけども」 「彼らの力を信じましょう」  そう述べると静かに訓練場を後にする。 「大丈夫かしら」  小夜子は釈然としない気持ちであるも見守るしかない。  そんな彼女の元へ山村がやってきた。 「心配ですか?」 「ああやって、ダラダラと練習してるだけですもの」 「ハハッ……まァ試合に勝とうが負けようが毘沙門館の勝利は揺るぎませんがね」 「えっ?」  山村の言葉の意味が理解できなかった。  当然である。毘沙門館が勝っても負けても勝つとはどういうことだろうか。 「言葉の通りです。既に詰んでいるのは星王会館……葛城信玄さんです」  ますます言葉の意味がわからなかった。  その言葉と共に小夜子に雑誌を手渡す。  週刊文旦だった。 「……こんな大衆雑誌を持ってきて」 「そう言わずに見て下さいませ」  小夜子は文旦のページをめくる。  芸能人のスキャンダル等が載っていた。  『ORGOGLIO参戦中のアイドル機闘士マシンバトラー阿虎みれいに替え玉疑惑!?』  『イケメン俳優Nに不倫疑惑!相手は売り出し中の若手女優K』  『元税理士議員の闇指導!』  『もう俺は我慢できへん!空手家Mの告発!!』 「下らない。これが何だって言うの?」  それを聞いた山村は黙って記事を指差す。 「これが何か?」 「そのうちわかりますよ。ハハハ!!」  山村はそのように述べると、道化のように笑うのであった。 ・ ・ ・ 「今日で最終日か……早かったな」  食堂では謙信がそう述べながらカレーを食べる。  タツジ特性の薬膳カレーだ。色は緑色をしている。  ホウレン草をふんだんに使用したヘルシーなカレーだ。  隠し味にブリオニアやパピルスが加えられ健康にも良いとのことである。 「うめえ!マジうめえ!!」  謙信はカレーを食べ子供のように喜んでいる。  ルミはその姿を見て呆れながら言った。 「ガキかよあいつは……」 「館長さんがアレで大丈夫かしらね」 「いや本当に」  どこかで聞いた声だ。数秒ほど沈黙が流れる。  食器の音や謙信達の声がハッキリと聞こえる。 「え?」 「緑色だらけで最初どうかなと思ったけどおいしいわね」  二つ席を離れたところにカミラがいた。 「ゲェー?!」  ルミは驚いた表情で指差す。 「な、何でここに……」 「社長に頼まれて来たのよ」 「頼まれたって……」 「大人しくやっているようで安心したわ」 「あたしは子供かい!」  ルミがそう述べると、カミラは椅子から立ち上がった。  つかつかと小走りでやって来たのだ。 「な、何だよ」 「蒼様があんな近くに……」  カミラは数メートル先にいる蒼を眺めていた。 「そこかい!」 「ああ……美しい」 「用事は済んだならさっさと帰れよ。ファン感謝デーじゃないんだぞ」  ルミの言葉をカミラは聞いていない。ジッと蒼の顔を見ていたのだ。  それに気付いたのか、蒼がこちらに近付いてきた。 「ど、どうしましょう!?」 「いやだから……」 「今日はスーツじゃなくて勝負服で来たらよかった」 「もうお前帰れ!!」  蒼は笑顔で尋ねる。 「この人は?」 「わ、私は……」  カミラはモジモジしていた。  彼女のキャラが完全に崩壊してしまっていた。 「こいつはあたしのマネージャーのカミラだ」 「そうなんだ、美人なマネージャーさんだね」 「び、美人!」  カミラは顔が真っ赤になる。  憧れの間宮蒼に美人さんと呼ばれ天にも昇る気分だ。 「改めまして間宮です」  そう述べると蒼は手を差し出す。握手の形態だ。 「……こ、これは?!」 「シェイクハンド、友好の証ですよ」 「よ、宜しくお願いします!」  カミラは差し出された手をしっかりと握る。 「芥生カミラです!年齢は25歳で彼氏なし!!出身はアメリカのミネソタ州で……」 「おいカミラ」  ルミは軽く袖を引っ張る。何を言わんとするかは直ぐに理解した。 「そ、そうね……じゃあ私はこれで」  カミラはこれまでとない幸せそうな表情だ。  スキップでルンルンとした雰囲気で食堂から出て行った。  ルミと蒼は顔を見合わせる。 「ユニークな人だね」 「普段はあんなんじゃないんだが……」  食事の続きをするルミ。 「しかし、罪作りな男だなアンタは」  薬膳カレーをモグモグと頬張りながら述べた。 「アンタには本命がいるもんな。カミラが綾那さんのことを知ったら昇天するよ」 「……」  柚木綾那……彼女の名前を聞くと複雑な心境になる。  彼女が心の底から懺悔する気持ちがあるのはわかる。  だが蒼の中では、彼女が一番許せない存在だったのだ。  人見知りの亜紅莉が初めて出来た友達だった。  それ故に妹を裏切った彼女を許すことが出来ない。  柚木は亜紅莉の信頼を利用したからだ。 「柚木綾那か……」 「どうした顔が怖いぞ?」 「いや何でもないよ。俺はちょっとWakakoさんにマッサージしてもらいに行ってくるね」 「女のところ……浮気するんじゃねぇぞ!」  蒼はそのまま廊下に出ると幽鬼のように歩く。  その足は自分の部屋まで向かっているようだ。 「……」  自分の部屋までつくとドアを開けて中へと入る。  蒼は鬼のような表情へと変貌していた。 (星王会館に関係するヤツは徹底的に潰す!!)  『覚醒した龍』は『夜叉』と同じくして心に刀を隠し持っていた。 ・ ・ ・  場所は移り、東京都内の警察病院。  刑務官の立会いのもと、昴は益田と面会していた。  やっと話せる状態になったらしい。 「毘沙門館と団体戦をするんだって?信玄もウケに狙いに必死だな」  スターハンターの件は内々のことで済んだ。しかし、益田達の犯罪行為は別である。  田宮が言った通り、二人の行ったことは週刊誌等が騒ぎ始めていた。  今回の団体戦を信玄が承諾したのは、毘沙門館を踏み台にして組織内を団結させたい気持ちが強いからだ。 「クヒヒ……そのうちお前なんか、アイドルデビューさせられるんじゃないか」  益田は今回も悪事を揉み消してくれることに期待していた。  ……がそれは暁がいたからだ。信玄にとって今の益田はただの問題児にしか過ぎない。  自分をかばってくれない星王会館や葛城信玄に恨みを持っていた。 「人のことより、自分のことを気にされた方がいいですよ」 「けっ……それより俺に何の用だよ」 「柚木綾那について聞きたくてね」  益田はその名前を聞いてケタケタと笑い出した。 「綾那の事か。あの日は家に連れ込んで一発ヤるつもりだったんだがなァ」  品性下劣な言葉だった。昴は心の中で酷く侮蔑しながら続ける。 「あの日?」 「スターハンターにやられた日だよ」 「その日、店を閉めるまで彼女はいたんですか?」 「そうだぜ。先に店を出たのは俺だったけどな」  昴は黙っていた。やはりあの防犯カメラの通りだ。 (よし……裏付けはとれた)  彼女は安堵した。これで遠慮なく鬼塚蒼を潰すことが出来る。  それは試合の話ではない。社会的な抹殺である。 「けどよ俺もザックリ切ってやったぜ」 「切った?」 「スターハンターの腕をナイフでザックリと……ウケケ」  益田はニタニタと笑っていた。  そんな彼の顔に目も合わせず、昴は椅子から立ち上がった。 「もう帰るのかよ」 「それだけで十分です」  昴は刑務官に一礼し病室を出る。 (2日後、記者会見か……)

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