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 バルト海、北欧州に位置する地中海のことである。  そのバルト海に並ぶ三つの国、即ちバルト三国がある。  北の方角より順にエストニア、ラトビア……そしてリトアニアである。   そのリトアニアにある都市シャウレイで、一人の少年が泣いていた。  少年の名はアルギルダス・モリカ。  後に“里都亜尼亜リトアニアの魔拳士”と呼ばれる。 「アルちゃんや、泣いちゃダメだよ」  アルーガは一人泣いている。両親が不幸な交通事故で亡くなったのだ。  この時、僅か7歳。この少年にとって両親の死はどれほど辛いものであっただろうか。 「前を向いて立ちなさい」  厳しくも優しい声をかけるのは祖母である。 ――前を向いて立ちなさい。  この言葉を糧に生きて来た。  そうだ……立たなければ何も始まらない。 ・ ・ ・ 『た、立ち上がった!』  骸童子は機体から放電と黒煙を出しながら立っている。 『不死者アンデッドのように立ち上がっているゥ!!』  左手を剣のように突き出しながら構えている。  審判機に乗るMr.バオは言った。 「待て……この試合は……」  何かを伝えようとした時だった。 「シャッ!!」 ――ブン!  アルーガは意識を取り戻し試合続行。  骸童子は一歩踏み込みながら旋回する。  繰り出したるは、壊れた右手を使ってのバックブロー。 (まだ……やるか……)  エルデは迫りくる拳を数㎝で見切った。  ‟蒙古の空手魔術師”にとって、この程度の攻撃を躱すことなど造作もないことだ。  だが、これが誤算だった。 ――バキ!≪頭部機体損傷率47%≫ 「ぐ……!?」  壊れた右手が僅かに長さを増していたのだ。  加えて遠心力によりフレイルのような一打は頭部にダメージを与える。  何とか意識を保つエルデ。 (使いたくはなかったが……)  ベルウルフの五指より小さな鉤爪が出た。  これぞベルウルフの武装。青狼の爪ブルームーン・クローである。 ――ブン!  再びバックブローが頭部を狙う。  今度は間合いを見誤らずにしっかりと躱す。  二人の攻防に審判のMr.バオが割って入って来た。 「ええい!やめぬか!!この試合は……」  何を伝えようとしたのだろうか。  しかし、アドレナリンが放出されるアルーガにその声は聞こえない。  不幸にも、審判機の頭部に遠心力が効いたバックブローが見事命中。  地に倒れ臥せた。 『審判機がダウーン!!もう滅茶苦茶だ!!』  スタジアムはどよめく、アルーガは不思議に思うも攻撃をやめない。  この試合は負けられないのだ。   ASUMA専属の機闘士マシンバトラーになって安定した金を稼ぐ。  そのためには結果を残さなければならない。  右手からは打つたびに痛みが伝わるが関係ない。勝利への渇望が勝っていた。 「悪いが再起不能になってもらう!」  ベルウルフの五指に内蔵された鉤爪。小さいながらも研ぎ澄まされている。  空手で使用される『引っ掛け』という技法のために内蔵されたギミック。  エルデは狙いを済まし、多節棍のように振り回す骸童子の右腕関節部に鉤爪を掛ける。 「ぬうんッ!!」  引っ掛けたところを腕力かいなぢからでブチリと引き千切った。 「ぐあッ!?」  右手からは火花が弾け飛ぶ。  神経を直に刺激されるような強い痛みが駆け巡った。  骸童子の機能が止まる。  その隙を見逃すはずもなく、エルデは空手技の流星群を放った。 〝妙技・四分儀座流星群ウラノグラフィア!!〟  裏拳、孤拳、一本拳、熊手、三日月蹴り、下段足刀蹴り、螺旋手刀、内廻し蹴り……。  豊満で濃厚な美しい技が、五体の隅々にまで響き渡る。 「終わりだ……」  指を握り込み拳を作る。 「セリャ――ッ!!」  トドメと言わんばかりに正拳突きを胸部に叩き込んだ。 ≪胸部機体損傷率89%≫  そこには、先程以上に機体損傷する骸童子の姿があった。  まさに満身創痍――屍食した状態のようで痛々しいものであった。 ――ワウオオオォォォ!!  ベルウルフが咆哮する。勝利の雄叫びである。 ――ギュイン……  だが……試合はまだ終わらなかった。 「まだです!」  エルデの耳にセコンドである角中の声が入った。  半壊した姿で骸童子はズチャリと間合いを詰めている。  左手でベルウルフの顔面を殴打した。 「バ、バケモノ……ッ!!」  流石に体重の乗っていない攻撃なのでダウンはしない、がエルデは恐怖する。  何度打っても蹴っても倒れない。こんな敵は初めてだ。  血の気が引き、精神的な疲労とストレスが襲う。 「うわあああ――ッ!!」  たまりかねず、恐怖から逃げ出した。 (壊される、再起不能に……いや……下手をすると)  全身からは冷やりとした感覚が襲った。  汗ばんだ。  それは嫌な温度感……まるで殺戮者から逃亡するような……。 (殺される!!)  元大相撲力士……元プロレスラー……空手家。  華麗なる格闘技経歴。  そんな生粋の戦士である彼がプライドを捨てた。敵に背を向けたのだ。 『に、逃げた!格闘エリートが逃げ出したぞーっ!!』  逃げるベルウルフを全身から放電と黒煙を放ちながら骸童子は追いかける。 『このゾンビ戦士は誰も止められないのか!!』  アルーガの耳に『ゾンビ戦士』という実況の声が聞こえた。 「ゾンビだと……」  アルーガは眉をしかめ、不快な気分になった。 「敵に後ろを見せるとは」  乱れたモニター画面からベルウルフの後ろ姿が見ながら述べた。  逃がしてはならぬと、螺旋拳デッドスクライドを起動させる。 「試合はもう終わりよ!」  声が聞こえた。小夜子の声だ。 「……やっと回線がつながった」 「何が終わりだ。試合は続行中だ」 「あなたは負けたのよ……」  アルーガは動きを止めた。負けたとは一体……。  気がつくと、棒や捕縛縄で武装した警備用BU-ROADに囲まれていた。  その中の審判機が、レッドカードを提示する。 「これ以上の暴挙はWOAが許しません」  通信が繋がる。声の主は審判のリリアンであった。  Mr.バオは負傷退場、今後の試合は彼女が代理で審判を務めることになる。   「試合はあなたが倒れた時に終わりました」  胴回し回転蹴りが炸裂し頭部を強襲。  この際にMr.バオは選手の安全面を考え試合を止めた。  何回か通信で呼びかけるも返事はなし。 「試合続行が出来る状態ではないと判断する。従って、次鋒戦の勝者はエルデ・ガラグメンデと致す!」  審判であるMr.バオは、既に試合終了の宣告を出していた。  立ち上がったアルーガにとって、試合続行の感覚しかなかった。  しかし、これは試合である。勝負の判定を下す審判がいるのだ。 『暴走しゾンビのように追撃する骸童子!既に試合は決着しているぞ!!』  遠藤の実況と異様な空間に包まれるスタジアム。  試合を観戦している威場と三宅。 「この試合はアルーガ君の勝利だ」  大きな体、大きな口、太い声でこの東洋の巨人は言った。  傍にいる三宅は理解出来ない顔だ。 「社長どういうことですか?」 「敵に背を向け逃げ出す者は、勝利者ではない」 「は、はァ……」  威場は厳格にそう告げた。  三宅は半分納得し半分理解は出来ない様子だ。 「まァ……勝ちは勝ちですね。これで一対一のタイ、興行的には面白くなりました」  威場は三宅の期待膨らむ声を聞きつつ、試合のパンフレットを見る。 (次は‟強襲の巨人”シーム・シュミット……私以上の大巨人……) ○ BB級(ダブルバトル)団体戦:毘沙門館VS星王会館・次鋒戦 “蒙古の空手魔術師” エルデ・ガラグメンデ スタイル:星王会館空手 バランス型BU-ROAD:ベルウルフ スポンサー企業:ハンエー VS “里都亜尼亜リトアニアの魔拳士” アルギルダス・モリカ スタイル:毘沙門館空手 バランス型BU-ROAD:骸童子 スポンサー企業:フリー 勝者:『エルデ・ガラグメンデ』 ・ ・ ・ 「ハァハァ……」  息を弾ませるエルデ。  彼は生還した、逃げきれたのだ。 「小技ばかりで、倒す技がないのは致命的だな」 「か、館長……」  額から汗を拭うと、そこには星王会館館長の葛城信玄がいた。  チームリーダーは苦言を呈しながらも優しい口調だ。 「とりあえずオメデトウ」  信玄はニッコリと満面の笑みで左手を出す。  シェイクハンド、友好と労いのポーズである。  エルデは息を整えると、その握手に応えようと手を出す。  ガッチリと握手をした。 「ところでエルデ君」 ――グギィ 「なッ?!」  信玄の言葉と同時にギュッと万力の如く強く握り込まれる。  肉が押され、骨が軋む。 「……という言葉をご存じかね?」  信玄は相も変わらずのスマイルである。  だが、よく見ると目が笑っていない。 「敵前逃亡は星王会館として許し難い行為だ。ましてや、あんな格下に気持ちで負けるなど……」  信玄は大きく太い拳を作り上げる。  ゆったりと力強く、弓のように引いていた。いつでも矢を放つ準備は出来ている。 「本当の正拳突きを教えてあげよう」 「ま、待たれよ……あれはッ!?」  エルデの言葉を聞くまでもなく、胸部に強烈な拳を叩き込んだ。  胸部は拳の形で陥没している。 「試合場に最後まで立っていたものが真の勝利者……逃げた君は敗北者だ」  蒙古の空手魔術師は口から泡を吹いて倒れ込んだ。  信玄はエルデを踏みつけ、冷たく述べる。 「観客の目の前で情けなく逃げやがって!星王会館のイメージが悪くなるだろうが!!」  この男、凶暴につき。  試合の勝利よりも、星王会館というブランドが落ちることを気にしていた。

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