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 〝有段クラス・無差別級 決勝〟  藤宮魁道(美翔館)VS ゲオルグ・オットー(フリー) 『決勝ッ!!いよいよ決勝となりましたッ!!』  放送席にいる実況の遠藤一郎は興奮した様子で語る。 『今大会は毘沙門館主催ではありますが……この決勝に来て毘沙門館所属の空手家はなしッ!!』  毘沙門館オープントーナメント全関西空手道選手権大会の名前で開催された今大会。地方の小さな空手イベントとはいえ、毘沙門館主催としては異例の他流派同士での決勝戦となった。  小さい流派や団体ならいざ知らず、毘沙門館という大ブランドでは珍しいことであった。片やピークはとっくに過ぎた中年武道家、片や流派不明の外国人武道家の両名での決勝となったからだ。 『藤宮魁道、齢50歳の武道家。普通なら引退している年齢です。ですが、ここまで勝ち上がってきた!このおじさんは強いのだ!!』  試合壇上の直ぐ傍で岡本謙信といさみの姉弟が観戦している。 「おじさん頑張ってーっ!!」 「姉ちゃん……毘沙門館の大会で他流派応援はマズイよ」 「そんなこと言うけどさ……ケンちゃんもセコンドについていたでしょ?」 「そりゃそうだけど」  謙信は姉から突っ込まれて言葉を濁すしかなかった。姉のいさみの方はクラシカルなカメラでシャッターを切っていた。 『対するはゲオルグ・オットー、流派や所属共に一切不明の黒船であります!』  藤宮魁道とゲオルグ・オットーは相対している。  よくある格闘家同士の睨み合いではなく、二人は静かに互いを見ている。 「決勝の審判は、この葛城信玄が務めさせて頂く」  審判服に着替えていた。この決勝は、大会主催者の信玄自らが審判を務めるようだ。  二人の間に立ち、信玄の顔は笑顔ではあるものの小声でこう言った。 「私の目論見じゃあ、秋山と角中の決勝になるハズだったんだけどな」  大会主催者としては、愛弟子と側近の両雄が決勝戦で対戦する予定だった。大会前に彼は出場者の顔ぶれや経歴、相性を総合的に判断してトーナメントを組んでいたのだ。  どちらが勝ったとしても、優勝と準優勝の二人を看板選手として売り出し、新団体を発足する計画だったのだ。 「そりゃすまんね」  魁道はそう言った。上辺は謝罪風味であるが彼は全く反省していない。 「まァ……想定外が起こるのが勝負事だからね」  ニヤリとしていた。関西圏において〝毘沙門館〟という格闘団体のブランドはこれで落ちただろう、と狡猾に計算していた。  特に魁道のようなロートル武道家が、岡本毘沙門の孫である謙信を撃破してくれたのは都合が良かった。館長を就任するであろう後継者が、あのザマでは求心力はない。  新ブランドを立ち上げる信玄にとって、逆に好都合だった。 「では構えて!」  信玄は静かにそう述べ、少し半身の体勢となる。左手を正中の鳩尾に置き、右手を腰につけている。  そして、右手を突き出してこう言ったのだ。 「はじめッ!!」  その号令と共に太鼓の音が大きく鳴り響いた。かくして決勝戦が始まったのである。 「覇亜亜亜ッ!!」  ゲオルグは猛然とラッシュを一気にかけた。魁道は腰を深く落としドンと構えている。 『おおっとオットー選手!総攻撃だ!!』 『んあ~いきなりエンジン全開ですか』  魁道は避けない、ゲオルグの一撃一撃を体で受けている。打点を受けると同時に僅かに外し、急所へのダメージを抑えているのだ。  猛攻をかけるゲオルグではあるが、だんだんと息が上がっている。無駄に体力を消費していたのだ。 「もう終わりか?」  その問いかけと同時に、ゲオルグの気合一閃の右熊手中段突きを放つ。 「破亜ッ!!」  この一撃も魁道は避けない。重い一発に見えるが手打ちの攻撃だった。 「やはり限界か。あれだけ無茶をすればそうなる」  ベスト8以降、彼のこれまでの闘いを観戦していた魁道は理解わかっていた。  彼が試合早々にラッシュをかけたのは、短期決戦に持ち込むためであることを。 「俺は負けられん……」  魁道は思った。よくぞ決勝戦まで勝ち上がってきたと。  彼の肉体は限界のようだった。その証拠に体のキレが悪く、全て当てているだけの攻撃だ。見せかけの速さで打撃を加えているが軽い。  技に関しても、切り札である〝鎧通し〟も〝地龍〟も使ってしまっている。 「その意地……まさか亜紅莉ちゃんのためか?」  ゲオルグはその問いかけに反応して、負傷した左手で魁道の顔面を打った。  試合を実況する遠藤と解説のタニヤマは、この不用意な攻撃を見て言った。 『いけません!コレは故意での顔面攻撃です!!』 『熱くなってはいけませんよ。それに負傷している左手で打ち込んで何を考えているんでしょうか」 「顔面……反則注意ッ!」  信玄はゲオルグに注意し、試合中央へと戻した。試合は仕切り直しだ。 「次……顔面打ったら反則負けだからね」  アリーナは悲壮感が漂っていた。この青い目のサムライは何故そこまでして闘うのだろうか。彼の心の内は大衆には理解できないものであった。  試合の行末を見守るルミも腕を組み、父の背中やゲオルグを見つめるだけだ。 「構えて……続行ッ!!」  再び試合再開の太鼓の音が鳴った。 「もういい休め……」  そう静かに呟いた魁道は素早くゲオルグの懐に飛び込み突きを入れた。  試合再開早々の雷鳴の如き速さであった。 「……ッ!!」  重さと早さを掛け合わせた一撃だった。ゲオルグは相当に効いている。だが彼は倒れない。それは〝意地〟である。  魁道は突きの連打や下段蹴りを叩き込む。それでも彼は倒れない。今度は〝気力〟で立っている。  続いて右上段回し蹴りをゲオルグの頭部に叩き込んだ。またもや彼は倒れない。〝魂〟で倒れなかったのだ。 『ゲオルグ・オットー!倒れません!!』  観客達は、ゲオルグの不屈の姿勢を見て驚きを隠せない様子だ。 「上段蹴り……技ありッ!」  試合の流れは魁道が圧倒的に優位だ。だが攻撃は止まってしまった。  悩んでいたのだ。  最後にダウンする目的で渾身の一撃を放ったのだが、ゲオルグは倒れなかった。  このまま一方的に攻撃をしていってもいいが、それをすると最悪の場合……。 (死ぬぞ……)  歯ぎしりする魁道。  この男を〝死〟以外で敗北に追い込めるのであろうか。  所詮この試合は競技にしか過ぎない。殺し合いではない。それでいいはずはない。  ならばどうする……魁道は悩み続けるしかない。 (どうする?!)  魁道が悩む中、ゲオルグは少し回復して来たのかジリッと間合いを詰めてきた。  あの若造のように判定に持ち込むか……だが時間はまだ1分ほどある。  自分の性格的に逃げ回ることはしたくない。  気持ちが焦り始める。南無阿弥陀仏と一撃を加えるか。 「帰りますよ」  どこかで聞いた声がした。 『な、なんだーっ?!が神聖なる試合場に入ってきたぞ!!』  実況の声がアリーナを包んだ。会場はザワついていた。 「マ、ママ!?」  ルミの声に反応して振り返ると、そこには妻の詠がいた。 「……どうしてここに?」 「ホラ……アレですよアレ」  詠はテレビカメラを指差していた。  そうだ、これは全国圏とは言わないまでも関西地方でテレビ放映されているのだ。 「テ、テレビ放映されていたのか……」 「今頃気付いたんですか?」  詠はそう言うと溜息が出た。両親のその光景を見て、娘のルミはスーッと冷や汗をかいた。 「危険な空気だ……放送禁止!放送禁止!」  ルミはそう言うと急いでカメラの前まで走って行った。そして、映さないようにレンズを手で覆ったのだ。 「ちょ、ちょっと困るよ!」 「これ以上放送したらダメ!」  ルミとカメラマンがいざこざを始めている。その姿を見て再び詠は溜息が出た。 「ハァ……あなたにしても、ルミにしてもどうしようもない人達ですね。藤宮家の未来が心配になります」 「誰かは知らないが、今は試合中なのだが?」  審判の葛城が詠の傍に寄ってきた。そう今は試合中なのだ。 「もう試合は終わりましたよ」  彼女はそう述べるとゲオルグの胸を軽く押した。そうするとマネキン人形のように仰向けに倒れた。  そう…彼は既に気を失っていた。それでも彼は不屈の闘志で立ち続けていたのだ。 『ゲオルグ・オットー!ダウ~ンッ!!』 「「あっ……」」  魁道と葛城は同時に声を出した。 「早く宣言なさいな」 「……」  詠はそう述べた。信玄は蛇にいまれたカエルのようになっている。  流石の信玄でも、彼女の只者ならないオーラに気負けしていたのだ。 「一本ッ!!」  試合終了の宣言である。優勝は藤宮魁道…齢50歳の中年格闘家である。 『決着ウウウゥゥゥ~!優勝は藤宮魁道選手!!とりあえずは……おめでとうッ!!』 『お、おめでとうございます』  放送席の遠藤とタニヤマは優勝した魁道に祝辞の言葉を贈る。  だが、試合壇上では魁道と詠が相対したままだ。なんだか空気がちょっぴり重たい。  詠はニコリと微笑みながら言った。 「帰りましょうか」 「あの表彰式は……」 「必要ですか?」 「え、えーっと……」  魁道は下を向いてうつむいたままだ。そんな夫の怒られた子供のような態度に、詠はほくそ笑んでいた。 「トロフィーなんて漬物石代わりにしかなりませんが……まァいいでしょう。ルミ!」 「は、はい!」  まだカメラマンと揉めている娘を試合壇上から呼びつける母。娘のルミは反射的に振り向いて〝はい〟の一言で返事をした。 「あなた、パパの代わりに表彰式に出なさいな。ママ達は先に帰りますから」 「わ、わかりました―――ッ!!」  何故かルミは敬礼をしながら答えるのであった。  〝毘沙門館オープントーナメント全関西空手道選手権大会〟  優勝…藤宮魁道(美翔館)  準優勝…ゲオルグ・オットー(フリー)  3位…秋山亮(玄鵬大学空手道部)  3位…角中翼(毘沙門館)

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