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 ――最終ラウンド。  毘沙門館と星王会館の闘いはこれで終わる。  星毘戦争ももうすぐ終わるのだ。 『館長これが最後です』 『謙信……いや館長。もう何も言うまい、目の前の巨星を倒してくれ』  小夜子と夏樹の最後のアドバイス。  言葉をかけられた謙信は何も答えなかった。  ASUMAの整備士達のメンテナンスは終了。  これよりファイナルラウンドが始まる。 「ファイナルラウンド……ファイツッ!!」 ――ゴォーン!!  リリアンの掛け声と共に銅鑼の音が鳴った。 「終わりだ。次こそは終わらせる」  信玄操るアストロ風林火山。  構えはオーソドックスなフルコンスタイルとなる。  スタンスは大き過ぎず、小さ過ぎず。両手は脇を閉め、顎もしくは口の位置だ  身を護ると同時に、多彩な攻撃を繰り出す基本にして最高の構えである。 「……」  一方の謙信操る毘沙門ウォリアー。  無言で相対する。  こちらは左手は開手で鳩尾をカバーし、右手は握拳で顎をガード。  この一見何の変哲もない構え、ただその構えを見て気付くものがいた。 (あれは弘真の構え!!)  控室のルミは心の中で呟いた。  あれなるは藤宮流の基本構え『弘真』。  弘真は棒や薙刀の構えから発祥している体構え。  だが何故その基本構えを謙信が使えるのか。 「ぬゥ……何故あの小僧っ子がどこで藤宮流など」  いや、その構えに気付く人物がもう一人いた。  ルミの母である詠である。 「まさかルミが?」  声が少し震えている。  娘が門外不出の藤宮流の技を教えたのではないか。  伝統と格式を重んじる詠は静かなる怒りを発散している。  母の気持ちが通じたかどうかはわからないが、控室のルミはそれを否定するかのように言った。 「何でアイツが弘真を……」  ひょっとしたら見様見真似でやっているかもしれない。  でも今更それをしたところでどうだというのだ。  形は真似できたとしても、技の理合がわからなければ意味がない。 ――あんたの親父さんから、構えやら何やらアドバイスもらったからな。 「まさかっ?!」  ルミは叫んだ。  毘沙門館オープントーナメント全関西空手道選手権大会。  ある一幕を思い出した。  魁道が準決勝前、謙信がセコンドに着いた時に言った言葉だ。  気まぐれに藤宮流の一部を教えた可能性が高い。 「どうしたンだ?」  伊藤がルミに語りかけるも、少し焦ったような態度を見せる。 「な、何でもないよ。それよりも大将最後の闘いを見よう!」 「最後って死ぬみたいなこと言わないでくれよ。ウチの館長はやるときゃやる男だ」  伊藤がそう言うと、控室で試合を見守る和香子、北山、タツジが何故か笑っていた。  今日の試合は負けに来たのではない。  前のラウンドでは劣勢だったが、泣いても笑ってもこれが最終ラウンド。  ここまで来たら信じるしかないのだ。 「そ、そうだね」  ルミは静かに頷いた。確かに伊藤の言う通りだ。  ただルミ自身一つの懸念があった。そう……詠の存在だ。 (あたしが教えたと勘違いして叱りに来ないだろうね) ・ ・ ・ ――ブン!!  巨星の隕石の如き鉄拳が飛ぶ。 ――パシ……  黒くも鮮彩の戦士は難なく捌く。 ――ブン!!  巨星の流れ星の如き鉄蹴が飛ぶ。 ――フッ……  黒くも鮮彩の戦士は難なく躱す。 『捌いております!躱しております!!』  実況者、遠藤の解説が入る。  毘沙門ウォリアーはアストロ風林火山の攻撃を畳み半畳の範囲で捌き、躱していた。  小さな円上での範囲での攻防。この動きを見て夏樹は思った。 (あ、あれは、あれこそが……私が求めた組手の究極……)  息を呑み込むと夏樹は心の中で叫んだ。 ――毘沙門先生の『車懸り』!!  夏樹の円の組手とは、毘沙門の組手を模倣することで作り上げ、練り上げたものだった。  どちらも相手を点の中心として攻め守る組手であるが、高橋空手が大円ならば、毘沙門空手は螺旋の動き。  即ち……。 (お、俺との間合いをドンドン詰めて来やがる!!)  少しづつ、少しづつではあるが、間合いが徐々に詰められていった。  突きを放つも反転して躱され、蹴りを放つも身を屈めて避けれる。  時には後ろを振り向かれながら躱された。 「お、俺をおちょくってんのか!?」  信玄の怒りは焦りとイコールだ。  映るモニター画面は、毘沙門ウォリアーの姿がどんどん大きくなってきているからだ。  それは完全に間合いの支配権が謙信にあるからだ。  例えるならば、北欧神話におけるヨルムンガンドの如く、巨星を丸く吞み込んでいた。 (ク、クソガキが!急になんでこんな動きが出来るんだよ?!)  信玄は動揺する。  この螺旋状の動きは、一昼一夜で出来る動きではない。  数年……いや下手をすると数十年研鑽を積んでいかないと習得出来ない動きだ。  華麗な体捌き、手捌き、足捌き、どれも見るものを感動させる舞踊のような動き。  このような動きをどこで習得したのか。  何故出来るようになったのか。 ――謙信よ。この弘真って構えは棒や薙刀の構えから来てるんだぜ。 「武器術の構えから?」 ――棒も薙刀も大きな武器だ。手だけで振り回そうとすると武器に操られる。 「手に振り回される……」 ――肝心なのは足使い、腰使い。構えは崩さず、体捌きだけで相手の死角へと入り攻めるのさ。 「なんかウチの高橋先生が同じこと言ってたな」 ――ハハハ!極めていくとどの武道も同じこと言うんだな。 「魁道さん……あの時はアドバイスありがとうよ」  謙信は静かに魁道に感謝の言葉を言った。  信玄の攻撃を捌き、躱し、受け、走馬灯のようにあらゆる出来事が脳裏に浮かび上がる。  その中である日の稽古、祖父毘沙門に言われたことを思い出していた。 ――謙信よ。お前が幼き頃から空手をやってなくてよかったわい。 「どういう意味、物事を始めるのは早い方がいいと思うんだけど」 ――空手……格闘技をやってるものは力みやすいんじゃよ。 「力みやすい?」 ――『こうしなければならない』との思い込みが強く、柔軟な発想から遠ざける。 「うーん……よく分かんないや」 ――ホホホッ!例を挙げてやろう。とりあえず攻撃してきてみィ!! 「え、ええーっと……じゃあ行くよ」  謙信が突きや蹴りなどの放つも、毘沙門は難なく躱していく。  時に体を反転、後ろを向きながら、見事な体捌きを展開していく。  組手中の毘沙門の動きを見て、謙信はあることに気付いた。 (バスケの動きに似てる!)  そう毘沙門の動きは、バスケのフットワークに似ていた。  一流のNBA選手のような技術。華麗な体捌き、足捌きだ。 ――謙信よ、こういったものも使えるぞい!  間合いを詰めると毘沙門は肩で体当たりを行った。  それはまさに、バスケの試合中に行われるようなパワープレーであった。 「おわっと!」  押された謙信は体勢が崩れた。  急いで体勢を整え、構えを戻そうとするも……。 ――ブンッ!!  目の前に毘沙門の拳骨が鼻先3寸で止まっている。  ――寸止め。  試合ならば勝負ありである。 ――万物は発想次第で応用、昇華することは可能! 「だから空手は芸術!武道はマーシャルアーツなんだ!!」 ――ドン!!  謙信はそう述べると肩で体当たりを見舞った。 「うお……ッ?!」  体勢が崩れるアストロ風林火山。 ――ガギャッ!!  それと同時に大きな金属音がスタジアムに鳴り響いた……。

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