「ル、ルミ……」 蓮也は小さく自信なく呟く。 勝てるか……脳裏にこの言葉が出て来たのだ。 弱気な思いが出た時、手にぬくもりを感じた。見ると小夜子の手が上に重ねられていたのだ。 「信じましょう」 端的な言葉であった。 だが、小夜子の言葉は力強く蓮也に不思議な安心感を与える。 それは、ASUMAという大企業のCEOからの言葉だからだろうか。 否……それは一人の女性としての……。 ――ガシャン! 蓮也が何かを感じたときだ。 試合場では先にキングゴラスが動いていた。 圧倒的な体躯を武器に一歩の踏み込みが三歩分ある。 巨大な踏み込みと共にストレートパンチが繰り出される。 『巨大な拳が再び――ィ!!』 実況の声が響く中、旋風猛竜の顔面に巨大な鉄の拳が迫る。 当たれば潰れる……。確実に頭部損傷率100%の一撃であった。 (この威圧感……ッ!!) 解き放たれる魔神の拳をルミは紙一重で横に捌きながら躱した。 しかし、それを見越したかのようにキングゴラスから戦慄の追撃が襲い掛かる。 『ヒマラヤのバックスピンキックだ~ッ!!』 そうキングゴラスのストレートパンチはあくまでも布石。 次への組み立ては、尾撃のようなバックスピンキックであった。 「ちィッ!!」 強烈な大回転蹴りが直撃してしまった。 ルミは両腕でブロッキングしたが二度痛みと衝撃が襲う。 『コマのように旋回大怪獣に再び恐竜は弾き飛ばされるゥ!』 虫が指で弾きとばされるように、旋風猛竜は再び場外まで吹き飛ばされる。 ルミは両腕でブロッキングしたが二度痛みと衝撃が襲った。 両腕での防御と、僅かに進行方向へ体を浮かすことで攻撃を緩衝させるものの、旋風猛竜の腕には亀裂が入る。 モニターには≪両腕機体損傷率60%≫の文字が表記される。よくぞ60%で食い止めたと言っても差し支えのない一撃であった。 「場外!!」 気付くと2度目の場外宣言。ルミは試合場へと戻る。 ――ゴォーン! 銅鑼の音が鳴り響く。ラウンド1終了の合図だ。 インターバルに入る。 ルミの耳に蓮也の声が聞こえて来た。 「大丈夫か?」 不安と心配の声だ。その声にルミは端的に答える。 「何とかね」 次にルミの耳に小夜子の声が入る。 「ルミ……勝算はある?」 「わからん。ただ……策はある」 どうやら何か考えがあるようだった。 野室を始めとするシウソニックの整備士達が、旋風猛竜の応急処置をする。 その間に、ルミは少し汗を拭いながら小夜子に話しかける。 「セコンドには、高橋のおっさんがいるかと思えば小夜子さんか」 ‟ORGOGLIO”の試合規定上、セコンドは二人までしか入れない。 ルミの雇い主である蓮也がいるのは別として、小夜子がいるとは思わなかったのだ。 「高橋のおっさんは?」 「体調が少しね……」 ルミは合宿での一幕を思い出す。高橋が吐血したことだ。 あの症状は以前、父である魁道が死の直前にしたものと同じだった。 そのことを思い出すと何とも言えない気持ちになる。 伝説の空手家は何を思い、何を感じ今回の団体戦の特別コーチを引き受けたのだろうか……。 「体調……ね」 ――ゴォーン! ラウンド2、再開の合図である銅鑼の音が鳴った。 旋風猛竜は開始と同時に床面に両手掌を付けた。 『地面が凍り付いていくぞォ?!』 両掌に内蔵された〝冷却装置・氷満象〟が作動する。 地面の一定の範囲を凍結。対砂武戦で見せたギミックである。 「ハハッ!またそれかい」 そう笑うは星王会館側のセコンド席にいる中台だった。 キングゴラスの機能を知る彼はニヤリとしながら述べた。 「同じ策が通じると思うかい?!」 〝セクター58起動ッ!!〟 キングゴラスの両脚より巨大タイヤが飛び出た。 トゲ付きであった。そのタイヤは大地を蹂躙するにふさわしいものだ。 両脚部に装着するタイヤが高速回転し、路面凍結する床面を砕きながら進んで来る。 砂武戦のように凍結によるスリップは起こらない。堂々と間合いを詰めて来たのだ。 『進む大機体!一人世界ラリー選手権だァーッ!!』 拳を振り上げながらキングゴラスは迫りくる。 「潰れるべ!」 旋風猛竜に鉄槌が振り下ろされる。 紙一重で躱すものの、凍結された床面は巨大ハンマーでいともたやすく砕かれた。 「ちょこまか逃げるやつだべ」 シームは、逃げ回る旋風猛竜に向かって若干呆れていた。 流石に軽量級の機体に大人げなかったか。彼は心のどこかでそう思っていた。 「だが……オラは油断しない!!」 キングゴラスはアップライトに構え、セクター58を再び起動させる。 セコンド席の角中は眼鏡をかけ直しながら述べた。 「出るか……巨鯨の一撃が……」 最大出力でセクター58を起動させる。 巨大タイヤは先程よりも回転数が上がっていく。 一方の旋風猛竜は、藤宮流水流れの構えを取る。 両掌を静かに向けるその構え、攻防一体の構えではあるが……。 〝渦潮発動〟 超級吸引機構・〝渦潮〟を作動させた。 だが、キングゴラスは規格外の巨大モンスターマシンだ。 「意味のない機能だよ」 中台は顎に手を当てながらそう吐き捨てた。 キングゴラスはタイヤを起動させて突き進む。 キック風にアップライト構えたままだ。 繰り出したるは大津波の如き攻撃。 〝海魔の一撃!!〟 シームが出した技は飛び膝蹴り。 単純……実に単純であるが必殺の一撃である。 全体重が乗ったこの一撃は、まさに化け鯨の名に相応しいフィニッシュ・ホールドである。 ――ゴギャッ!! 鈍く重い一撃がスタジアム内に轟く。 終わった。 普通の格闘技ならそう思うであろう。 しかし、これは‟ORGOGLIO”なのだ。 BU-ROADバトルという、機械格闘技ということを忘れてはいけない。 「危ないね……『盾』を作っても衝撃はハンパないね」 旋風猛竜の両掌には、コンクリートの盾が作り出されていた。 それは氷満象によって凍結され、キングゴラスによって砕かれた床面であった。 すかさず旋風猛竜は、下から掬い上げるようにアッパーカットをキングゴラスに叩き込んだ。 ――ゴンッ!! 手にコンクリートに集約され武器化した拳。 その攻撃力は増加されシームの頭部を揺らした。 だが……それでも巨人は倒れない。 「シィ――ッ!!」 顎を撃ち抜かれながらも右鉤突きを放った。 ルミはそれに気付くと即座に対応。ミット受けの要領で鉤突きを受け止めた。 盾を作り出して受けているものの、五体の隅々まで衝撃が伝わる。 (くっ……!まだ倒れないか) 次の作戦を取る。ルミは渦潮を解除した。 〝渦潮解除〟 続いてキングゴラスの右腕を掴み立ち関節技を極める。 シームの右腕に針で刺されるような痛みが伝わった。 「……ッ!?」 「藤宮流……〝仁王挫き〟ッ!」 藤宮流仁王挫き。 腕を極めたまま、そのまま背負いで投げる技である。 だが体格差は圧倒的。柔よく剛を制すとなるか。 『あーっと!これは大変だーッ!!』 遠藤の実況が轟く。キングゴラスはセクター58を起動させた。 腕を極められたまま直進したのだ。 「そのまま潰れるべ!!」 シームは敢えて場外へと飛び出したのだ。 壁に激突させることで旋風猛竜を破壊させる作戦をとったのだ。 「ちょ、ちょっと待ちなさい!場外での攻撃は反則よ!!」 審判のリリアンは注意する。 ORGOGLIOの試合規定では場外での攻撃は反則となるからだ。 その光景を見てスタジアム内はざわついた。 それは一般客達や毘沙門館、星王会館側の応援団のみならず、スポンサーサイドもそうである。 「バ、バカ!下手をすると反則負けになるだろ!?」 中台は身を乗り出しなら述べた。これは試合である。 一方的に押している試合で、シームは何を考えているのだろうか。 「あいつは勝ちたいのさ……」 スタジアムでポツリと一言述べる男がいた。 灰色のマスクを被るグレイ・ザ・マンである。 その隣にはルミの母である詠もいる。 「わかるのですか?」 「ああ……」 勝ちたい。 シンプルな理由である、がそれ故に重い。 シームはこれまで安牌に試合に勝ってきた。 (オラは何としてもこの娘っ子に勝ちてェ!) 恵まれた体格、格闘センス。苦労というものがそれほどなかった。 唯一苦戦したのは師である西との練習のみ。 西は対戦相手のように小柄な日本人であった。 俊敏でしなやかな体の使い方、豊富な技、対戦相手のスタイルによって戦術立てる発想力。 どれも一級品だった。その偉大な師とこの小柄な日本人女性が被ったのだ。 (この試合に勝つことは、偉大なマスターニシを越えることになるべ!!) シームはルミと西を混同していた。 星王会館という錦の御旗を掲げるという考えが消え去っていた。 星王会館シームではなく、覇道塾シームとしての色合いが強く出ていた。 勝ちたい! 勝ちたい!勝ちたい! 勝ちたい!勝ちたい!勝ちたい! ――ドガッ!! 壁に打ち付けられる音がスタジアム内に響き渡った。
コメントはまだありません