BB級の初戦を勝利で飾った。 幸先の良い旋風猛竜の勝利と言える。 控室でルミはメットやプロテクターを外し汗を拭う。 笑顔なのは野室である。開発した機体の初勝利だからだ。 ルミにドリンク渡しながら尋ねた。 「勝利の感想は?」 「あんまり格闘技してる感じがしないんだけど」 「これからの試合は格闘能力だけじゃ限界がある。まだまだお楽しみ機能はあるからね」 「ふーん……そうですか」 一方の蓮也は興奮した様子だ。 「この勝利はデカいぞ。なんせハンエーに勝ったことは大きい!!」 「あたしの勝利より、ハンエーを打ち負かしたことが嬉しそうだな……」 まるで蓮也は、嫌いなチームに勝った時のファンのように大喜びだ。 そんな蓮也を尻目にカミラ達が控室まで来た。 「おめでとう。まずは初勝利ね」 「ざっとこんなもんさ」 ルミはドリンクを飲みながら答えた。 カミラの横には何故かいさみがいる。彼女もまた大喜びだ。 「強いね!流石はルミちゃんだね!!」 「えっ……」 おかしい、何故かいさみがいる。彼女はシウソニックの関係者ではない。 「何でいさみさんが……」 ルミの疑問は当然である。いさみの隣にいる宇井がドヤ顔でこう言った。 「僕の彼女ですからね」 「ケンちゃん照れるってば」 なんといさみは、宇井の彼女だという。 蓮也は信じられないような表情だ。 「ウソだろ」 蓮也達がドン引きしながら二人のイチャつく光景を見ていた。 一方のルミは無表情で二人を見ていた。 「彼女とな……」 今更ながら宇井がいさみと交際していることを知った。 そういえば、毘沙門館メンバーに何故か混ざっていた。 面倒だったので訊かなかったがこれで合点がいく、そういうことだったのだと。 「……というか彼女連れてくるなよ」 そして、ルミはドリンクを飲み終えると静かに呟くのであった。 ・ ・ ・ 試合は終わった。スタジアムの外はすっかりと夜で人の姿はない。 星王会館の角中翼は一人ベンチに座り、携帯機で録画した映像を見ていた。 今後対戦するであろう、旋風猛竜の対策を練るためだ。 そんなところに一人の男が話しかけてきた。 「研究熱心ですね」 「謙信君……いや今は館長が正しいかな」 その男は毘沙門館の現館長である岡本謙信であった。 「久しぶりですね、昴君は元気ですか?」 「ええ……まあね」 二人はお互いを知るもののよそよそしい。 角中は毘沙門館に所属していたが、今は星王会館の所属で信玄の右腕として手腕を揮っている。 「裏切者の私に何用ですか?」 「裏切者だなんてそんな……」 謙信は俯きながらポツリと言った。 毘沙門館に戻って来て欲しい気持ちがあったのだ。 「少なくとも伊藤さんはそう思っていますよ」 「お、俺が何とかするよ!」 「君は優しすぎます。それでは一流にはなれませんよ」 角中はメガネをクイと上げると、携帯機をポケットに直し立ち上がった。 「角中さん戻って来てくれよ、高橋先生もいるしさ」 「謙信君……高橋先生は私を憎んでいます」 「へっ……」 高橋とは角中の師匠である高橋夏樹、昴の父親である。 そんな夏樹が自分を、角中翼を憎んでいるという。 「私は先生から、昴君を奪ってしまいましたからね」 それだけ述べると、振り返りもせず足早に去って行った。 謙信は暗い影のある角中の背中を静かに見るしかなかった。 一方の角中は夜の道を一人歩く。辺りは真っ暗で人の姿はない。 (早く帰らないとな……) 角中の足取りは何故か異常に速い。最近ある事件が起こっているのだ。 『星王狩り』 ……と呼ばれているものだ。 星王会館の幹部連中やトップクラスの選手が、仮面の男に襲撃されているという。 この間も林清十郎という、B級にデビューしたばかりの機闘士が襲われた。 襲撃された時に足を折られたらしく、今季絶望。 林の話では襲撃者は全身黒ずくめ、顔には黒い仮面を付けており不気味な様相を呈しているという。 身長は高くもなく低くもない、男か女なのかもわからない。ただ、強いそれだけだ。 そして星王会館の幹部会では、その襲撃者をこう呼ぶことにした。 ――スターハンターと……。 「昴も襲われなければよいのですが」 メガネが電信柱の防犯灯に反射しキラリと光る。 ――ガサッ…… その時だ、足音が聞こえた。 「誰だッ!!」 振り向くと黒いフードを被った全身黒ずくめの怪人がいた。 顔は服と同じ黒いアノニマスマスクを被っている。 その怪人こそ……。 「あなたがスターハンターさんですか?」 角中の問いかけに対し、黒ずくめの怪人は無言だ。 ポケットに手を入れたままジリジリと間合いを詰める。 「……来るか」 角中は静かに構えた。 相手がどういった戦法をとるかわからないが、攻撃すればある程度解る。 これまで積み上げてきた闘いの経験と研究成果がある。 出方さえ解れば正体を知るヒントになるかもしれないと。 ――シュッ!! 前蹴り。 前蹴りが顔面へと飛んできた。 早くて鞭のようにしなる良い蹴りだ。相手は打撃系の格闘家であろうか。 「むっ……!!」 間一髪で蹴りを躱すが、前蹴りは変化して掛け蹴りへと変化する。 相当のテクニシャンだ。 ――パシッ!! 角中のメガネが飛んだ。 (今の変則的な蹴り……空手かテコンドーの経験者か) 器用な変則蹴りを披露した黒ずくめの怪人、だが打撃系と判断するには早計である。 襲撃された選手は足を折られたのだ。 これはフェイクで、本当は柔道か柔術などの組み技系の選手かもしれない。 角中は冷静になり、後ろへと後退した。 その姿を見た黒ずくめの怪人は、ポケットから手を出した。 「そ、その構えは!?」 スターハンターは半身の構えをとった。 手は開手で急所が点在するセンターラインを守っている。その構えには確かに見覚えがあった。 「円の組手……高橋門下の方ですか?」 その構えは、師であった高橋夏樹が提唱する『円の組手』の構えであった。 時代と共に試合競技では不利とされ、廃れていった構えであった。 ――ブン!! 黒ずくめの怪人は、猫のように素早く攻撃を仕掛ける。 ワンツーから入り身してのアッパー、死角に回りながらの突きや蹴りを次々と放つ。 角中は捌いたり、ガードしたりすることで攻撃を防いでいく。 ――パシ…… 流れるような動きの中で角中の手首が掴まれた。 ブンと小手返しをされたのだ。余りにも華麗な技前であった。 「くっ……!!」 角中は地面へと叩きつけられた。 ――グギ…… スターハンターは手首を極められたまま寝技へと以降する。 そのまま腕ひしぎ十字固めの体勢へとなった。 ――ギギギ…… 「ぐうッ?!」 肉が引きちぎれ、骨がミシミシという音と共に激痛が襲った。 コーチ業に専念するばかり、対人戦の実力が落ちてしまったことを痛感していた。 激痛の中でも角中は相手を的確に分析している。 なるほど相手は関節技も使うのか。それも柔術系の技術だ。 ――ミシミシ…… 骨の軋む音がどんどん大きくなってきた。 激痛の中でも角中は疑問に思った。高橋空手や関節技を使うにしても相手は誰なのだ。 星王会館にどういった恨みを持つのだろうと思った。 名前を売りたいのであれば、このような通り魔のマネをしなくても幾らでもやりようはある。 ――ボグンッ!! 「……ッ!?」 腕が折られた。激痛が腕から全身に伝わる。 ――ハァハァ……。 スターハンターは息が上がっている。 腕は落ちたとはいえ、相手をてこずらせたということだろうか。 そのまま、黒ずくめの怪人は闇夜の中に消えて行った。 「強い……只者ではない」 角中は左手を抑えながら立ち上がった。額からは脂汗が流れている。 そのまま激痛に耐え電信柱にもたれかけ、通信携帯機を取り出した。 『師範どうしたんですか、こんな夜更けに』 声の主は昴である。 「気をつけて下さい、スターハンターに」 『どうしたんですか!?』 「あいつは強い……あなたでも苦戦するかもしれません」 『師範……翼さん!今どこにいるんですか!?』 「当分の間、あなたへの指導は口頭でのものになりそうです。ははっ……」 『翼さん何があったんですか…!?』 謎の怪人スターハンター。 こうして、また一つの星を狩るのであった。
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