練習試合も2試合が終了。 秒殺で仕留めたルミをメンバーが出迎える。 「強いね藤宮さんは」 蒼は笑って出迎えるも、ルミは皮肉たっぷりだ。 「アンタみたいに遊ばないからね」 試合を終え伊藤は腕組みしながら述べる。 「次は誰が出るんだ?」 残るは謙信、伊藤、アルーガの三人。 サッと伊藤の一歩前に出る男がいた。 「俺が出てもいいか」 アルギルダス・モリカ――毘沙門館所属。 リトアニア出身の二十歳である。 「別にいいが」 伊藤が頷くと、アルーガはニッと笑った。 これまで、あまり目立たない彼であったが饒舌な口調となる。 「やっとだな……俺の業前を見せてやろう」 そんなアルーガを見て、ルミは彼の肩をポンと叩く。 「エラくおしゃべりなったな。コミュ障と思って心配してたんだぞ」 「仲良しクラブが嫌いなだけだ」 「そう言うな。仲間じゃないか」 「俺はお前と違って、遊び感覚で参加してるんじゃないんだよ」 フレンドリーな態度であったが、アルーガはルミの手を跳ねのける。 そして、一人黙々とメットとプロテクターを装着し始めた。 「……感じ悪いな」 ルミは眉をしかめながらそう言った。 彼のことは嫌いではない。むしろ淡々と職人風な感じがして好きなタイプだ。 しかし何であろうか、この違和感は。 ルミは彼から必死さが漂うような想いを汲み取った。 「ところで館長。アルーガ君のことは?」 「実は俺、彼のこと全然知らないんだよね」 「知らないって……同じ毘沙門館ですよね?」 「少しは知ってるよ。でもそんなに印象に残ってないんだよ」 蒼は尋ねるが、館長でありながら彼の存在をあまり知らないと言う。 世界選手権に出場していたのは知っていたが、目立った存在ではなかった。 最高成績は3位入賞まで。欧州の修斗大会も見たことがない。 そんな彼が何故選抜メンバーに選ばれたのであろうか。 ・ ・ ・ 「シュッ!」 甲斐軍団の中堅は空手家の阿部晩成。 ASUMAには、打撃対策用スパーリングパートナーとして雇われている。 空手道兵塾所属。段位は5段で指導員も務める。 三十路半ばであるが、フルコン空手の第一線で活躍している。 「シッ!!」 ワンツーローの対角線での攻撃を意識したシャドーだ。 軽く汗が流れ、体が温まってきている。 「次は外国人のあんちゃんが相手たい」 「知ってるよ」 阿部はタオルで汗を拭う。 「毘沙門館の大会で対戦したからね」 「勝敗は?」 「俺が勝った」 友好団体の枠で他流派ながら毘沙門館世界選手権に出場。 2年前に出場した大会では、2回戦で対戦している。 身長182㎝あり体格的には自分が圧倒的に優位。 試合は終始自分が押して判定勝ちをものにした。 「外国人だからパワーはある、がおチビちゃんだ」 阿部は操縦用のメットを被りながらそう言った。 甲斐は怪訝な顔をする。 「毘沙門館の選抜メンバーとして起用されてるばい」 「人材不足だからね。世界選手権でも自流派の出場が少なすぎて、他流派に出場を懇願するくらいだ」 阿部は手足にプロテクターをはめながら余裕の表情だ。 星王会館が独立して以降、国内外で毘沙門館から分裂独立が後を絶たない。 世界選手権といえど、友好団体として他流派の出場が多かった。 入賞者もほぼ他流派の人間だ。阿部もその一人で、無差別級で優勝を果たした実績を持つ。 「スパーではゲオルグと闘らされているんだ。それに比べれば全然怖くない」 ○ 練習試合:毘沙門館選抜VS甲斐軍団・中堅戦 “里都亜尼亜の魔拳士” アルギルダス・モリカ スタイル:毘沙門館空手 バランス型BU-ROAD:ノーマルグリーン スポンサー企業:フリー VS “無敵の侵略者” 阿部晩成 スタイル:空手道兵塾 バランス型BU-ROAD:ノーマルイエロー スポンサー企業:ASUMA 「久しぶりだな」 「……誰だ?」 「世界選手権で対戦したじゃないか。阿部だよ」 「……覚えてないな」 「生意気だね。こりゃ指導が必要だ」 ――ブー! 中堅戦の開始。毘沙門館世界選手権の再現である。 謙信は相手が阿部であることを知り、気まずい表情だ。 「3年前の世界選手権で優勝しちゃった人じゃないか」 「強いのか?」 ルミに尋ねられ、謙信はバツが悪そうな表情だ。 「毘沙門館以外のフルコンやキックの試合にも出場し優勝多数。そこでついた仇名が『無敵の侵略者』さ。若い頃はタイ、ロシアに行って試合もしたらしい。まさかASUMAに雇われているなんて知らなかったよ」 「ふーん」 一方の試合は、阿部のノーマルイエローが猛波状攻撃をかけていた。 フルコン空手のように、胴体部や下半身へ突き蹴りの嵐を加えている。 「世界選手権ではもう少し積極的だっただろうが」 ボディへの連打。顔面への上段蹴り、左右の下段蹴り。 リズミカルに攻撃を加えている。一発一発が重い。 アルーガは防戦一方。何とかブロックしながら凌いでいた。 「やられっぱなしじゃねーか!」 ルミは試合を見て拳に力が入る。 フルコン空手の試合を見ているようでモヤモヤした。 「顔面殴れよ!」 そう言った瞬間だ。 ――ガコッ! 顔面を殴られたのはノーマルグリーンだった。 ルミは呆れた表情になる。 「お、おい!!」 顔面にパンチが入ったか……。 否……伊藤はルミに言った。 「見ろ顔面に当る方向に首を回転させている」 「あっ……」 阿部の顔面パンチに合わせて、僅かに首を反対方向へと受け流している。 アルーガが操るノーマルグリーンはそのまま腕を取る。脇固めの体勢だ。 ――バキャ! パンチの勢いに任せて腕をもぎ取る。 「うぎゃ―――?!」 実際に腕が折られていないが、リアルな痛みが右腕に伝わる。 ≪右腕機体損傷率100%≫ 阿部のモニターに表示される。これでもう右腕は使えない。 ――バキ!! もぎ取ったノーマルイエローの腕を投げ捨て、アルーガはそのまま顔面を蹴る。 ≪ヘッド機体損傷率40%≫ 流石に、これではKOとまでにはならない。 ――ガコッ!! 続いて右ローキックだ。小柄なアルーガであるが威力はバズーカ並み。 まともに受けたノーマルイエローはくの字に曲がる。 ≪右脚部機体損傷率30%≫ ――ドカッ!! 左のボディブローが入った。臓器がある腹部にダメージが伝わる。 ≪腹部機体損傷率32%≫ ――バコッ!! ≪頸部機体損傷率11%≫ ノーマルグリーンは手刀を頸動脈に打ち込む。 阿部の脳への血流が一瞬止まる。即ちノーマルイエローの動きが停止した。 「……終わりだ」 「ッ?!」 残酷までの徹底的な攻めであった。容赦がない。 そのままアルーガは密着し、ノーマルイエローの顔面を手で抱えてパンチを打ち込んだ。 引き寄せる力と押し込むパンチでのサンドイッチだ。 ――ゴキャ…… 衝突する勢いでノーマルイエローの顔面は陥没。 阿部を遠い世界へと誘ってしまったのは言うまでもない。 ≪ヘッド機体損傷率100%≫ ≪阿部晩成……KO!!≫ ○ 練習試合:毘沙門館選抜VS甲斐軍団・中堅戦 “里都亜尼亜の魔拳士” アルギルダス・モリカ スタイル:毘沙門館空手 バランス型BU-ROAD:ノーマルグリーン スポンサー企業:フリー VS “無敵の侵略者” 阿部晩成 スタイル:空手道兵塾 バランス型BU-ROAD:ノーマルイエロー スポンサー企業:ASUMA 勝者:『アルギルダス・モリカ』 「高橋先生。彼を抜擢した理由……ご理解して頂けましたか?」 「うむ……」 山村の言葉を聞き、夏樹は黙って頷いた。 アルーガの流儀は試合用の技ではない。端的に表現すると〝潰す〟ものだ。 彼はフルコンの試合では敢えてセーブしている。生身の競技では使えない。 しかし、その戦闘スタイルは潰し合いを主とするBU-ROADバトル向けとも言えるだろう。 「毘沙門館でもリトアニアの小さな支部道場出身のようだが……」 アルーガの資料を見ながら夏樹は問いかけた。 破壊の技法を身に付けていたからだ。 競技空手とは相反するものを何故身に付けていたのか疑問だった。 「それは彼がプロの機闘士を目指しているからですよ。そのために潰す技術を磨いていたようです」 「プロを目指していた?」 「でも小柄な体躯がネックでね。彼を獲得するスポンサー企業はなかなか……我が社でも彼を獲得するか検討中です」 168㎝……外国人にしてはかなり小柄だ。体力勝負ではかなり不利である。 ルミや昴も女性で小柄だが例外である。やはり小柄な選手の採用は見送られる。 彼は体躯のハンデがあり、数々の機闘士のセレクションに参加するも不合格になってきた。 今回の団体戦はASUMAと本契約を結ぶためのチャンスなのだ。 「何故そこまでして、プロの機闘士に拘るのだ」 夏樹の問いかけに山村は静かに答えた。 「お金のためです」 彼の目的はお金。実にシンプルでわかりやすい答えであった。
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