帝都ホテルの記者会見場には、国内の有望若手機闘士が集まっていた。 選手とスポンサー企業は次の通りである。 【選手】藤宮ルミ スポンサー企業:シウソニック 【選手】高橋昴 スポンサー企業:ハンエー 【選手】グレイ・ザ・マン スポンサー企業:ASUMA・アメリカ支部 以上の3名である。 しかし、並ぶ席には一つだけ空席がある。 グレイ・ザ・マンの席であるが、遅れて登場するとのことであった。 「それでは早速、来シーズンに向けての抱負を語って頂きたいと思います」 司会の男がそう言うと順不同にコメントをした。 まずは昴からである。 「星王会館の代表選手の一人として戦わせて頂きます。そしてBBBにも速く昇格し、ファンの皆様に喜ばれるような試合を見せて行きたいと思っております」 昴の優等生的なコメントを聞いた記者団から感嘆の声が漏れた。 「流石は高橋先生のお子さんだ。若干18歳というのにしっかりしている」 「空手界、いや格闘技界をリードしようとしている星王会館の超新星だものなァ」 「ウラノス選手もBBBB級超武闘祭の出場が決まったしな」 星王会館とは毘沙門館関西支部長、葛城信玄が4年前に創設させた空手団体である。 当初は『勝つ空手』を提唱し、フルコン空手の各流派・団体の大会に選手を送り込み総なめにしてきた。 だが、ハンエーとの協力を得て‟ORGOGLIO”に参戦して以降は『倒す空手』を標榜。 競技的な空手から、格闘的な総合格闘技路線に立っている。 「ウラノスって誰だ?」 席の後ろで見守る蓮也は言った。 ORGOGLIOの知識が少ない蓮也にとって『ウラノス』という名前は初耳だったからだ。 隣にいるカミラがそっと小声で説明する。 「超新進気鋭の機闘士ですよ。2年前にデビューしてから大活躍している覆面空手家です」 ウラノス。本名不明の覆面空手家である。 所属流派は星王会館。空手家でありながらグラウンドテクニックに優れている。 近年大活躍中で、そのミステリアスな雰囲気から人気爆発中。 その人気にあやかり覆面ファイターで売り出す者も多いとのことだった。 「次は藤宮ルミさんお願いします」 「待ってたよ」 司会に促され、ルミはマイクを持って立ち上がった。 「時は来た!それだけだ」 ――シーン…… 記者会見場はシベリアのような寒気があった。 ルミは大昔のプロレスラーの迷言を述べ、受けを狙ったが滑ってしまったようだ。 「あちゃ~あのバカ」 「ちゃんとしたスピーチの練習をしたのに」 蓮也とカミラは、きちんとしたスピーチをするよう練習させた。 しかし、地頭がよろしくないルミは直前になって忘れてしまったのだ。 こんなアホなコメントを述べるようでは、シウソニックのイメージは落ちてしまう。 「続いてグレイ・ザ・マン選手ですが……」 「ちょ、ちょっと待て!さっきのはなしだ!!」 司会がルミのコメントをスルーし、まだ来ていないグレイ・ザ・マンの紹介に移ろうとした。 ルミは立ち上がって大抗議だ。 「だいたい、そのなんとかマンとかいうの来てないじゃないか」 「定刻になっても来られていないので、欠席という形にしたいと思います。では、記者の皆様の質問に移りたいと……」 司会は構わず記者団の質問へと移ろうとしていた。 そんな司会者の態度にルミは激怒した。 「おい聞いているのか!」 「ふ、藤宮さん落ち着いて下さい!」 「は、離せよ!もう一回トークやり直させてくれ!!」 司会へ詰め寄ろうとするルミを昴が止めた。 ざわつく記者団。何名かのカメラマンが、その光景をパシャパシャと写していた。 蓮也とカミラは目も当てられない。二人は他人の振りをするかのように別々の方向を見ていた。 「ヤレヤレ……シウソニックさんの先が思いやられる」 「何だとアホ台!!」 中台の挑発に対し蓮也がキレた。 ズンズンと蓮也は歩の席へと手足を大きく振りながら寄っていく。 カミラが制止しようとするも蓮也は止まらない。 「しゃ、社長!!」 「止めるな芥生君!」 「な、なんだやるのか!」 中台も応戦して立ち上がった。席の後ろで場外乱闘が始まろうとしていた。 「おおっ!?こっちも面白そうだぞ!」 「カメラだカメラ!」 3流ゴシップ雑誌の記者達は、後ろの二人をカメラで収めようとしている。 場内はてんやわんやだ。何が何だかわからない。 カミラは頭を抱えてしまった。 「ああ……もう滅茶苦茶だわ」 その時である。 「喝ッ!!」 凛とした声が大広間にこだました。 会見場はその一声で静かになった。 「相変わらずですね。ルミ」 記者会見場の入り口には着物の女性がいた。 黒地に赤とオレンジの花々で可愛らしさの中に威厳がある。 髪は後ろをふわりとしながらもカチリと結っている。 「「誰だよあの美人」」 蓮也と中台はその和装美人をボンヤリと眺めていた。 (いや待てよ、あの女性どこかで……) だが中台だけ、その女性を見たことがあるような目で追っていた。 男性の記者陣は謎の美女に注目している。 「マ、ママ!」 ――マ、ママッ?! 場内は異口同音を放った。 そう彼女は『藤宮詠』ルミの母親である。 「あ、あの……あなたは?」 昴は近寄ってくる詠に質問した。 「私はルミの母親……いえ、その前にグレイ・ザ・マンの師匠です」 「ママ、何を言って……」 「お黙りなさい。道場を勝手に閉鎖して何をしているかと思うと……まァ説教はそのうち致しましょう。グレイ君、入って来なさい」 それを合図に一人の男が入ってくる。 その男は異様な姿をしていた。 顔は眼のところに穴が開いただけの簡素なマスク。灰色のカラーが不気味さを演出している。 服は黒いジャケットにジーパンのみ。背丈はそれほど高くない小柄な部類に入る。 「彼が私の弟子のグレイ・ザ・マンです」 詠はそう言って彼を紹介した。 同じ有望株として、BB級に昇格する二人の機闘士は男の異様さに圧倒されていた。 「彼はシャイで多くを語りません。代わりに私が抱負を述べさせて頂きましょう」 「あっ!」 詠はルミからマイクを奪い取り、記者団の方へ向けてこう述べた。 「グレイ君は、遅くとも来年の春頃までにBBBに昇格しております。そして、BBBB級超武闘祭に出場し優勝を狙わせて頂きます……以上」 記者団はカメラを急いで出しシャッターを切るもの、ボイスレコーダーを出すもの、メモを急いで取るものなど様々だ。 そして、矢継ぎ早に詠はルミの方を見てこう言った。 「ルミ、あなたもう来年で何歳になりますか?」 「21歳……」 「なるほど。グレイ君は丁度来年で二十歳で成人を迎えます」 グレイ・ザ・マンはポケットに手を入れて立ったままだ。 どこに視線を向けているのかわからない。だがルミに対し、憎悪を向けているような感じだ。 それは暗く陰湿なものではなく、雪辱を晴らしたいような気持ちかのような……。 「だから何だよ」 ルミの声は少し小さい。そう昔から母親に頭が上がらず苦手だからだ。 「グレイ君のよい姉さん女房になりなさい」 「はァッ!?」 母親は訳のわからないことを言った。 目の前の不気味な男の妻になれというのだ。 その光景を見ていた蓮也はポツリと言った。 「斜め上の展開過ぎてワケわかんねぇぞ」 一方のグレイ・ザ・マンは意外にも動揺している。 「勝手に決めるな」 グレイ・ザ・マンが初めて第一声を出した。 灰色のマスクのせいで、こもっているが良い声をしている。 声だけで判断するなら顔立ちの良い青年が想像される。 (この声、どこかで……) ルミとしては、どこかで聞いたような声であるが思い出せない。 「グレイ君、師匠の言うことは聞くものです。それに男が無駄にしゃべるものではありません」 「……」 詠の威圧感に押され、グレイ・ザ・マンは黙ってしまった。 師弟関係、上下関係の強さが物語る。 「それでは皆さんごきげんよう。では、行きますよグレイ君」 その言葉を最後に悠然と詠達は会場を後にした。 会場内にいる全ての者はあっけにとられるしかない。 ルミや昴の存在感は、詠達に全て持っていかれたのであった。
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