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 東京池袋に大きなビルがあった。そこの看板にはこう書かれていた。  ≪新国際空手道連盟 星王会館≫  総本部では、空手に限らず柔術コースやキックボクシングクラスやレディース、ビジネスマンクラスと多岐にわたる。  中でも人気なのはORGOGLIOコース、このクラスからは機闘士マシンバトラーを何名か輩出している。 ――ゴンッ! 「一体誰がやりやがった!」  ビルの館長室で壁を叩く音が響く。  砂武天翔すなたけてんしょうBB級ダブルバトル機闘士マシンバトラーである。 「落ち着け、耳に響く」  傍にいるのは男は粕谷隼人かすたにはやと。星王会館・世田谷道場長である。  彼は元々毘沙門館に所属し、プロのキックボクサーとしてもスーパーフェザー級チャンピオンになった実績を持つ。  現在は砂武の専属トレーナーを務めており、打撃の指導には定評がある。 「昨日、前川さんもやられたらしいですね」 「砂武の試合前だ。忠告を伝えるために呼んだが知ってたか」  大きなソファーに座る男は何とも言えない顔をしている。  彼こそが葛城信玄、星王会館の館長を務める。 「それに続いて益田も酷い状態でやられた。全治6ヶ月の重傷だ」 「益田もか」  粕谷は他人事ではない表情だ。腕を組み表情は暗い。  特に彼と益田は旧知の仲だったからだ。 「清十郎、角中、前川、益田等々……うちの選手や幹部連中ばかりだ」  信玄はそう言いながらも、眉をしかめる。 「ある者は鈍器で滅多打ち、ある者は骨を折られ、関節を外されている。これを聞いてどう思う?」  その問いに対し砂武は不思議に思った。襲撃方法が人によって違うからだ。 「やり方がバラバラだな。どういうことだ」  期待してた通りの答えを聞いた信玄は人差し指を掲げる。 「しかし、共通点があるんだなコレが」  共通点があるという、信玄は人差し指をクルクルと回しながら説明に入った。 「関西で俺と一緒に星王会館の立ち上げに協力したヤツだけが、鈍器やスタンガンで襲われているんだ」  粕谷は顎に手を当てて言った。  襲われた創立時のメンバーの中で一人だけ方法が違っていたからだ。 「それだったら何故、角中だけが無手で襲われているんですかい」 「そう、そこがおかしいンだよ」  信玄はそうだと言わんばかりに頷いている。  粕谷の言う通りで『おかしい』のだ、角中は云わば信玄の右腕と言ってもいい存在。  それが彼の襲撃だけ、鈍器やスタンガンが用いられていない。  砂武が何か気付いたかのようにこう吠えた。 「星王会館に恨みを持つ毘沙門館の連中だ!」  その目を血走っている、興奮状態だ。  これから毘沙門館襲撃に向かってもおかしくないほどだ。  そんな砂武に信玄はやめろと言わんばかりに釘を刺した。 「砂武、面倒事はゴメンだぜ。特にお前はもうすぐ試合だ」 「藤宮ルミって女との試合だろ、問題ねえよ」  砂武の自信満々な言葉を聞いて粕谷は戒める。前例があるからだ。 「島原が同じようなこと言って倒されたらしいぞ」 「あんなヤツと一緒にするな!俺は純粋培養の星王戦士だぜ!!」  砂武は空手を始める前、高校ではラグビー部に所属していた。  空手を始めて数年だが、持ち前のパワーと粕谷の的確な指導でメキメキと上達。  僅か数年で黒帯に昇段し、今ではプロの機闘士マシンバトラーである。 「俺が星王空手の体現者だ!今からミットを100発殴って気合を入れて来るぜ!!」 ――バタン!  そう述べると、勢いよく館長室から出ていった。  部屋の扉が閉まると、粕谷は呆れながら言った。 「相手を侮り過ぎだ。パワーだけじゃ勝てない世界と、前の試合のミーティングで言ったばかりなのに」  コーチとして頭を抱える粕谷。  そんな彼を見ながら、何かを思い出したのか信玄は低く鋭い声で語りかけた。  その表情はかなり真剣だった。 「それより粕谷よ、警察が動き始めている」 「け、警察?」 「益田が捕まったそうだ」  益田がスターハンターに襲撃され、警察は動機を探るべく彼の身辺を捜索した。  そこで判明したのが、違法キャバクラの経営や売春斡旋である。  信玄は既に警察から事情聴取され、益田の悪事を聞かされていた。  実はといえば信玄自身も知っていたのだが、公に知られると星王会館のブランドが落ちるので黙っていた。  警察に聞かされた時も知らぬ存ぜぬを押し通した。 「益田が裏でやってる悪さ知ってるだろ。明日にでも星王会館から除名追放処分を下す予定だ。新宿道場の後任は松原が就任する」 「除名追放処分ですか」 「マスコミに騒がれると厄介だからな。ハンエーとのスポンサー契約の解除になりかねん」 「そ、そうですか」  そんな粕谷の表情に何か気づいたのか、信玄は彼の顔を真っすぐ見ながら言った。 「まさか、お前もやってないだろうな」  粕谷は気まずそうに視線を逸らした。  この粕谷自身もお金に困っている若い女性を援助と称し、益田に紹介して働かせていたのだ。 「暁と昔から悪さしてたからな、お前」  暁とは信玄の息子である葛城暁のことである。可愛い一人息子で小さい頃から好きにさせていた。  そんな目に入れても痛くない一人息子であるが、成長する度に凶暴性が増していった。  暴行傷害、窃盗は当たり前、他にも大麻の密売している噂も聞いたことがある。  その度に信玄は、懇意にしている弁護士や政治家の力を使い揉み消していった。 「さ、暁さんはどうしているんですか?」  粕谷は話題を逸らしたいのか、暁の名前を持ち出した。 「渡米して以降、消息不明だ」 「父親である館長自身も知らないのですか」  信玄は溜息をつき、天井を見ながら言った。 「素行の悪さで俺も困り果てて渡米させたんだが……今はどこで何をしているのやら」 ・ ・ ・ 「またハンエーかよ」 「相手は砂武天翔、星王会館の重量級エースよ」 「また星王会館かよ」  場所は変わりシウソニック・ORGOLIO事業部にて、ルミはカミラから次の対戦相手を伝えられた。  前回と同じく、今回もまたハンエーが後援する星王会館の空手家が相手である。  ルミはまたかという顔だ。上手い具合に対戦相手が組まれるものだと。  そんなルミを見て野室は言った。 「この間は大変だったね」 「まあね」  そう、ルミ達はスターハンター襲撃事件に巻き込まれた。  警察にも長い時間事情聴取をされた。  そんな二人が気になったのか宇井は質問をした。 「二人はあんなところで何をしてたんですか」 「えっ……」  その質問にギクリとするカミラ。  間宮蒼の応援で、スタジアムに行った帰りに巻き込まれたなど口が裂けても言えなかった。  だが、ルミは空気を読まず発言する。 「ORGOGLIOの観戦だ」  野室が少し驚いたような口調で言った。 「他人の試合に無関心の藤宮君が珍しいね」 「無関心は余計だ。あたしを唸らせる人が少ないだけだ」 「カミラさんは藤宮さんと一緒に観戦ですか?」  宇井はまたもや余計な質問をする。更にルミは空気読まず答える。 「ああ、カミラは……」 ――ギロリ!  無言でカミラから睨まれた。  ここでやっとルミはどういう答えを出せばよいか理解出来た。 「い、一緒に観戦したぞ、蒼様の試合かっこよかったな。ウルトラ蒼ッ!ハイッ!!」  ただいらぬ言葉が混じっていた。 「藤宮さん達、間宮蒼のファンクラブに入っているんですか?」  宇井はちょっと意外そうな顔だ。  『ウルトラ蒼』の掛け声は、ファンクラブ会員間宮信者でしか使われない。  二人ともそんなキャラクターではないと思っていたからだ。 「ち、違います!BB級ダブルバトルの試合を観戦して研究ですよ研究!」  カミラはルミの顔をマジマジと見る。  いらない言葉を言うな、このバカといった表情だ。 「何にしても研究熱心なことはいいことだ」  野室はそう述べると、ルミのところまで資料を持って来た。 「な、なんだこりゃ」 「旋風猛竜サイクラプターの取扱説明書」  パラリとめくると、細かい使い方が書かれていた。  説明書にはイラストがあったり、ひらがなが多用されていた。  まるで子供の読む絵本のようであった。 「君に合わせて読みやすいように、漢字にルビを振ったり、イラストを多用したからね」 「ヌーボーと毒舌を吐くね……」 「よく言われるよ。次の試合までにキチンと読んどくんだよ」 ・ ・ ・ 「試合までに読めって、明日じゃないか……あの朴念仁」  ルミは街中を歩きながら説明書を読んでいる。  彼女の言うように試合は明日なのに、野室は説明書を全て読むように指示を出したのだ。  試験運用テストプレイをサボったツケとも言える。 ――ドン  よそ見をしていると誰かとぶつかった。どうやら女性のようだった。 「あっ……すいま……」  ルミが謝ろうとした時だ。その顔はどこか見覚えがあった。 「柚木さん?」  その女性は柚木綾那。ルミの高校時代の先輩である。  学生時代は男子学生のあこがれの的だった彼女。  だがその顔は少しやつれ、苦労性の顔に変貌していた。 「ッ!」  柚木は何も言わず、ルミの顔を見て慌てて走り去った。 「気のせいか?」  ルミは柚木の後姿をただ眺めるしかなかった。  だが、その姿はどこか暗く寂しいものであった。

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