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 ゲオルグは朝を迎えた。  簡素なテーブルにはパンとコーヒーが置かれている。  傍にあるバターを塗りつけ齧る。  。  その部屋にはもうゲオルグ一人しかいない。  ルベラはあの晩からもういなくなっていた。  ただ不思議な事に朝起きると朝食だけは用意されていた。 ――コンコン……  部屋をノックする音が聞こえる。  キィ――と乾いた音が続くと、コツコツと革靴が弾む音がした。  これら三つの音は非常にリズミカル。  音の主はドットイートのオーナーであるスナックであった。 「Good Morning」  軽い朝の挨拶をした。  ゲオルグはパンをかぶりつきながら言った。 「朝から無断で入って来る必要は?」 「礼儀として、ドアはノックしたつもりだが」 「了承したつもりはない」  ゲオルグの不愛想な返事を聞いたスナックはやれやれといった表情で答えた。 「ここはドットイートが提供した部屋だよ」  ああ言えばこう言う。  ただし、スナックの言うことは全くもっての正論であった。  ゲオルグは食塊したパンを飲み込むと呟いた。 「アカツキ……葛城暁のためにか?」 「YES」  そう、この部屋はドットイートが葛城暁のために用意したものなのだ。  ゆっくりとコーヒーをすするゲオルグ。  少しスナックをチラリと見ながら言った。 「最初から言ってくれればいいものを」  この部屋を紹介するときにスナックは言った『この部屋にアカツキを知る手掛かりがある』と。  ルベラの存在、部屋にあった能面や近代能楽集……。  この部屋がアカツキ、つまり葛城暁が住んでいた印が散りばめられていた。 「仇敵が住んでいた部屋で寝泊まりは出来るのかい?」  スナックはニヤリとしながら答えた。  相手を小馬鹿にするような皮肉的な発言だ。  そして、スナックの軽口は続く。 「ニブチンな君も悪い。私の言葉で気付くべきだった」 「それもそうだな」  それだけを述べると、ゲオルグはコーヒーを一気に飲み干した。 「それよりも今日は大事な話があるんじゃないのか?」  ゲオルグの言葉にスナックは答えた。 「アカツキとのカードを組ませてもらった」 ・ ・ ・  時刻はPM22:00。  ドットイートの公式試合は全て終了している。  専用試合場であるアリーナには既に観客はいない。  冷たい空気と鉄や油の匂いが漂うのみである。 ――コッコッコッ……  そんなアリーナの格納庫に乾いた音が響く。  ゲオルグだ。  操縦用のプロテクターに身を包むその姿は闘い前の武士もののふである。 「あんたも大変だな、こんな夜遅くによ」  待ち受けているのは整備士のジャッキーだ。 「過去との……因縁を断ち切るためだ」  ゲオルグは静かにそう答えた。  試合は決定されたが、スナックより公式試合が全て終了した後に行うことを伝えられた。  アカツキからの指定だ、理由は分からない。 「あいつはしたたかだ……気をつけな」  強か。  数多くの機闘士マシンバトラーを見てきたジャッキー、その評価はスナックと同じものであった。 「参考にしておく」  ゲオルグはそう述べるとバーバリレオンを静かに見る。  今宵はイレギュラーリーグ〝ドットイート〟での最後の闘いになるだろう。  そして、この型落ち品……老いた獅子との別れの日でもある。  顔に似合わず、少しセンチメンタルな気分に浸っていたゲオルグにジャッキーは言った。 「試合までちょびっと時間があるが……昔話をしていいかい?」  突然のジャッキーの言葉にゲオルグは頷いた。  ニカッと歯抜け顔を浮かべた後、ジャッキーは語り始めた。 「俺はORGOGLIOの創成期――ある機闘士マシンバトラーの専属整備士として働いていた」 「あんたがか?」 「へへっ……まあな」  そう述べるとジャッキーは懐から酒ビンを取り出した。  栓を抜くと中身の安酒を一口だけ飲んだ。 「その機闘士マシンバトラーはこれといった大きな実績は残せなかったが、そこそこの成績を上げて引退。引退後は日本人の女性と結婚して子供をもうけた」  自分の過去を深く語ると思いきや、仕事仲間であろう機闘士マシンバトラーのことを語り始めた。  話の流れに可笑しさを感じながらも、ゲオルグは黙って聞いている。  何にせよジャッキーの語る話に、何かしらの意味があるかもしれないと直感したからだ。 「そいつはバカなヤツで、子供を機闘士マシンバトラーにしようと乳飲み子の頃から格闘技の英才教育を叩き込んだ、当然虐待まがいの指導もある。妻はそんな姿を見かねて夫を注意するも止めない、時には口うるさい妻に手を上げる時もあった。そんな生活が続けば離婚沙汰になる、そしてとうとう離婚となり裁判が開かれた。一番のネックは子供の親権だ、母親は必死に子供を自分の親権に移そうとしたがダメだった」 「ダメだった?」  ジャッキーは頷くと、再び安酒を飲み続きを語った。 「調停裁判所の判決で、子供の親権がバカ親父に渡ったのさ。何せそいつは現役時代の実力は一流半だったが、商売の才能があった。結構リッチな生活をしていて、いい弁護士を雇っていたのさ」 「で……その子供はどうなった」 「一応バカ親父の念願叶い、プロの機闘士マシンバトラーになったが直ぐに引退しちまったよ。上に上がれば上がるほど――自分と男ども……いや機闘士マシンバトラーのレベル差に痛感して挫折したってやつだな」 「引退後は?」  そのゲオルグの言葉に、ジャッキーはまたもや歯抜け顔で笑った。 「さあね」  意味深な笑いだった。  笑い終えるとジャッキーは床に座り込むと、酒ビンに入っている安酒をグビグビと飲んでいる。  どうやら話はそこで終わりのようだ。 「一つ質問する」  ゲオルグは静かに言った。  一方のジャッキーは酒を飲み終えると酒ビンを床に置いて、俯いている。 「ただの整備士が、何故その機闘士マシンバトラーの家庭事情にまで詳しい」 「……」  ゲオルグの問いかけにジャッキーは答えない。  それでもゲオルグは質問を続ける。 「それに途中、お前の言葉に違和感があった。やはりアカツキの正体は――」  ゲオルグは途中で言葉をつぐんだ。  ジャッキーが寝息をたてて眠っていたのだ。 「フッ……」  その姿を見たゲオルグは呆れ混じりに笑うと操縦用ルームへと向かう。  操作する老獅子が向かうはアリーナの試合場。  そこにはあいつ……暁を継ぐ機闘士マシンバトラーが待っている。  その名はアカツキ――正確には22nd代目Generationアカツキである。 ――ギュッ……  拳を固めるゲオルグ。  その動きに合わせ、バーバリレオンの拳も握られる。  どこか迷い、戸惑いがあるように見えた。  何故なら……。 「アカツキ――お前の正体は分かった」  様々に散りばめらたピースがようやく合致した。  後は何故、葛城暁の遺志を受け継ぐかのようにそのリングネームを名乗るのか。  そして、自ら進んでいる道は正しいのか……その答えを知るには拳を交えるしかない。  不条理で理解不能な回答であるが、ゲオルグは微塵の迷いなく通路を力強く一歩一歩進むのであった。

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