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 〝有段クラス・無差別級 準決勝2回戦〟  角中翼(毘沙門館)VS ゲオルグ・オットー(フリー) 『いよいよ始まりました!準決勝2回戦ッ!!』  歓声に包まれた試合壇上には、白い道着を着た二人の男がいた。 『角中翼!あの高橋夏樹先生の高弟です!!また葛城信玄の右腕的な存在と聞きます!!』  角中は、護身を旨とする〝円の空手〟を提唱した高橋夏樹の弟子でもある。  また、それを競技用に発展させた〝勝つ空手〟を生み出した葛城信玄の側近的存在でもある。  人格者であると言われる。穏やかな性格であると言われる。  ただ今大会の彼は違う、勝利に飢えているのだ。  それは、この大会が終わると葛城と共に毘沙門館から独立するからだ。  この大会の優勝を手土産に、葛城と共にまた違った空手を生み出したいと彼は思っている。それは技術的なものではない。  空手の生産性を高めたい。要するに、稼げる空手を目指すのだ。  具体案としては、まずは空手の興行化をしていく。新団体を起こした場合、道場生を育て上げ‟ORGOGLIO”に送り込む。  選手が活躍すれば、それだけ新団体の名前も売れる。そうすれば道場には生徒が増え経営的に潤う。  この大会をテレビ放映することが出来たのも、ひとえに葛城信玄という男の手腕の成果だ。  ORGOGLIO参戦にもスポンサーとして、ハンエーがつくことが約束されている。  この大会に優勝し、まずは自分の顔と名前を売りたい。そうすれば次に繋げられると。 (私は偽善者ですね)  邪な考えだとは思う。武道からは外れているとは思う。  だが、綺麗事だけではやっていけないのだ。 『対するはゲオルグ・オットー!ここまで勝ち上がって参りました!!』  ゲオルグは静かに角中を見ていた。  彼は破門覚悟でここまで来た。というよりも破門確実だ。 『流儀は一切わかりません……ただこの場にいるということは、強いということです!』  彼は空手の試合に出るために隠れて大会用のトレーニングを積んでいた。  若い門下生を集めて防具着用の自由組手を行った。だが師に見つかり辞めざるを得なかった。  それでも彼は諦めない。秘密裏に無名の空手道場に入門し、鍛練と対策を練っていた。 『左手は先の三宅一生戦で負傷……それでも彼は棄権せずにこの場にいます!その姿はサムライ!!」  何がそこまで彼を駆り立てたのだろうか。 「構え……はじめッ!」  審判の開始の声が響いた。  ゲオルグは今までにない構えをとった。 『おおっと何だこの構えはッ?!』  彼は前屈姿勢となり、両手拳は顔面をしっかりとガードをしている。  スタンスは肩幅に開き、腰を落とす。運足も何もなく、対戦相手である角中ににじり寄っている。  対する角中は開手で構える。スタンスは肩幅に開くも極端には腰を落とさない。実にモダンな構えだ。 「シッ!」  角中は発声と共にボディブローの連打、ローキックを叩き込む。  それに対しゲオルグは反撃しない。打たれながら間合いを極端まで詰め寄っている。 『なんだなんだ反撃しないぞッ!?』  試合を見ている魁道は無言で見守る。無言で見守る父に対してルミは尋ねた。 「フルボッコされてんじゃん。やる気あるのかね」 「一発にかけているんだろう」  魁道はそう答えた。 「そんな一撃必殺なんて夢みたいな話あるのかい?」  ルミの疑問も最もだ。ゲオルグも上背があるとはいえ体重は軽いほうだ。  フルコンの試合で打たれ慣れている角中を、一撃KO出来るほどの打撃力はない。  上段蹴りで顔面を狙っているとしても、あの極端に腰を落とした構えでは蹴りが出しにくい。 「あれは不動流の『地龍』というヤツでな、大技を出す前触れだぜ」 「大技?あんな変てこりんな構えから何出すんだよ」 「見ればわかる」  そう魁道が宣言した時だ。 「破ァッ!!」  獅子の咆哮と共に、遂にゲオルグは技を繰り出した。  それは胴回し回転蹴りだった。  柔道の受け身のように、身体を回転させ踵部で相手の顔面を蹴る大技である。 (やはりそう来ましたか……極端に腰を落とした姿勢では『突き』か『回転技』しかないと思っていましたよ)  角中はニヤリと笑っていた。  相手の構えから次に出す技を読んでいた。 (さァ……技をいなした後はどう料理しましょうか)  次の展開を思考する角中であった。  が……蹴りの軌道が顔面ではなかった。 (顔面ではない?!下段へ……何を?)  カポエラのようにゲオルグは手を床につく。  狙いは相手の重心がかかる左足だ。それも狙いは膝だ。  全体重を乗せて踵を打ち込んだ。 「ぐゥッ?!」  膝に踵が押し込まれる。  グシャッという乾いた音がアリーナに響き渡った。  折れなくとも、亀裂骨折もしくは靭帯が損傷した音なのは間違いない。  その場に彼はうずくまった。試合の続行は不可能だ。 「し、師範!!」  セコンドにつく弟子の昴は師に駆け寄った。 「担架だ!早く!!」  審判は係員に急いで言った。事態は救急を要した。  対するゲオルグはそのまま背を向き正座をする。 「お前わざとやったな!」 「……」  昴は背を向けるゲオルグに詰め寄る。だが彼は目を閉じ押し黙ったままだ。 「何とか言ったらどうなんだ!!」  黙ったままのゲオルグに、昴は感情を露わにする。  その光景を見て、遠藤とタニヤマはお互いに冷や汗をかきながら実況した。 『こ、これは大変なことになりましたね』 『見た感じ胴回しが空振りして、角中選手の膝に命中したようにしか見えませんからね』 『おおっと……大会主催者の葛城信玄が試合場に上がってきたぞ』  試合壇上に信玄が上ってきた。場の仲裁役として出てきたのだ。  試合場にいるものは注目している。 「昴よ。空手には、格闘技にはこういったことがよくある」  彼は一言そう言った。だが昴は納得しない。 「葛城先生、あれはわざとやったとしか思えません!関節蹴りは危険行為の反則です!!」 「アホンダラ……あの距離で狙って膝を蹴れるかよ」 「でも!」 「お前は師匠に恥かかせるのか?なァ角中」  信玄は倒れる角中を見て言った。 「昂さん引いて下さい。私の不覚でした」 「そんな……この勝負は師範の反則勝ちです!」 「引きなさいッ!!あなたは私を侮辱するのですか?!」 「……」  角中は痛みに耐えながら昴を叱った。例えわざとだとしても、それを躱せない自分に非があるからだ。  これ以上、空手家……否武道家として、反則勝ちなどという恥をかきたくなかった。  そのことを受け信玄はこう宣言した。 「ケガにより試合続行は不可能………勝者ゲオルグ・オットー!」 『な、何とも言えませんが決着のようです。オットー選手、決勝進出です』 『んあ~会場はお通夜みたいな空気ですね』  放送席にいる遠藤とタニヤマは淡々と実況と解説をしていた。  ゲオルグは一礼すると試合壇上から降りる。誰からも歓声や拍手は一切送られなかった。  ブーイングや野次さえない。ただ何か……しこりが残る試合が終わっただけだった。 「本当はあそこから蟹挟みで倒して脚をへし折るんだけどな。それをヤツは空手用に改造しやがった」  本来、地龍という技はあの構えから蟹挟みを仕掛け、そのまま足関節に移行するものである。  だがゲオルグは地龍を応用し、膝へと胴回し回転蹴りを打ち込む技に昇華した。  魁道の技の解説を聞いて、ルミは納得のいかない表情で言った。 「どっちが強いのか、よくわかんなかった試合だよ」 「ぶっちゃけ、実力では角中って人の方が上だったぞ」 「だからイチかバチかの大技で壊したのかい?」 「俺が完全にスイッチ入れちまったのかもな」  先の試合で、秋山に対して行った人体の破壊行為。  もしかしたら、あの試合を見てゲオルグは勝利へのヒントを得たかもしれない。そう思うと、角中という男に申し訳ない気持ちになったのである。  あれは制裁と武の厳しさを教えるものであって、試合に勝つためにしたものではない。  あくまでもこれは競技大会なのだ。壊し合いではない。  ゲオルグという男は、何故そこまでして勝利を目指すのか。  亜紅莉の一件が絡んでいるようにしか思えなかった。 ・ ・ ・ 「ここね……宿六とバカ娘がいるところは」  和装に身を包んだ女性が、コスモアリーナへとやってきた。  女性の名は藤宮詠だった。 「おばちゃん邪魔なんだけど」  入り口に立つ詠に暴言を吐いたのは、準々決勝2回戦で秋山と対戦したドルフ・ウエムラだ。  スポーツバッグを抱えている。これから帰宅するところだ。  彼はほぼ無傷で試合を終えた。  しかし試合内容が一種のハメ技で敗れたようなものなので、すっきりしない気持ちだった。  若者言葉で言うならば、むしゃくしゃしていたと表現すればいいのだろうか。 「私はまだ38歳ですよ?」  詠がそう反論した。まだ美容にも気を使っておりお肌もツルツルだ。  この間も大学生らしき男の子にナンパされた。 「40歳みたいなモンだろ。立派なババアじゃねぇか」 「ドルフ失礼だろ。ご婦人に向かって」  彼の後ろにいるトレーナーらしき男がそう言って注意した。 「いやババアはババアだろ」 「ババア?」  詠は表情も変えずドルフの手首を手に取った。  その瞬間ドルフの体に電撃が走った。彼はその場に膝をついて倒れた。 「言葉には気をつけて頂戴な。ババアではなく美魔女ってやつですよ」  そう言うと彼女は手を放し、そのまま会場へと向かっていくのであった。 「ド、ドルフ大丈夫か?」  トレーナーが彼に話しかける。 (な、何者だ、あのババア。全く気配が読めなかったぞ)  ドルフは手首を擦りながら脂汗を流すのであった。

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