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―――プロローグ  東京都内のネットカフェにて、男か女かわからない。  部屋の薄暗い一室で青白い光を放つパソコンを眺めていた。画面からは動画が流されている。  それは“WowTube”という動画サイトである。WowTubeは世界最大の動画共有サービスである。Wowは『ワオ!喜び・驚くさまを表す感嘆詞』Tubeは『ブラウン管』という意味。  つまり‟喜び驚くような映像動画”を配信するソーシャルメディアである。老若男女問わず視聴しており、新たな通信サービスとして親しまれている。 「古武道を救いたいっ!」  画面にアップで映り出す男はそう言った。背は高く肩幅も広い、おまけに筋肉質な体をしている。  おそらくは格闘技をしていることが推察される。  髪は茶髪に染め、長い髪を後ろに結んでいる。印象的に自由業か何かだろうか。 「サイキョー格闘家のタザワーです!今日は大阪にある不動流の道場にやってきました」  テンション高めに自己紹介する男の名は、タザワーこと田澤至たざわいたる32歳。総合格闘家である。  人気動画チャンネル『MMA TAZAWA GT』の動画配信者WowTuberとして有名であった。  登録チャンネル数は20万人。ネットのカリスマ格闘家である。有名武道家、格闘家に動画上で挑戦状を叩きつけ、一方的に道場破りや勝負を仕掛ける炎上芸を売りにしていた。 「伝統だの、格式だの雑誌で偉そうに語っていたので、どんなもんか試してみたんスけど……」  画面が切り替わる。そこには、黒い道着に身を包んだ男達が道場内に倒れこんでいた。黒い道着とはいえ、剣道着を黒く染めたもので伝統と風格を感じさせられる。  タザワーは、通信携帯機で不動流の門弟達を映しながらこう言った。 「大したことなかったスね」  ニタついた顔で勝ち誇っている。まさに殴りたいこの笑顔。  不躾ぶしつけにも道場のど真ん中に寝っ転がる。 「身内での馴れ合いばっかりやってるからっスね。総合の前では敵じゃないっス」  タザワーはVサインしながら勝ち誇っていた。武道、格闘技精神からかけ離れた男であった。 「この動画が面白かった人は〝チャンネル登録〟と〝いいね〟をヨロシクね♡」  そう言って動画は終了した。 「動画コメント欄」 タザワーすごい! 今回の配信も面白かったです。 不動流の小汚い黒道着に草生えるw  ……心無い視聴者達の言葉が並んでいた。 【動画:古武道を救いたいっ!タザワーの道場破り☆彡】 動画視聴回数477,110回  高評価1.5万  低評価929 カチッ…… 低評価930  動画視聴をしていた人物は低評価ボタンをクリックした。           ***  焼き肉店「牛華族」。都内のビジネスマンや家族連れが入り、店内は賑わいをみせている。店の中は、こんがりと焼けた美味しい牛肉の匂いを漂わせていた。  そして、店の一角に二人組の男性が相対して座っている。 「け、契約を取り消すだと?!」  一人の男は驚いた口調でそう言った。男はスーツは着ているものの奇抜な様相である。髪型は、中央に向かいトサカのように尖らせた個性的なヘアスタイル。  更には眉なし。堅気に見えないが……彼の名前は紫雲蓮也しうんれんや。こう見えても日本の電子機器メーカー『シウソニック』の3代目社長である。 ○ シウソニック  日本の老舗電子機器メーカーで、過去売上高では日本のトップに君臨していた実績を持つ。  社訓は“明るい家庭は世界の幸せ”  初代カリスマ創業者、紫雲辰之介しうんたつのすけの死後、シウソニックは後継者争いでグループは分裂。現在は福祉ロボット等介護福祉分野に参入しているが経営難に陥っている。 「ソチラより倍以上の金を払ってくれるって言ってんだぜ」 「な、なんだと……」 「条件がいいところあったら乗り換えるのは普通っしょ」  焼肉を平らげながら語るもう一方の男は……。 「そんなこと言っても前金の500万払ったじゃないか」 「あァそれなら返します」 「お前……」 「ただし!この奢ってもらってる焼肉代は返しませんけどね」  彼は先程のタザワーである。その会話から察するに、何かの契約を進めていたが、話がこじれているようだ。蓮也はぎゅっとネクタイを締め直しタザワーに尋ねる。 「お前どこに買収されたんだ」 「ASUMAっスよ」 ○ ASUMA  世界最大大手の総合スポーツ用品メーカー。  社訓は“高みを目指し、努力、貢献”  野球、サッカー、陸上あらゆるスポーツ用品の製造・販売を行っている。近年では、ロボット産業・IT分野にも進出しており売り上げも好調。  経営トップは飛鳥馬小夜子あすまさよこ。 「ぷふぁ~ウメェ!」  どうやらシウソニックと契約するはずが、ASUMAという企業の方が条件が良かったのでそっちに変えるようだ。タザワーはジョッキに入れられていた、ビールを飲み干し蓮也の顔を見て言った。 「せいぜいジジ、ババ相手の玩具遊びがんばってね」 「な……お、おい待て!ふざけるな!!」  蓮也はタザワーの胸ぐらを掴んだ。この行動をするのも無理はない、一方的に契約破棄された挙句に、タザワーが言った『ジジ、ババ相手の玩具遊び』という発言が気になったからだ。全盛期と比べ落ち込んだとはいえ、会社や仕事には誇りを持ってやっている。 「やっとこれから“ORGOGLIOオルゴーリョ”に参入するって時だぞ!」 「知るかバカ。俺は忙しいんだ」  タザワーは蓮也の顔を睨みつけながら暴言を吐く。だが、彼も引き下がらない。  シウソニックの3代目社長なのだ。嘗められてたまるかとの思いからだろう。 「てめぇな!専属の機闘士マシンバトラーがいなければどうしようも……うっ?!」  蓮也の顔を大きな手で鷲掴みした。その力は格闘技をやっているだけあって相当なものだ。  一流の格闘家ともあれば100kgを超えると言われる。 「うるせェんだよ。こんなしょぼい焼き肉屋に毎回連れてきやがってよ……ASUMAなんか超高級イタリアレストランにご招待だぜ?」 「ぐっ!」 「オンボロ電器屋が……俺を嘗めてるのかよ」 「や、やめろ……」  ギシギシと軋む音が蓮也の頭蓋骨から鳴り響く。蓮也はタザワーの腕を振りほどこうとするも、ビクともしない。素人が振りほどけるほど甘くはない。  一連の光景を見て、店内は静寂に包まれた。それに見かねたのか、店のTシャツを着た店員らしき女性がタザワーに話しかける。 「暴力はいけません」 「あ……ッ?てめェには関係……」  注意する女性に視線を向けるタザワー。何かに気づいた様子で、突然ガッシリと掴んだその手を離した。解放された蓮也はその場に倒れこんだ。 「君さ可愛いね!」  タザワーの興味はその女性に移った。女性店員の年齢は10代後半から20代前半といった感じか。  灰黒色の髪を後ろに結び、目はキリリとし凛としたたたずまい。  一言で表すと、大和撫子といった風貌であった。タザワーは大きな手でその女性の腕をとる。  見た目は細いもののピアノ線を束ねたかのような、しっかりとした筋肉をしていて、少し違和感があったが今はどうでもよかった。 「……」 「俺、知ってる?格闘家のタザワー!!」  タザワーは自己紹介しながら、その可憐な女性の顔に近づく。一方女性は、視線を逸らし複雑そうな表情だ。明らかに嫌がっている。 「ねぇ君さ、なんて名前?」 「救……」  女性は大人しいのか、視線を向けブツブツ何かを言っていた。だがタザワーは、そんなこと気にも留めなかった。 「こんな汚い仕事はほっぽりだしてさ、俺と楽しもうよ!」 「……たい」 「何をボソボソ言ってんの……?」 「タザワーを救いたい!!」  『タザワーを救いたい』そのよく分からない言葉が聞こえたと同時に、彼の視界はぐるりと景色が一回転する。柔道のような投げ技をされた時のアレだ。足はフワリと地面から離れていたのだ。よく見ると、足払いを掛けられ空中に浮かされていた。  そう……彼の巨体は投げられていたのだ。突然のことで受け身もとれず、背中に電撃と衝撃が走る。かなりの衝撃だ。脳内はまだ何が起きたか理解していない。女性は仰向けに倒れこんだタザワーの顔をのぞき込んだ。 「古武道の汚名挽回として、貴様に報復リベンジだ」 「そ、それ……」  古武道の汚名挽回…言葉の意味はよく分からなかった。だがタザワーは、混乱しながらも彼女の言った言葉の"おかしさ"に気づき突っ込みを入れる。 「お、じゃなくて……」 「どっちでもいいだろが!」  彼女はその言葉をタザワーに伝えると顔面に鉄拳を打ち込んだ。無論、顔面を打ち込まれた彼は失神してしまった。容赦のない一撃である。 「え、えげつねぇ……」 「顔面にグーパンチだよグーパンチ」 「さっきのやりとり動画に収めたぞ!」 「SNSにあげとけ!!」  店内は騒然としている。蓮也はその一連の光景を見ていた。あの女性の華奢な体で、どうやってあの大男を倒すことが出来るのだ。謎だらけの彼女に蓮也は尋ねた。 「あ、あんたは一体……」 「藤宮ふじみやルミ……藤宮流の宗家だ」

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