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 日曜日の13時。  藤宮詠は簡単な昼食を済ませお茶を飲んでいる。 「面白い番組はないのかしら……」  そう言って彼女はチャンネルを回す。  毘沙門館オープントーナメント全関西空手道選手権大会。  地方放送局の番組が彼女の目に留まった。 「あら……珍しく空手の大会が放送されているのね」  彼女も一応武道家の端くれだ。  そのままチャンネルを回さずに観ることにした。  フルコンタクト空手の大会が、テレビ放映されるのは珍しいからである。  1回戦2回戦のダイジェスト映像が流れながら、ベスト8の選手達が集まってくる。  詠はテレビを見て絶句した。その中に夫の魁道がいたのだ。 「あの宿六」  詠はそう述べると、急いで椅子から立ち上がった。 ・ ・ ・ 〝有段クラス・無差別級 準々決勝1回戦〟  岡本謙信(毘沙門館)VS 藤宮魁道(美翔館) 「ケンちゃん、よくベスト8まで残ったね。ガンバだよ!」 「姉ちゃん『ケンちゃん』って言うのやめてくれよ」  坊主頭の男は岡本謙信。齢19歳。  毘沙門館初代総帥・岡本毘沙門の孫。  即ち、将来を期待されている未来の館長である。  謙信と会話する女性は、岡本いさみ21歳。  玄鵬大学社会学部の3回生。  ショートカットで爽やかな容姿は健康的な印象だ。  謙信の姉であり、将来はスポーツ記者を志している。 「相手はアホなカラー道着を着たおっさんです」 「1回戦や2回戦の相手は油断して負けたんでしょう」 「余裕ですよ」  周りで応援する取り巻きの門下生達は謙信を囃し立てる。  毘沙門館の本部は東京であるが、今回特別に関西へと出向いて出場している。  関西支部の葛城からの招待出場という形になっているのだ。  大会出場が決まり3ケ月間、古参の師範達からみっちりと特訓を受けていた。 「だと……いいんだけどなァ」  そう一言述べ、彼は試合場にある壇上の階段を昇っていく。  特訓を受けたものの、謙信は自分のことを理解わかっていた。  『自分には空手の才能はない』と。  初戦敗退はマズいという信玄の計らいで、安牌な相手と対戦を組まされていたと思っていた。 「お互いに礼!上席に礼、審判に礼!」  周りには多くの観客や関係者がいる。  ここで無様に負けるわけにはいかない。  やるだけやってやろうという思いだ。 「構えて……はじめッ!」  和太鼓のドンという音と共に試合が始まった。  謙信は〝天地上下の構え〟という空手の構えをしている。  祖父の毘沙門が得意とした構えである。  順手は大きく天へと掲げ顔面を守り、逆手は地へと下げヘソ前で止める。 『で、出た!祖父、毘沙門直伝の天地上下の構えだ!!』 (……これは古参の師範から教えられたんだよ)  実況の遠藤がそう述べるも、彼は明確に否定する。  謙信は元々空手に興味はなかった。  中学生までバスケットボールをしていた。  空手を始めたのは高校生になってからだ。  周りからのプレッシャーで空手を始めたに過ぎない。  格闘経験としてまだ日が浅いのだ。 「ケンシン君だっけ、君さなんか辛そうに試合してない?」  対戦相手の魁道が話しかけてきた。  自分の心の中を見透かされたようだった。 「あんたに何がわかるんだよ!」  謙信はローキックを叩き込んだ。  その瞬間である。 「めっちゃ上段空いてるわ」 「えっ?!」  魁道は、彼のローキックに合わせて上段蹴りを放った。  上段は見事に決まり尻餅をつく謙信。  意識は飛びかけるも直ぐに立ち上がった。 「わ、技あり……!!」 「え~?!」  観客達から疑問の声が上がった。疑惑の判定である。  本来であれば魁道の一本勝ちは間違いない。  毘沙門館の贔屓判定ともいえる判断である。 『技あり技ありの判定です!!タニヤマさんはどう見られますか?』 『う~ん……確かに一本勝ちに見えますが、謙信選手もすぐに立ち上がりましたからね。ここは審判の判断が絶対ということで』  セコンド席にいるルミは審判へとヤジを飛ばした。 「おい!今のは一本だろ!!」 「そ、そこ、審判への暴言は許さんぞ!次言ったら退場にさせる!!」 「ちっ」  謙信は再び天地上下の構えをとった。  一方の魁道は何も構えないままだ。審判は構えない魁道に注意する。 「貴様!さっさと構えんか!!」 「これが構えだよ。足のスタンスを見ろ、しっかりと肩幅に開いているだろ?」 「うっ……ええーい!続行ッ!!」  魁道がとっている構えは藤宮流〝蜘蛛糸の構え〟である。  顔面、胴体を開けた誘いの構えである。 「チエリャッ!!」 『謙信選手!嵐のような猛攻だッ!!』  謙信はコンビネーションよく左ハイ、右ミドル、左ジャブ、右ハイと技を繰り出すがどれも躱され受け流される。 『全部の攻撃を躱されてしまった!』 「テイッ!」  続いて飛び後ろ回し蹴りで顔面を狙うも、魁道はしゃがみ込んでこれも避けた。 「君もそれなりに努力した気配はあるんだが……」 「テェーッ!!」 『更にラッシュ!ラッシュ!!ラッシュッ!!!』  魁道のボディへ左ジャブ、左内腿へのロー、左ジャブ、右正拳突きを叩き込む。 「もうちょっと、空手を好きになろうや」  魁道はそう言うと、謙信の鳩尾にボディブローを叩き込んだ。 「ぐッ……」  謙信はそう喘ぐと地に伏せ、うずくまってしまった。 「おい審判」  魁道は審判を見た。  審判は咄嗟に我に返る。 「あっ?!い、一本!」 『し、勝負ありです!‟未来の館長”岡本謙信、準々決勝で敗れる!』 ・ ・ ・ 「何だよ、おっさんに負けやがって」 「アレが将来うちの館長になるのかよ。俺はゴメンだね」 「所詮は親の……いや爺さんの七光りか」  試合場控室では、それまで謙信をチヤホヤしていた取り巻き達が陰口を叩いていた。 「いかんね。若様の悪口は」 「か、葛城支部長!」  取り巻き達を注意する男は大会主催者の信玄である。 「若様は一応、毘沙門先生のお孫様だ。こういった場での批判は許されんぞ」 「す、すみませんでした」  信玄はニッコリと笑う。 「まァなんだ君達の不安も最もだ。実はだね、この大会が終わったら独立しようと思っているんだ」 「か、葛城支部長、ここでその話は……」 「ここじゃなんだ部屋を移そうか」  その頃、試合を終えた謙信は姉に慰められていた。 「姉ちゃんゴメンよ。俺、やっぱ空手の才能なんてないんだよ」 「ケンちゃんは、毎日師範達の猛特訓を受けて頑張ってたじゃない!!」 「勝たなければ意味なんてねぇんだよ!」 「……」 「だいたい俺よう周りに言われて、空手をやってただけなんだ。どうせ俺なんて……」 「バカ!」  弱音を吐く謙信を姉のいさみは平手打ちをした。 「な、何すんだよ姉ちゃん!!」 「そんな情けないことをいうケンちゃんなんて嫌いだよ!ううっ……」 「ね、姉ちゃん何も泣かなくても」  姉のいさみの目は潤んでいた。  弟は『毘沙門の孫』というプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、稽古を懸命にやっていたことを知っていた。  そんな努力家の弟が、自分を否定するような言葉を述べたことが許せなかったのだ。 「ここにいたか」  声に反応して振り返ると、対戦した魁道がいた。 「あ、あんたは」 「弟に何か御用ですか?」 「いやちょっとね。まァ何はともあれ握手を」  魁道は謙信に握手を求めた。  彼は不思議そうな顔をするも、その手を握る。 「いい試合だったな」 「あれがいい試合?」 「そうだとも」 「あんなしょっぱい試合でもか」 「何を弱気なことを言ってるか。少しは自分に自信をもったほうがいい。ホレ見ろ」  中年の武道家は道着をはだけて胸を見せた。  そこにはアザが残っている。 「最後の右の正拳突きが効いたな。センスあるよ」 「あ、ありがとうよ」 「勝っちまった相手に感謝されるとは複雑だな」  3人の緊張感は解けて笑みがこぼれていた。  試合が終わればノーサイドだ。 「そうだ!」  いさみは突然バッグからカメラを取り出してきた。 「おじさん、記念と言ってはなんですが写真撮ってもいいですか?」 「エエデ」 「じゃあ二人とも笑って、はいチーズ!」  魁道と謙信は握手を交え、満面のスマイルで写真を撮ったのであった。 「今日一番の写真が撮れました。うちの大学新聞のスポーツ欄に載せますね」 「うちの姉で、スポーツ記者を目指し大学の新聞部に所属しているんです」 「そうなの」 「岡本いさみって言います。何れおじさんのことも取材させて下さいね」 「あ、ああ……よろしくね」  そう言いながらも『大会に出るのもコレ一回ぽっきりなんだけどな』と思う魁道であった。 ・ ・ ・ 「どこに行ったんだろ」  ルミは父を探していた。  試合終了後『ちょっくらトイレに行ってくる』と言ったまま試合場へ戻ってきていない。  もうすぐ準々決勝2回戦が始まろうとしているのにだ。 「あら藤宮さんじゃない」  艶やかな声が聞こえてきた。  声の方向に彼女が振り返ると、軽いパーマがかかったロングヘアの女性がいた。  アイドルのような可愛らしい顔をしている。男性にモテるタイプの女性だ。 「誰?」 「もう忘れちゃったの。華道部の柚木綾那ゆぎあやなよ」  彼女はルミの2つ上の先輩の柚木である。  華道部に所属し部長をしている。そのため少しだけ面識があった。 「そう言えばそんな人いたね」 「もう相変わらず変なコね」  柚木は少し苦笑いを浮かべていた。  彼女にとって少しだけ部に所属していたルミであったが、かなり個性的で印象深い存在だったようだ。 「お淑やかな部長さんが、何でこんな格闘技の大会に?」 「が試合に出るからよ」 「か、彼氏だと?!学校の男どもが知ったら絶対ショックで寝込むぞ」  柚木の彼氏とは玄鵬げんほう大学空手道部主将、秋山りょうのことである。

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