スターハンターの正体は秋山亮であった。 だが、秋山は角中を襲撃していないというのだ。 一体どういうことであろうか。昴は信じられない様子で問い質した。 「じゃあ誰が師範を襲ったというんだ!」 「俺が知るわけがねェ」 秋山はペッと口から血を吐いた。そして、昴の顔を見てニヤニヤと笑い始める。 「クク……ハッハッハッ……」 「何がおかしい」 「イヤな、エラく角中さんにご執心だなと思ってな。そうだよなお前――」 何やら言いかけた時だ。昴は秋山の腹部を蹴り上げた。 「ぐっ!」 「黙れ」 秋山はケラケラと笑いながら昴を見ていた。 「ハハッ……大した威力じゃないな。所詮はお前はお――」 「黙れと言っているんだ!!」 「ぎっ!!」 憤った昴は何度も秋山を殴り、蹴る。 何か逆鱗に触れるようなことを言いかけたのであろう。 昴は息を乱しながら倒れる秋山を見ていた。 「ハァハァ――」 秋山の髪を掴んでこう言った。 「いいか。お前を警察に突き出す前にやっておかなきゃならないことがある」 そうすると昴は秋山の腕をとる。腕挫手固の体勢である。 相手の手首を掴み肘を極める関節技の一つである。 「……ッ?!」 秋山は腕から全身へと針で刺すような痛みが襲った。 「お前の腕を折っておかなければな」 昴の顔は無表情で声もどこか冷たい。何が琴線に触れたのであろうか。 極められた腕はミシミシと音が聞こえる。 秋山は自分の腕が折られる覚悟をした。 その時だった……。 「何をしているんですか!!」 昴の師である角中が部屋に入ってきたのだ。 スターハンターに折られた左腕はギプス固定されアームスリングをしている。 「スターハンターを捕まえたと聞いて飛んで来てみれば」 角中は秋山の顔を見て、哀れみの表情をしている。 「昴、すぐに離しなさい」 「何故ですか、こいつは師範の腕を折ったんですよ!」 「ぐっ!?」 昴は掴んでいる腕に力を込めた。後数ミリ体重をかければ折れる位置まできている。 それを見た角中は慌てた様子で言った。 「いいから離しなさい!」 「イヤです!私は――」 ――パシッ! 乾いた音が響いた。 角中は昴の頬を平手打ちした。 「離すんだ。今すぐ」 昴は無言で極めている腕を解放する。 解かれた秋山の体はガクガクと震えていた。 彼にも折られる覚悟はあったが、やはり恐怖心は残っていたのだ。 「し、師範」 昴は打たれた頬を触っていた。少し我に返ったような気持ちがした。 「あなたの技はそういうことをするために教えたのではありません」 角中の声は静かに厳しいものだった。昴はまだ放心状態のままだ。 部屋の隅で震える秋山にそっと角中は近付いた。 「秋山君、こんなことをするなんて残念でなりません」 秋山は下を俯いている。角中には葛城やその他幹部連中と違い世話になった。 一度就職した会社も角中に紹介されたものだった。 しかし、彼は退職という形で足蹴にしたのだ。どうしてもアナウンサーの夢が捨てきれずにいた。 彼は小さい時からスポーツが好きだった。それに関連したスポーツアナウンサーにどうしてもなりたかったのだ。 その夢はあと少しで現実となっていた。あの怪我さえなければ… 「私の力不足のところもありました。君にもう少し……」 「ううっ」 秋山は涙を流し、髪をくしゃくしゃに掴みながら嗚咽していた。 後悔と慚悔の気持ちが湧き出ていたのだ。 「何でこんなことになったんだよ。俺はテレビのアナウンサーになって、好きなスポーツ番組で……」 秋山の脳内には自らが描いていた青写真の光景が映る。 スポーツでの実況、選手へのインタビュー、スポーツ番組の司会。 しかし、その夢も露と化した。 道場の先輩に頼まれごとを引き受けた切っ掛けに歯車が狂ったのだ。 秋山自身も『失敗のない人生』で驕り高ぶっていたところがあった。 その隙が失敗を招いたと言えるだろう。自業自得な面が強い。 だが――だが、しかしである。夢破れた若者の姿は哀れであった。 「秋山君、やり直しましょう」 角中は静かにそう言った。 ・ ・ ・ その頃、選手関係者の通路を歩く男がいた。星王会館・世田谷道場長の粕谷隼人である。 中台の愚痴と叱責を聞き流し、砂武が救急車に運ばれるのを見送った。 試合は終わった。弟子が負けたというのに彼は上機嫌だ。 「フン――フフッ♪フーン♪」 好きな音楽グループの歌を鼻歌混じりに歩く。 (スターハンターは捕まった。これで安心できるってもんだ) 粕谷は安堵していた。 ひょっとするとスターハンターは、自分達が行っている『裏家業』に恨みを持つ者の犯行かもしれないと思っていたからだ。 秋山もどういう理由かは知らないが、女絡みか何らかの理由で自分達の裏家業に恨みを持った人物に違いないと思い込んでいた。 (後は星王会館が上手くやるだろ。秋山のヤツ、東京湾に沈んじまうかもな) もうすぐ出口だ。後は家に帰って酒を一杯飲んで刺身を食す。 普段と変わらない。少し嬉しいことがあったら行う儀式だ。 「帰ったらビールに刺身だ」 ――カツン……カツン…… 後ろから音が聞こえた。 「なっ……ウソだろ?!」 黒いフードを被った全身黒ずくめの怪人がいた。 顔は黒いアノニマスマスクだ。そう彼こそが……。 (スターハンター?!) サッと粕谷は構える。 彼とて、空手家で元プロのキックボクサーだ。 現役からは離れているが、腕はそれなりの自信がある。 「何が目的だ」 そう尋ねるもスターハンターは答えない。 ただ腕をだらりと下げるだけだ。構えもしない。 「返り討ちにしてやる!」 粕谷はそのまま突っ込んでいった。現役時代はインファイトが得意だった。 打って掴んで膝地獄だ。それが彼の勝ちパターンだった。 (内蔵吐き出せや!!) 射程圏内に入った。それでもスターハンターは構えないままだ。 よし楽勝といった具合に最速の左ジャブを放とうとした時だった。 ――サクッ…… 粕谷の顎が何かで打たれた。 (は、迅ッ) ジャブを出すより迅く、足先でピンポイントに顎を蹴られたのだ。 見事なまでのポイントヒットである。 (寸止めの選手か?!) 僅かに残る意識でそう感じた。 ピンポイントで最速に打ち込めるのは、伝統派空手などポイント制競技の選手の特徴だ。 薄れゆく意識。だが、スターハンターは容赦しない。 (お、おい……何を……) スターハンターは飛び込んで粕谷の顔面を鷲掴みした。 そしてそのまま……。 ――ドギャッ!! 床面へと叩きつける。粕谷の意識がドンドン遠くなる。 僅かに残る意識。足に痛みが走った。 スターハンターに足関節を極められていたのだ。 ――グチッ! 鳥の胸肉を引き裂くような音が響いた。 どうやら脚の腱がちぎれたらしい。激痛に苦しむ粕谷の口からカニのような泡が噴出した。 スターハンターは粕谷の耳元で何か囁く。粕谷の瞳孔が開いた。 何かに気付いたようだ。そして後悔したかのような顔を浮かべ意識が消えた。 ――カツン……カツン…… スターハンターは何事もなかったかのように去って行った。 ・ ・ ・ 今宵、二人のスターハンターが同時に現れた。 試合を終えたルミは蓮也達と別れ帰宅中である。途中一人の女性とすれ違った。 「あっ……」 ルミは何かに気付いた。 「やっぱり柚木先輩だよね」 すれ違った女性にそう話しかけた。言われた女性は気まずそうにしている。 女性は無言で走り逃げようとしていた。 「なんで逃げようとするのさ」 ルミは先回りし女性の顔を見据える。間違いない柚木綾那本人だ。 彼女は視線を下に落としたままだ。 「ひ、久しぶり、元気にしていた?」 小さく弱々しい声だった。 「あたしは元気さ。柚木先輩も東京へ来てたんだね」 「え、ええ」 彼女はそう答えた。何やら思いつめたような顔をしている。 不思議に思ったルミは尋ねた。 「何かあったのかい?」 「いえ……別に……」 そう尋ねるも柚木の視線は下を向いたままだ。 そうすると誰かが近付く足音がしてきた。どうやら体格的に男性らしい。 「藤宮ルミさん?」 男の正体は間宮蒼であった。 服が黒く闇夜に溶け込んだせいでわからなかったのだ。 「アンタは確か」 「こんなところで会うなんて奇遇だね」 「あたしは試合が終わったところだよ。蒼さんは?」 「近くに毘沙門館の道場があるだろ。今からそこへ臨時指導員で行くんだよ」 「そうなのかい。忙しいんだね」 そういえばこの近くに毘沙門館の道場があったからだ。 「おや」 蒼はルミの傍にいる柚木の存在が気になったようだ。 一方の柚木は無言で顔を逸らしたままだ。 「そちらの女性は?」 「わたしの高校時代の先輩だよ」 「そうなんだ。可愛い顔の先輩だね」 「アンタ、思っていたキャラとは違い軽いんだね」 「ははっ……じゃあ僕はこれで」 蒼はそう述べ闇夜に消えていった。
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