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 熱戦は終わった。  会場では表彰式が始まっている。優勝者もいなければ準優勝者、入賞者もそこにはいなかった。 『表彰式の途中になりますが時間の都合上、以上をもちまして放送を終了と致します。タニヤマさん、ありがとうございました』 『んあ~ありがとうございました』  遠藤とタニヤマの声が流れる中、テレビ画面にはトロフィーを渡す信玄が映り出される。  そして放送される映像は切り替わり、各試合のハイライト映像が流れ始めた。  最後に魁道が放つ上段蹴りの映像がスローで流れ〝終〟の文字が出てきて放送が終了した。 「優勝おめでとう、と言えばいいのかな?」 「その言葉はパパに伝えとくよ」  大会主催者の信玄はトロフィーをへと渡す。  指名されたルミは複雑そうな表情で受け取っていた。  魁道は妻の詠と共に早々に会場を去り、ゲオルグその他入賞者は救急車で病院へと向かっていた。  異例づくめの表彰式となっている。 「もっと笑って笑って!」 「普通笑えるかよ……気まずさと恥ずかしさが、ミックスされてる心境なんだよ」 「あんたの親父さんが優勝なんだ。もっと喜べ」 「そうだけどさ……」  表彰式が終わり、トロフィーと表彰状を手にするルミを岡本姉弟が見守る。  ルミは苦笑いを浮かべたままだ。姉のいさみはカメラを手にしてシャッターを切っていた。 「いい写真が撮れたわ。これルミちゃんにあげなきゃね」 「ところで姉ちゃん、大学新聞の記事どうするんだよ」 「うーん……秋山さんがやられた事実を伝えるしかないわね。準決勝の試合と担架で運ばれる写真しかないけど」 「いや、写真無しで善戦したところを記事にした方が……」 「事実を伝えるのがジャーナリストの使命よ。あるがままを伝えるわ」 「ジャーナリストの使命ね」  姉の言葉に、謙信は呆れるしかなかった。自分の応援に夢中で全然取材をしていなかったじゃないかと。  しかし、謙信はそれもそれで姉らしいと思った。特に〝あるがまま〟という言葉が実に姉らしい。 ・ ・ ・  美しい夕陽の光がコスモアリーナを包む中、黄色いジャージを着た男性と和装姿の女性が横並びに歩いている。  大会を終えたばかりの魁道と詠である。夫である魁道は面目なさそうな顔だ。 「詠すまない」 「何がですか?」 「何ってお前……」  詠はツンとしたままだ。 「やっぱり怒っているよな、勝手に空手の大会に出たから」  魁道がそう述べると、詠は立ち止まった。 「それもありますが、怒っている理由は別にあります」  理由は別にあると言う。魁道が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。 「ど、どういうこと?」  てっきり見世物的な格闘技の大会を嫌う詠が、空手の大会に出場したことを怒っていると思っていたからだ。 「私のことはどうでもいいのでしょ?」  一言述べると、詠は小走りに歩いていく。それを見た魁道は慌てた様子で追いかけた。 「ま、待て、何をそんなに怒っているんだ」 「あなたは、いつもルミとばかりいて」 「いやワシはだな。同じ古武道家のゲオルグが、何故空手の大会に出場したのか気になったので……」 「」  詠は眉をつり上げている。夫は嘘を言っていると。 「本当は、ルミに父親として良いところを見せたかったんでしょ?」 「い、いや……それは……」 「残された時間は少ないんですよ。……もう少し私といる時間を増やして下さいな」  詠は夫である魁道と過ごす時間を大切にしたかった。  あることを娘のルミには秘密にしている。この事実を知るのは詠のみ。  夫婦内での秘密事があるのだ。  それはつまり……。 「もう知りません!」  プイと拗ねたような顔であるが、彼女の眼は少し潤んでいるように見えた。  詠は魁道を置いて、つかつかと歩いて行く。先に行く妻を魁道は呆然と見るしかなかった。  妻は自分が娘と一緒に出かけてばかりいることに、嫉妬していたのにようやく気づいた。  そんな中、詠の後ろ姿を眺める魁道に一人の男が近寄ってきた。  「試合は終わったようですな」  不動流宗家の鬼塚英緑、ゲオルグ・オットーの師である。 「今頃来たのか」 「偶々テレビで放映されているのを見まして」 「後の祭りだ。もう会場にはいないぞ」  試合は既に終了している。英緑は少し気まずそうな顔をしていた。  魁道はそんな英緑にこう伝えた。 「ゲオルグなら近くの病院だと思うぜ」 「そうですか……」 「破門か?」 「それもやむなし」  英緑は感慨深い顔をしている。  息子に次いでゲオルグとは、道場で共に過ごす時間が長かった。鬼塚にとって、ゲオルグは息子のような存在でもあった。  だが、ゲオルグは変わった。『もう会うことはないのではないか』と感じていた。  そんな英緑を見て魁道は尋ねた。一つ気になることがあるのだ。 「なァ鬼塚。今日、偶然なんだが亜紅莉ちゃんのことを……」  しかし、魁道は続きを言わず押し黙った。関係者である柚木から事の顛末は聞かされている。  これ以上部外者の自分が、彼らの領域に入ってはいけない。詮索は無用である。 「いや、もう言うまい」 「そうして頂ければありがたい」  英緑は深々と頭を垂れていた。  ゲオルグが空手の大会に出場したのかも何となくわかった。  彼は言った『強くならねば』と。それが全ての答えであろう。 「もう少し話をしたかったんだが、妻を一人に出来んでな。じゃあこれで」 「ええ……また何れ」 「……会えるといいんだがな」 「それはどういう?」 「気にするな。あばよ!」  魁道は軽く会釈して妻を追っていった。 「待て!ちょっと待たんか!」 「……」  夫の呼びかけにも、詠は無視して早歩きで前を行く。 「ええーい!待てと言われたのならば待て!!」  詠に追いついた魁道は、腕を掴んでグイと引き寄せた。  「悪かった!もっとお前との時間を大切にするから!」  詠の眼を見つめる魁道。詠は少し頬を赤くしていた。 「な、何をするんですか」 「今からデートだ!喫茶店へいくぞ!」 「突拍子もない。それに喫茶店でデートなんていつの時代ですか」  魁道を振りほどき、詠は前を歩いていった。  だが、彼女は数歩前を進みピタリと止まる。艶やかに振り向きながら言った。 「最初のデートも喫茶店でやりましたね」 「お、覚えていたのか?」 「当たり前ですよ」 「そうか……」  魁道と詠は仲良く腕を組んで歩いている。  夕陽が射す中、二人は付き合い始めた当初を思い出していた。 ・ ・ ・ (あの魁道というオヤジめ!)  一人の青年が病院から出てきた。胴体にはコルセットが巻かれていた。  準決勝で魁道と対戦した秋山である。  試合で胸骨と肋骨が骨折したので、病院で1ヶ月間入院していた。  大学の卒論を完成させなければならないので早期退院した。まだ呼吸する度にズキズキと痛みがする。 (まだ痛みやがる)  秋山は卒業後、ブジテレビの入社が内定している。卒論を仕上げないと就職できない。  しかし、この状態では卒論作成に集中して取り組めるかどうか不安だ。  いざとなったら両親に頼んで金を工面してもらい、ゼミの教授に渡すしかない。秋山はそう考えていた。 「秋山亮だな」  そんな秋山の前に西洋人が立ち塞がった。 「あ、あんたは確か」  その西洋人とはゲオルグである。 「お、俺に何の用だ?」 「鬼塚亜紅莉という名を言えばわかるか?」 「ッ?!」 「知っている顔だな」  ゲオルグは秋山の胸ぐらを掴み、地面へと押し倒して馬乗りになった。 「ひ、ひィ……!」 「柚木綾那から全て聞かせてもらった」 「あ、あいつ……俺を裏切ったな」  秋山は吐き捨てるように言った。ゲオルグは、そんな秋山を侮蔑的な表情で見ていた。  そして、ズイと秋山の首へと手を伸ばした。 「お前が襲ったのか」 「うげェ?!」  そのまま首を力強く締め上げる。秋山の脳裏に、死の一文字が浮かんだ。  ヤツは本気だ。秋山は自らの罪を言い逃れるように白状した。 「ま、待って……俺は頼まれたんだよ」 「誰にだ?」 「道場の先輩だ……綾那の後輩に可愛い子がいるって言ったら『会ってみたい』と頼まれて……俺は綾那を通じて出会いの機会を作っただけなんだ!本当だ信じてくれ!!」  秋山は恐怖のあまり眼に涙が浮かんでいる。その姿は命乞いをするものの必死の訴えであった。  だがゲオルグは、無情にも更に首を絞め上げた。 「ぐぎ……!」 「そいつの名前を言え」 「か、葛城暁かつらぎさとる……」 (サトル!?)  聞き覚えのある名前だった。あの時、意識を失いかける前に確かに聞こえた。  そして、葛城という苗字。  もしかすると星王会館に関係するのかもしれない。 「葛城という苗字……あの男と関係するのか?」 「暁さんは館長の息子だ」  やはりそうだった。そう思うと相手は一筋縄ではいかなそうだ。 「そいつは今どこにいる」 「アメリカ……」 「曖昧だな」  秋山の首を握るゲオルグの手に少し力が入った。 「そ、それ以外のことは俺は知らないんだ。アメリカで何をしてるのかもわからない。それよりもう放してくれ……んだ」 「……ッ!!」  俺は関係ない、ゲオルグは秋山の無責任な言葉に怒りを覚えた。  感情に任せて、拳で鉄槌を作り秋山の顔面に叩き込んだ。 「ひぎゃ?!」  秋山は潰れるような悲鳴を上げ、そのまま再入院したのは言うまでもなかった。 「……」  ゲオルグは無言で立ち上がり、ポケットから名刺を取り出す。  そこには『ライジングプロレス代表 威場正栄』と書かれていた。 「強くならねば」  そう静かに呟くのであった。

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