「アルーガだっけか。お前やるじゃねぇか」 中堅戦に勝利したアルーガを伊藤が出迎えた。 彼はメットを外し汗を拭う。開口一番にこう呟いた。 「あんたは大丈夫なのか、初めてなんだろう?」 目も合わせず淡々とプロテクターを外す。順番的に次は伊藤の出番だ。 彼はORGOGLIOは初参戦。またBU-ROADバトルも初めてだ。 「何とかなるだろ」 伊藤は意に介さずポケットからスマホを取り出し画面を見ている。 ルミは気になったのか後ろから覗き込んだ。 「何見てんだよおっさん」 「お、おい勝手に覗き込むな!」 れな:『愛しいパパ!がんばってねー!チュッ』 液晶画面のメッセンジャーアプリにはそう表記されている。 アイコンは小学生らしき女の子だった。 ルミは侮蔑するような目で伊藤を見る。何が愛しいパパだよと思ったのだ。 「……」 「な、何だよその目は」 「パパ……つまりパパ活する幼女。この女の子はおっさんの……」 「娘だよ!!」 ルミの想像より遥か斜め上の解釈に対し突っ込みを入れる。 「娘がいるのか」 アルーガが伊藤に娘がいることに反応した。 「えっ?!」 ルミはアルーガに駆け寄る。真剣な表情だ。 だが何か勘違いしたような顔でもあった。 「アルちゃんにそんな趣味が……」 「アルちゃんはやめろ。気に食わん」 ルミは構わずに続けた。 「顔は確かにイケメンだ。でも年齢からいくと犯罪だぞ」 「……アホ」 「なっ?!」 ルミのアルーガに対するロリコン疑惑を無視して伊藤に近付く。 アホという言葉を残して……。 「家族がいるのか」 「そうだが何か問題でも?」 伊藤は、妻の礼華と娘の麗奈の三人家族だ。 普段は毘沙門館の事務員として勤務。夕方や夜は道場での稽古や指導員を務める。 今回二人を家に残し強化合宿へと参加。家族もそうだが犬のタロウも心配だ。 だが、星王会館の葛城信玄には何としてでも一泡吹かせたい。 そんな気持ちで今回の団体戦に参加したのだ。 「いやスマン……家族がいるのなら大事にしろよ」 「あ、ああ……」 アルーガはそういうと引き上げベンチに座った。 その姿を見ながらも伊藤は試合の準備をする。 「何にせよBU-ROADバトル初体験だ」 一方のルミはベンチに座るアルーガに絡み始めた。 アホとハッキリ言われたからだ。 「アホってなんだよアホって!」 「……」 「おいコミュ障聞いてるのか!」 アルーガはスポーツドリンクを飲んで無視していた。 彼はスマホを操作し、何やらメッセージらしきものを打ち込んでいる。 伊藤はそんな彼らの姿を見ながらメットとプロテクターを装着し準備は万全だ。 「さて……本格的な試合は久しぶりだな。試合勘が鈍ってなきゃいいが」 ・ ・ ・ ○ 練習試合:毘沙門館選抜VS甲斐軍団・副将戦 “円の組手の伝承者” 伊藤二郎 スタイル:毘沙門館空手 バランス型BU-ROAD:ノーマルオレンジ スポンサー企業:ASUMA VS “セーフティーソウル” 金城叶夢 スタイル:防具空手 バランス型BU-ROAD:ノーマルイエロー スポンサー企業:ASUMA 伊藤はノーマルオレンジに搭載。拳を握ったり蹴ったりしながら動きを確認している。 自分の動きにトレースしながらメカが起動するため、伊藤は子供のように喜んでいた。 「すげえな。テレビで見たことあるけど自分が実際にやるとは」 「おい……遊んでないで試合だぞ」 ノーマルイエローに搭載するのは金城叶夢32歳。 防具空手『琉球空手天心舘』の元全日本チャンピオンである。 その他、柔道も黒帯で組み技も使いこなせるオールラウンダー。 現在はASUMAのスパーリングパートナーとして勤務。 選手の攻撃を受ける防御技術が卓越。ミット受けも上手く選手からは好評である。 「つーかお前だけ防具付けてるじゃねーか」 「いつもこれで練習試合をするんだよ」 金城のノーマルイエローは頭部にスーパーセーフ。 手足や胴体部にプロテクターを装着していた。ガチガチの防御態勢だ。 ASUMAが開発したBU-ROADバトル用のプロテクターである。 特殊吸収素材を使用し軽量。ゲオルグが操る崩山の攻撃を3,4発耐えられるほどの強度を誇る。 「防具とかありかよ」 ――ブー! 試合開始だ。ノーマルオレンジは開手で構える。 急所が点在するセンターラインを守る高橋空手の基本構えだ。 試合を見守る夏樹と山村。 「お弟子さんはBU-ROADバトルは初めてですが如何でしょうか」 「見ていればわかる。こういう闘いこそ円の組手……高橋空手の真骨頂を見せるだろう」 ノーマルイエローは逆に正対する。 両手を耳にまで大きく上げるライトアップ。胴体はガラ空きであった。 「フフフ……ASUMA製のプロテクターでの絶対防御だ」 「隙だらけだけどいいのか?」 「遠慮はいらぬ……存分に叩き尽くし給え!!」 「死亡フラグ満載なセリフだな。じゃあ遠慮なく……」 伊藤は遠慮なしに胴体部や脚部に突きや下段蹴りのコンビネーションを入れる。 攻撃はプロテクターに吸収されダメージを受けない。 「円の組手とやらは効かせる打撃が少ないね。全然ダメージを受けないね!」 効かせる打撃。 その言葉を受け友人だった角中のことを思い出した。 試合で負けたことを思い出す。苦い思い出だった。 「人の心の傷に触れやがって」 「むっ?!」 ノーマルオレンジは密着する。 投げ技か……否出来ることは出来るがそんな器用なことはしない。 ノーマルイエローが被るスーパーセーフを掴んだのだ。 「何をするのかね。頭突きか?膝蹴りか?」 金城は余裕綽々だ。 例え頭突きしようが飛び膝蹴りをされようが、攻撃は全て防具が吸収してくれる。 「こうするんだよ」 そう述べると伊藤はスーパーセーフをグイと回転させる。 視界は遮られ何も見えない。 「き、貴様!卑怯だぞ?!」 「卑怯もラッキョウもあるか。ORGOGLIOのルール上問題ないんだろ?」 ノーマルイエローは背後に周り、足刀を膝裏に押し込むように蹴った。 膝は折れ曲がり体勢が前のめり崩れる。そこに伊藤は間髪入れず肘打ちを後頭部に叩き込んだ。 ――ガコッ!! 防具を装着しているものの肘打ちでの一撃は強烈だ。 スーパーセーフからの衝撃が機体頭部へと伝わり放電する。 ≪ヘッド機体損傷率100%≫ ≪金城叶夢……KO!!≫ ○ 練習試合:毘沙門館選抜VS甲斐軍団・副将戦 “円の組手の伝承者” 伊藤二郎 スタイル:毘沙門館空手 バランス型BU-ROAD:ノーマルオレンジ スポンサー企業:ASUMA VS “セーフティーソウル” 金城叶夢 スタイル:防具空手 バランス型BU-ROAD:ノーマルイエロー スポンサー企業:ASUMA 勝者:『伊藤二郎』 「フフッ……」 夏樹は静かに笑っていた。 初のBU-ROADバトルであるが、ここまで高橋空手の真髄を見せてくれるとは思わなかったからだ。 山村は伊藤の試合向きじゃない闘いを見て、高橋空手とBU-ROADバトルの相性の良さを感じとった。 「防具を逆に利用した戦術、後頭部への肘打ち……喧嘩空手ですねこれは」 「次で練習試合も最後か。いよいよ謙信……館長はどこまでやってくれるか」 夏樹は腕組みしながら謙信の登場を待っていた。 ・ ・ ・ 副将戦が終了。 次は大将戦だが、謙信は蒼とサポーターを付けて軽い組手を演じていた。 伊藤の試合前、広い廊下に出てウォーミングアップをしていたのだ。 「館長、足元がガラ空きです」 蒼に軽いローキックを入れられる。 「おわっ?!」 軽く浴びせられたのだが、謙信は異常に痛がる。 Wakakoに伸ばされたストレッチの影響だろう。無理なストレッチはケガの原因だ。 「やっぱり足の調子が悪いな。あの姉ちゃん可愛い顔して無茶するよ」 「Wakakoさんに後で言っておきます」 「――やるだけやるか」 謙信は黙々とメットとプロテクターを装着する。彼もBU-ROADバトルは初めてだ。 「緊張するな」 「何を言ってるんですか。ここまで来てそれはないでしょう」 緊張する謙信に蒼は笑顔で答えた。 「毘沙門先生が言ってましたよ。才能はないけどアイツは努力家で運があるってね」 「それって褒めてるの?」 毘沙門館総裁・岡本謙信いざ初出陣である。
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