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 構えを変えた朧童子……。  蒼は装着するメットのモニターより北辰珠郎を見据える。 ――ザッ……  前進する。 ――ザッ……  精妙な運足も、軽快なステップもない歩み。 ――ザッ……  着実に詰める間合いの取り方だ。 (バカめ……破れかぶれになったか)  北辰珠郎は当初より構えは変えない。  オーソドックスな外連味のない組手構え。  牛のように前進する朧童子を見て静かに嗤っていた。 (顔面は捉えた。BU-ROADに乗っているから表情は見えないが……確かに効いている!)  事実、確かに効いていた。  機体頭部損傷率は49%ながら、メットから通される頭部への確かなダメージは、蒼の意識を消し飛ばしかけていた。  だが……動きは止まるハズもなく……。 ――ザッ……  一歩。 ――ザッ……  また一歩と攻寄る。  頭部という確かな急所を、両手を門のようにして上げて守る『朱雀門の構え』。  古武道ながら現代格闘的なその構えである。  理屈としては、入り身して投げ技へ繋げるための体構えである。  名前の由来である朱雀門とは、平安・平城京といった条坊都市の大内裏(皇居区域)の南側に位置する正門の名称である。  しかし、大内裏の衰退に伴い荒廃し、門内に鬼や盗賊が住むようになったといわれている。  その他、朱雀門にちなんだ話で『長谷雄草紙』という絵巻物がある。  ある日、長谷雄という双六の名手の元に鬼に化けた人間が現れ賭け勝負をした。  長谷雄が勝てば全財産を、鬼に化けた人間が勝てば絶世の美女を賭けるとして勝負。  結果勝負は長谷雄が勝ち、正体を現した美女を得たのであるが『百日間、女に触れてはならぬ』と言い残した。  長谷雄は女と生活し、最初こそ約束を守ったが、八十日を過ぎた頃には我慢出来なくなり女を抱いた。  だが約束を破ったために、女の体は水と化して流れ去ってしまった。  その3ヶ月後、長谷雄のもとに鬼が現れ、長谷雄の不誠実を責めて襲い掛かったという。  これに御伽草子にちなんだかどうかは分からない。  そして現在、構えという門の中には確かにいた。  間宮蒼……否、鬼塚蒼という鬼が住んでいたのだ。 ――トッ!  蒼は間合いを一気に詰めた。接近戦に持ち込むようだ。 (焦ったか!!)  顔面をガードするも胴体はガラ空きだ。  昴、つまり北辰珠郎は槍の如き前蹴りで腹部を狙う。 ――フッ!  確実に仕留める前蹴りである。  極真会館に安田英治という伝説的な空手家がいた。  予め『前蹴り』を宣告し、防げないほどの威力とスピードがあったと言われる。  安田氏と対戦した、某高名な拳法家もその前蹴りで打たれ腸断裂の重傷を負ったという。  昴の前蹴りは、その前蹴りを彷彿させるかのような蹴りである。  素早く威力のある、腰が入った蹴り。  女性と言えどもBU-ROADという鉄の機械を使用しているのだ。  その威力はもはや兵器といっても過言でもない。 ――ブン……! (えっ……!?)  空ぶった。  確かに捉えたはずである。打ったはずである。 「昴さん!後ろです!!」  最愛の人の声だ。  角中は後ろ……確かに後ろと言ってくれた。  では、前の朧童子は何なのか。 (立体映像ホログラム……!)  正体は朧童子に搭載される立体映像ホログラムだった。  試合前、対抗策は既にあるが昴は感情的になったあまり忘れていた。  心理戦に持ち込んだつもりだったが、蒼と打ち合う内に自分が冷静ではなくなっていたのだ。 「クソ……!後ろか!!」  後ろを振り向くも朧童子の姿はいない。 「ど、どこに!?」  昴は焦った。言葉通り後ろを向いたが誰もいないのだ。  そう思った時。足が地面から離れたことに築いた。 「ま、まさか……」  朧童子は北辰珠郎を釣り上げていた。  それは長谷雄草紙のおける、長谷雄が女を抱いた光景に見えなくもない。  物語的には、抱かれた女は水と化し消えた。  つまり……。 「不動流……棺返ひつぎがえし!!」 ――ガギィ!!≪ヘッド機体損傷率63%≫  相撲で言う櫓投げに似た技により、北辰珠郎は顔面を床に強かに打ちつけらた。  投げ臥せた後は追撃の体勢に移る。  速やかに朧童子は立ち上がり……。 「シィイ――ッ!!」  怒髪冠を衝く宮毘羅くびらが如く、人間に祟りをなす邪鬼……北辰珠郎を踏みつけた。 「ッ!!」  僅かながら意識が残された昴。  北辰珠郎の頭部には、プロテクトマスクを取り付けられてる。  これは飾りではない。装飾ではない。  データ上、朧童子はどのような技であれ『頭部を狙う』パーセンテージが高い。  その分析から特別にあしらえた防具の一種である。  衝撃を和らげ、何とか決定的なダメージが免れていた。  従って……。 ――フッ!!  北辰珠郎はエビの如く跳躍しながら、踏みつけを躱した。  即座に躱し、更には後方回転を繰り返しながら間合いを取る。 『五輪体操選手並みの身体能力だ――ッ!!』  実況の声と共に観客は拍手を送るも、二人の間には黒い火花が飛び散っていた。  二人の間には既に観客という存在はなかった。 「ハァハァ……」  息を乱す昴。肉体的、精神的に追い詰められていた。  暫くして、機体のプロテクトマスクが取れたことに気づく。  寸前で避けたものの、その弾みで外れたのだ。  よく見ると、外れたプロテクトマスクは強かに朧童子に踏み砕かれていた。 「昂さん……落ち着きなさい」  モニター画面に最愛の人が映る。角中だ。 「あなたらしくもない。冷静になりなさい」 「はい……」 「使うのです。黄金鱗粉ゴールドダストを!」  冷静さを失っていた昴は師の言葉……愛する人の言葉でようやく夜叉から人へと戻ろうとしていた。  青鬼を……魔龍を討つ砕くために開発した新機能を使うしかない。 (わかりました……翼さん……)  両掌を朧童子に掲げると、何やら粉末状の物質が放出される。  それはさながら蝶の鱗粉のような粉である。  星屑のようなキラキラと黄金色に輝いており、見るものの心を捉える。 『な、何といったらよいでしょうか……非常に幻想的な光景です!まさにイリュージョンッ!!』  放出された粉はやがて朧童子を包み込んだ。  その姿は女方を演じる、男の歌舞伎役者のような不思議な妖美で美しさを演出させていた。 (何だこれは……?!)  一方の蒼は心に鬼と龍が宿ったまま、朱雀門の構えを取りながら対峙していた。 ――スッ!!  不思議に思いながら蒼は間合いを詰める。  しっかりと頭部を守りながら、両肘を折りたたむ。 「不動流……黒鵬こくほう!!」  狙いはカチ上げ、頭部への肘打ちだ。  頭部という確かな急所を狙うのだ。頭を潰せば機能は停止する。 ――多重立体映像ホログラム装置起動ッ!! 『なんだこれはーッ!影分身の術か!?』  切り札であった、多重の立体映像ホログラム装置を一気に作動させる。  幾重もの朧童子が現れ、相手を幻惑する。 ――ブンッ!!  例えガードされたとしても、体勢を崩せれば問題はない。  崩れたところを投げ技、あるいは極め技へと移行する。  ……ハズであった。 (動かない?!)  朧童子の動きは突然停止する。  ギシギシと機械音、モーターやギアの不協和音が鳴り響く。  蒼は動こうとするが動けなかったのだ……。

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