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 ここは東京都台東区浅草。  東京の下町として栄え、国内外から観光客が訪れる観光スポットとなっている。  そして、浅草寺の山門である雷門の前を通る浅草雷門通りには、数多くの飲食店が立ち並んでいた。  その通りにある一軒の蕎麦屋で、若い女性と年配の男性が蕎麦を食していた。 「仇を取って頂き感謝する」  年配の男性は古武道不動流の道場主、鬼塚英緑ひでろく。戦国時代から続く不動流の宗家である。  不動流の起源として、高野山の僧侶の間で護身術として発展してきた。  古流では珍しく鬼砕きと呼ばれる当身を重視した技法に特徴を持つ。  齢40後半となるが堂々たる体躯、指は太く拳も大きい。よく鍛練された体である。 「あんたの弟子が弱すぎるんだ」  辛辣な言葉を送る〝キリリとした女性″はズルズルと天ぷら蕎麦を食する。  彼女は藤宮ルミ。齢20歳となるが年上に対し不遜な態度である。  こちらも同じく戦国時代から続く古武道藤宮流の宗家である。  藤宮流の起源として、本願寺顕如につかえる一向宗門徒達が織田信長、豊臣秀吉からの侵攻による合戦の中で誕生したものと言われる。 「数百年不動流とは交流、ライバル関係を築いてきたが嘆かわしいことだ」 「面目ない……師範レベルでも型しか出来ぬものでな」  英緑も天ぷら蕎麦をズルズルと食する。  ルミは英緑の弱音を聞きながら、古武道の現状を嘆く。 「型しか……ね。古武道の強さは創作物の中だけだね」  ズルリと蕎麦を平らげ。エビの天ぷらにかぶりつく。 「大昔の創作家ひとは強くないものを強くするために、ファンタジーへ閉じ込めちまったからね」  ルミはエビの天ぷらを尻尾の先まで食べ尽くした。対する英緑は少し悲しそうにこう言う。 「伝統と格式を売りにしないと、流派を存続させることは出来ませんからな。柔道や空手、更には総合やキックといった道場運営をするライバルは多い」  英緑も蕎麦を静かに食しながらこう続けた。古武道が置く状況は昔以上に厳しいようだ。 「それに国際的グローバルになると、中国拳法やサンボといった海外の武術も入ってくる。護身術だけ求めるならば、合気道や少林寺がありますでな」  彼女はそれを聞くと蕎麦つゆをゴクゴクと飲み干す。  ルミ好みの関西風の薄味な蕎麦つゆだ。  英緑のその言葉に納得するも少し悲しげであった。 「……本当にね。あたしの藤宮流も父親が死んでから弟子どもが他流派に流れたよ。道場もたたんじまった。色々あたしなりに頑張ったけど弟子は集まらなかったよ」  ルミの言葉を聞いて英緑が少し笑いながら答える。 「との文言で道場運営をされておりましたな。ルミ殿の稽古は‟いささか厳しい”」 「馴れ合いは辞めてガチンコの乱捕りをしただけさ」  そう返し、蕎麦つゆを飲み干し器をテーブルに置いた。  彼女は英緑を凝視しながらこう切り出した。 「お宅のところも、古武道の格闘性を証明する〝龍虎〟が二人いたじゃないか」  〝龍虎〟とは一体どういうことなのか。英緑は静かにそのことを聞いていた。あまり触れて欲しくない話題だったらしい。天ぷら蕎麦を全て食し終えた後にこう答えた。 「ゲオルグとそう……いや間宮まみやか」  どうやら、不動流の〝龍虎〟と呼ばれた二人はゲオルグと間宮という人物のことらしい。  しかし、ルミの言葉から『いた』との過去形が使われている。  ということは一門にその二人の名前はないということになる。英緑はそのことについて説明する。 「ゲオルグは破門。間宮は空手に流れた」 「あんたが“いささか厳しい”からじゃないのかい?」  ルミは英緑に言われた言葉を皮肉を交えて返した。二人の付き合いはルミが幼少の頃からである。と言っても、ルミが出会ったときには英緑は当時師範であったのだが。 「伝統と格式とやらに拘り過ぎだ。だから弟子のほとんどが、型のみの口武道家に成り下がったんだ」 「“いささか厳しい”お答えですな。」  ルミの批判にそう静かに英緑は返す。弁明ではないが、二人の龍虎が不動流に所属していないことを改めて説明する。 「間宮は型稽古に反発し空手へ。ゲオルグは格闘技の大会に出たので破門した。ルミ殿も知っておろう」 「勿体ないね」 「それも致し方なし」  英緑は無念そうに答えた。彼の言い分をある意味では理解している。確かに型稽古は重要である。  型は先人達が実戦の中で編み出し、誰もが苦労せずして技が習得出来るようにシステム化したものだ。  しかし、後続が苦労の上にあぐらをかいてしまった。  伝統を守るあまり神秘主義に逃げる者、型だけ習得し実力がついたと勘違いするものが出てきたのだ。  そういった口武道家に比べれば、二人の龍虎は古武道の実用性を求めていた。  だがそれではいけない。  現代という、リアルな実戦に合わせると形を変えざるを得ないからだ。  それでは先人が築き上げた伝統を破壊しかねない。  昔からある形のまま残すことにも意味はあるのだ。 「そういえば昔、父が『保守性がないと、技の伝統ってモノを守ることは難しい』って言ってたね」  ルミは湯呑ゆのみに注がれた茶を一気に飲み干し尋ねた。 「アンタは大阪からこうして来たわけだけど。まさか、観光目的に来たわけじゃないだろう?」 「左様。実はあなたに会いたい人物がいましてな」 「あたしに?」  その言葉を合図にしてか、蕎麦屋に一人の男性が店内に入ってきた。 「邪魔するよ。この間はありがとうな藤宮ルミさん」  その男はスーツは着ているものの奇抜な様相である。髪型は中央に向かいトサカのように尖らせた個性的なヘアスタイル。更には眉なし……一瞬見ただけでは堅気に見えなかった。  彼こそが電子機器メーカー『シウソニック』3代目社長・紫雲蓮也である。そう言えばどこかで見たような顔だった。彼女の第一声の方はというと。 「邪魔すんなら帰んな」 「あいよ」  蓮也は踵を返し店内から出ようとする。 「……っておい!」  ノリ突っ込みである。ルミは男の姿を見て怪しむ。  個性的過ぎるそのファッションは、どこかで会った気がするが全く思い出せない。  だいたい、男の見た目の第一印象がまず最悪だ。  売れない芸人かアスパラガスのような見た目だった。  そして、ついつい彼女の悪癖が出る。思ったことをそのまま言うことだ。 「アスパラじゃん!」 「ア、アスパラ?!」  暴言を吐いてしまつた。失礼な対応、社会人としてはアウトである。  蓮也としても最悪な印象を持ってしまった。  あの焼き肉店「牛華族」で見たルミは、古風な大和撫子という感じだった。  もう少し礼儀作法をわきまえた女性だと想像していた。 「鬼塚さんよ、誰だこのおっさんは」 「ハハッ……この方はシウソニックの紫雲蓮也さんだよ」 「シウソニック……」  ルミは驚いた。  シウソニックといえば幼少の頃、その製品は街の家電量販店でよく目にしたからだ。 「だからあたしはこんなおっさんと見合いなんて……」 「あの……人の話聞こうね」  蓮也はルミの態度と返答にちょっぴり呆れている。  英緑は一連の光景をやり取りを見て、少し冷や汗をかきながらも声をかける。 「ルミ殿。実はですな……」 「おっと待った。後は俺が話す」  そう蓮也は英緑を制止し、ずいとルミの顔に近づく。 「な、なんだよ……」 「シウソニック我が社は“ORGOGLIO”に参入する。そこで君の実力を買って……」  ルミは思った。何やらこのトンガリ頭のアスパラは何やらワケの分からないことを言い始めたぞと。  そもそも、あたしは横文字は苦手だ。つーか嫌いだ。  このアスパラの話は横文字が多くて長い。  途中に社運をかけてだの、契約だのなんだの聞こえてきたがどうでもいいから帰らせてくれと。 「……ということだ。我が社と契約してもらいたい」 「わかった!」  蓮也の長話が終わり、ルミは何かに気が付いたようだった。 「そうか。これで君と我が社は……」 「鬼塚さんよ」  ルミはポンと英緑の方に手を置く。 「あんたが、ネットワークビジネスに手を出していたなんて知らなかったよ」 「えっ……?!」  ルミの斜め上の回答に皆驚いた様子だった。  蓮也は驚きを隠せない表情である。この娘は人の話を聞いていたのかと。 「俺の話ちゃんと聞いてた?」 「あたしはそういうものに興味はない。同じ宗家として見損なった」  ルミはそう言って立ち上がった。このまま帰る気満々のようだ。 「いや……待たれよ」 「とめるな。マルチ商法に手を出すのは勝手だが、あたしを巻き込むな」  そう言ってルミは英緑を睨みつける。何か大きな勘違いをしている様子だ。  謎の勘違いをしているルミに対して、なんとかシウソニックとの契約を結びたい蓮也は強くにこう言った。 「いーや!ここでとめさせてもらうね!」 「はっ?アスパラ如きがあたしを……」  その時だ、彼女は強烈な眠気に襲われた。どうやら何か薬を盛られたらしい。  武道家として不覚であった。  そういえば、ここは関東の蕎麦屋。  味が好みの関西風の薄味な蕎麦つゆだったのも、おかしな話だった。  こいつら全員がグルなのかもしれない。  全ては仕組まれていたのか。このまま自分をどうするのだろうか。  しかし気付いた時にはもう遅い。ルミの意識はそこでブラックアウトした。 「鬼塚さんご協力感謝します」 「いえいえ……」 「店員の方もありがとうございました」  蓮也は蕎麦屋の店員にも頭を下げる。その姿を見て店員達は軽く会釈する。  ルミの読み通り全員が仲間だったようだ。 「〝人の話を聞かない〟という芥生君の情報は本当だったようだな」 「どうやって彼女を説得するのですか?」  英緑は蓮也に率直な疑問をぶつける。  例えこのような形にしたとしても、説得に応じるかは本人の気持ち次第である。  最悪契約できないままとなる可能性の方が大きい。 「説得も何も、いきなりデビュー戦ですよ」

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