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 ルミは柚木との再会を果たした。  二人は静かな夜の道を歩く、お互いに顔を見合わせず淡々と――。  そう……柚木は昔の面影が消えていた、別人といってもよい。  顔が少々やつれ苦労性の顔を覗かしていたのだ。  気まずい空気に耐えかね、ルミは柚木の近況を尋ねることにした。 「柚木先輩は何をしているんだい。確か大学に進学したよね」  柚木は高校卒業後、東京の名門私大へ進学した話を聞いたからだ。  順調にいけば今年で卒業する。その進路が何となく気になったのだ。 「とっくに辞めちゃった」  そう呟くと自信なさげに下を見た。 「父さんがおかしなビジネスに手を出しちゃって――」 「それ以上はいいよ……」  大体の見当がついた。恐らく壮絶な人生を歩んだのだろう。  柚木は小さく呟いた。 「――少し前まで夜のお店で働いてた」  夜の店……やはりそうだった。  重い空気が流れる、ルミの視線は前を向いたままだ。  ルミはまだいかがわしい店で働いているか聞くことにした。  もしまだ働いていたのならば、出来るならば辞めさせたいと思ったのだ。 「まだそこで?」 「いえ……店長が捕まってね。もう辞めたよ」 「何か悪いことでもしたのかい」 「うん」  柚木はただうなづくのみ。  ルミは黙って聞いていた。数歩……数十歩進む。  久しぶりの再会であるが二人の足取りは重いままだった。 「ねえ柚木先輩」 「先輩はいいよ、綾那と呼んで」  柚木は無理に作った笑いを浮かべる。  それでも、その笑顔は数年前と同様に美しく見えた。 「綾那さんの家はこの近くかい」 「ほら、すぐそこのアパート」  柚木の指差す方向に古めかしいアパートがあった。 「そうか、いつかお邪魔するけどいいかい?」 「うん、いいよ」 「じゃあ、よかったら連絡先を交換だね」 「いいの?」 「パイセンだからね」  ルミはウインクをした。  それを見た柚木は少し目を潤ませながら笑う。 「ほんと……ルミちゃんって変わらないわね」  久々に懐かしい人に会い、今すぐにでも泣き出したかった。  柚木は少し目元を擦り、通信携帯機を取り出した。 「これ、私の番号とメッセンジャーアプリのIDだから」 「なるほど、登録っと……」  ルミは携帯機の画面に映る番号とIDを即座に自分の携帯機に登録した。  登録すると柚木の顔を見ながら笑顔となった。 「じゃあ、また今度ね」  そう述べるとルミは手を振り別れた。  一方の柚木は静かに頷いていた。 「うん……今度会おうね」  柚木はルミの後ろ姿をずっと見ていた。  どんどん姿が小さくなる。暫くすると完全に姿が消えた。  柚木は久々に心が少し暖かくなった。そんな思いで帰路につく。  アパートに着くと、パジャマ姿の中年女性が話しかけてきた。 「綾那ちゃんじゃないかい。こんな夜遅くまで仕事かい」 「ええ」 「あんたも大変だねぇ」  古いアパートであるが、近所の住人は彼女に優しかった。  辛い日々の生活でも人の優しさやぬくもりがあった。  ここまで精神がもったのは、ここの住人達のお陰だ。 「ところでさ、人が待ってるみたいだよ」  パジャマの中年女性の視線の先には男がいた。  背はスラリとして顔立ちもよい。柚木の部屋の前で仁王立ちしていたのだ。 「ひょっとしてコレかい?」  親指を立てている、女性は男が柚木の彼氏とでも思ったのだろうか。 「このボロ屋の壁は薄いからね。騒音を立てたらダメだからね」  女性はニヤリとして自分の部屋に戻っていった。  ただ柚木は顔を逸らしている、何か気まずい表情だ。 「藤宮ルミの高校時代の先輩だったなんてな」  男は柚木に近づいた。 「まあここじゃ何だ。部屋に入らせてもらうぜ」  男の言葉と共に柚木も何も言わず部屋に入る。部屋の中は質素としたものだ。  テレビ等の家電製品、テーブルとイスといった家具が置かれているのみだ。 「警察には言わなかったんだな」  男はそう言った。柚木は黙ったままだ。 「俺は言われても構わなかったんだがな」  男は静かに続ける。 「そりゃそうか、後ろめたさがあるもんな」 「やめて!!」  柚木は男にそう言った。目から涙が流れている。 「亜紅莉ちゃんに会わせて下さい」 「会って何をするんだ」 「……謝りたい」  柚木の表情はただただ沈んでいる。  だが男の顔は険しく冷たくこう言い放った。 「謝ればお前は許されるとでも?」  男は柚木の顎をクイと掴んだ。柚木はただ涙を流すだけだ。 「折角会えたんだ。亜紅莉が何をされたか教えてやるよ」  男は柚木をベッドに押し倒し、服をはぎとった。 「い、いや……!!」  男は黙ったままだ。だがそれ以上は何もしなかった。  涙を流す柚木の顔を見て止めたのだ。 「ちっ……」  男は立ち上がりテーブルを叩いた。 「ごめんなさい……ごめんなさい……」  柚木はベッドにうずくまり泣きながら謝るだけだ。  男は柚木を静かに見据えた。 「そういうことだ、亜紅莉に行ったことの責任は果たさせてもらう。――残りはアイツだけだ」  男は部屋から出て行こうとする。柚木は呼び止めた。 「――蒼さん」 「気安く呼ぶな」  男は間宮蒼……亜紅莉の兄である。蒼はドアノブに手をかけた。  そして、静かにこう柚木に伝えた。 「また来るぜ」 ・ ・ ・  蒼は喫茶ゴーシュに戻って来た。  帰ってくると亜紅莉が静かに椅子に座っている。 「亜紅莉、まだ起きていたのか」  蒼が呼びかけると亜紅莉は珍しくニコリと笑った。ただ声はない。  そう彼女は過去に男達から暴行を受けた。  亜紅莉の精神的なショックは大きく、それが原因で声を失ったのだ。 「こんな夜に亜紅莉を一人きりにするのは感心せんな」  男がいた。西洋人だ。 「……ゲオルグ」  流暢な日本語を使う西洋人はゲオルグ・オットーである。  亜紅莉は指を動かしながら兄に伝える。手話だ。 (兄やん、こんな時間に何してたん?) (ちょっと野暮用)  手話でコミュニケーションをとる間宮兄妹。  戸籍上は鬼塚であるが、今は母方の旧姓である『間宮』を名乗っている。  これには理由がある。父である鬼塚英緑は例の事件をひた隠しにしたかった。  格式高い不動流の宗家の娘が暴行を受けたという噂を広げたくなかったのだ。  それに反発した蒼は鬼塚の名を捨て上京。それはある男の誘いによってである。 「元気そうじゃねぇか」  店の端に男がもう一人いた。 「飛鳥馬さん」  ASUMAグループ会長、飛鳥馬不二男である。  彼は毘沙門の紹介で鬼塚……いや間宮兄妹の存在を知った。  特に毘沙門は亜紅莉の才能を高く買っていた。  切っ掛けは亜紅莉が描いた『虎の絵』だ。  あるコンクールに出展した作品であるが大賞には至らなかった。  しかし……。 「な、何という!今にもこちらに飛びかからんとする……」  その絵を偶々見たのは岡本毘沙門、伝説的な空手家であるが芸術家としても活躍していた。  たまたま審査員として参加した毘沙門は、この虎の絵を見た際に数十分間体が動かなかったという。  彼はこの絵を描いた人物をどうしても知りたかった。 「この絵を描いた人物は誰じゃッ!!」  旧友である不二男に頼み、絵を描いた人物を突き止めた。  鬼塚亜紅莉、まだ十代の少女だという。  しかし、あの事件で彼女の心が壊れかけていることを知った。 「このままではいかん!才能を潰してはならぬゥ!!」  毘沙門は不二男と共に英緑の元へ訪れて説得した。  どうしても彼女を息子である多聞のところで絵を学ばせたかった。  だが英緑は納得しない。 「俺が一緒ならええやろ」 「そ、蒼……」  蒼は言った。英緑は息子の表情を見て渋々納得した。  鬼気迫るものがあったからだ。  上京後、亜紅莉は多聞のところで絵を学びながら単位制の高校へ通い卒業した。  今でも絵を描き時々展示会に出している。  一方の蒼は何故か毘沙門の元で空手を学ぶことになった。  その後、流されるような形でASUMA専属の機闘士マシンバトラーとなる。  この際の理由として、毘沙門はこう言ったという。 「武術はマーシャルアーツ!武芸は爆発じゃあああァァァッ!!」  ……と。 「二人とも何でここに?」  蒼は二人の顔を見て言った。不二男は少し鋭い声で言った。 「イヤな、うちの悪戯好きな部下がお前さんと会ってるらしくてな」  悪戯好きな部下とは山村のことである。  蒼は上京してから、密かに犯人を捜していた。  まず亜紅莉の通信携帯機を履歴などを調べると、柚木とのやり取りのメッセージを見つけた。  関西にいたゲオルグに調べてもらうと、秋山亮や葛城暁の存在を知ることが出来た。  彼らのことを調べると、粕谷隼人、益田京介の二名が浮上したのだ。  そこで山村に頼み詳しく調べてもらうと、暁の悪友である二人は星王会館でも問題児として有名で裏家業をしていることもわかった。  ゲオルグの証言を重ね合わせると、ヤツらしか犯人はいないと思った。  ある日、道場で稽古すると『スターハンター』と名乗る怪人が星王会館の関係者を強襲する噂を耳にする。 「伊藤さん『スターハンター』って知ってますか?」 「噂で聞いたな。星王会館はクソだから恨み買うわな」 「本当に星王会館が嫌いですね……」  この噂を聞いた蒼は模倣することに決めた。  捜査を攪乱させるため、関係のない者達も何名か襲うことにした。  一つ失敗だったのは襲い方が違うことだった。本物は武器を使用していたのだ。 「もうやめときな」  不二男は蒼にあることを伝える。 「本物のスターハンターは捕まっちまったぜ」 「捕まった?」 「正体は秋山亮だ、皮肉なもんだな」  不二男は肩をポンと叩き店から出た。同じくゲオルグも無言でそれに付いていく。  店には蒼と亜紅莉しかいない。彼女はキョトンとしている。  蒼は不自然なほどの笑顔で手話でこう伝えた。 (もう遅いし寝ようか)

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