甲斐軍団はここまで全敗。 大将である甲斐はメンバー全員を集めていた。 「秒殺はマズか……」 大将の甲斐はそう述べた。 確かに自分達はスパーリングパートナーとして雇われた。 云わば試し割りとして用意されたメンバー。 でも試合内容が非常にマズイ。ここまで全員1分以内の瞬殺だ。 「秒殺でスマン」 「相手を嘗め過ぎた。あそこまでボコられるとぐうの音も出ない」 望月と阿部は気まずそうな顔だ。 「シクシク……練習試合とはいえ負けて悔しいよォん」 オスカルは蒼に舐めプで負けたことを悔しがっていた。 先程試合が終わり、後頭部をアイシングする金城は懇願するような表情だ。 「甲斐さん。秒殺はゴメンだぜ」 甲斐は両手を合わせて握り、グルグルと手首を回した。 大昔のブラジリアン総合格闘家のマネをしながら気合満々。 ついこの間まで現役の機闘士だったのだ。気力は満ち満ちている。 「せめて大将戦は勝っちょるばい!!」 ・ ・ ・ ○ 練習試合:毘沙門館選抜VS甲斐軍団・大将戦 “毘沙門館の若き総裁” 岡本謙信 スタイル:毘沙門館空手 バランス型BU-ROAD:ノーマルブラック スポンサー企業:ASUMA VS “福岡の暴れ熊” 甲斐貢 スタイル:體術泥舟會・福岡支部 バランス型BU-ROAD:ノーマルイエロー スポンサー企業:ASUMA ――ブー! いよいよ大将戦だ。 ルミと蒼は試合を見守る。 「伊藤とアルーガ君は?」 「興味ないとさ」 正直言って謙信の実力はメンバーの中で最下位だ。 大会の実績もそろほどない。 「大丈夫かなアイツ」 ルミは甲斐と対戦する謙信を心配する。 甲斐はBB級に昇格出来なかったとはいえ実力者だ。 それに蒼は笑って答えた。 「うちの館長を嘗めちゃいけないよ。持ってるからね」 「何を?」 「ツキさ」 開始早々ノーマルイエローが熊のように突進してきた。 「思いっきり殴って!思いっきり蹴とばすとね!!」 重い強烈な左フックが飛んでくる。 ――ブン! 「うおッ?!」 謙信が搭載するノーマルブラックはバックステップで躱す。 「スキありたい!!」 〝御嶽山キック!〟 重いローキックが謙信に襲う。 ――ドキャッ!≪左脚部機体損傷率35%≫ 「イッ……!!」 左大腿部に下段蹴りを入れられ謙信に痛みが伝わる。 「もういっちょたい!!」 〝どんたくフック!〟 今度は重い右フックが謙信に襲うも、これはしっかりとブロッキングする。 だが衝撃で体勢が崩れた。一方的な試合展開にルミは何とも言えない表情だ。 「館長ダメじゃん……」 試合は続く甲斐は右手を大きく引いた。 ここがチャンスと云わんばかりの彼の必殺体勢となった。 「ばってん!これがおいのキメ技たい!!」 〝キャノンストレート!!〟 左足を大きく踏み込み右ストレートを放つ。 体重が良く乗った当たればホームラン級の一撃だ。 (やべえ何とか反撃を……) カウンターの前蹴りを放とうとするも、Wakakoに伸ばされた筋肉の痛みがある。 (ぬゥ……足が上手く動かねェ!!) しかし、非情にもストレートパンチが顔面に近付いてきた。 (ええい!こうなったらヤケクソだ!!) 破れかぶれだ。相打ち覚悟で前蹴りを放つ。 腰が入っていない。当たったとしてもダメージを受けないであろう。 しかも低空の蹴りだ。ストレッチによる足の痛みの影響である。 ――だが。 ――ツル…… 「おわっと……?!」 咄嗟に出した蹴りだったためかスリップする。 ノーマルブラックは、後ろのめり体勢を崩した。 そのお陰かスウェイバックの要領で、キャノンストレートを躱すことが出来た。 ――ガキャ!! 「んが……!」 何か固形物に当たったような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。 謙信は転けそうな体を戻し構える。天地上下の構えだ。 「~~~ッ!!」 「あ、あれ……?!」 そこには、股間を押えうずくまるノーマルイエローの姿があった。 本人は気付いていないが、下手くそなカウンターの前蹴りが股間部に見事命中していたのだ。 男の急所を蹴られた甲斐は悶絶していた。 「カウンターの急所蹴りか。やるじゃないか」 ルミは謙信の試合ぶりを見て感心した。 パンチをギリギリで躱す見切り、カウンターでの金的蹴りと館長に相応しい技量であると思った。 「そ、そうだね……」 蒼は微妙な顔だ。 床面がスリップすることで起きた珍事である。 だが勝利は勝利だ。試合時間は38秒……これまた1分以内の秒殺劇となった。 ○ 練習試合:毘沙門館選抜VS甲斐軍団・大将戦 “毘沙門館の若き総裁” 岡本謙信 スタイル:毘沙門館空手 バランス型BU-ROAD:ノーマルブラック スポンサー企業:ASUMA VS “福岡の暴れ熊” 甲斐貢 スタイル:體術泥舟會・福岡支部 バランス型BU-ROAD:ノーマルイエロー スポンサー企業:ASUMA 勝者:『岡本謙信』 ・ ・ ・ 試合を終えた毘沙門館選抜メンバー。 ロッカールームに集められ山村と夏樹より言葉を受ける。 「皆さんお疲れ様です。練習試合とは言え全勝……いや幸先がいい」 「試合を拝見させてもらった。それぞれの格闘能力を考慮し試合順を決めていきたい」 「そんなことより疲れちまったよ。早く休ませてくれ」 ルミは首周りのセルフストレッチをしている。 強化合宿初日、ついて早々の練習試合で疲れていたのだ。 「皆様にはお部屋を用意しております。そちらでお休みになられて下さい」 そう述べ山村は一人づつルームキーを渡す。 「では、お部屋にご案内するのでついて来て下さい」 個室へと移るため部屋から出るメンバー。 ただ夏樹だけは一人ロッカールームに残っている。 「アンタは行かないのかい?」 ルミは夏樹にそう話しかけた。 「いや……先に行っておいてくれ」 「そうかい」 ロッカールームから出ようとするルミに夏樹は呼び止めた。 「藤宮君」 「ん?」 「君は女性なのに、何故過酷な闘いに身を投じる?」 「……」 唐突な質問であった。ルミは暫く考える。 『女性なのに』……よく言われた言葉だ。 「女性だから問題があるのかい?」 ルミは夏樹の目を見据えてる。 「あたしは覚悟を持って闘っている。人を傷つけるときは自分も傷つく覚悟を持って闘っている」 「覚悟……」 「そうさ、そこには男も女もない。アンタも武道家ならわかるだろ?」 夏樹は遥か昔、師で毘沙門に言われた言葉を思い出す。 「瞬間……瞬時の戦に生命の輝きがある。武芸とは爆発……生きるということは闘いなのじゃ!!」 女性ながらルミの瞳は活力で漲り輝いて見えた。 師である毘沙門と同じ眼をしていたのだ。 「では質問を変えよう。藤宮ルミは何故闘う?」 夏樹はそう問う。 「ちょっと違うが同じような質問を受けたね」 ルミの脳裏に片桐の顔が浮かんだ。 『武道とは何か』という質問をされたことがあるからだ 今回も難しい質問だった。最初は腕試しのつもりが大きかった。 だが、今は闘う理由が変わっていた。 「人のためさ」 「人……?」 「そこに理由はいるかい」 「……」 夏樹は黙ってしまった。 今まで自分は〝強くなりたい〟そういう思いで空手をしてきた。 高橋空手は護身を謳っているが、心のどこかで『ケンカで負けたくない』という気持ちで練り上げたシステムだ。 『人のため』……長年武道に携わってきたが自分に一番欠けていたものかもしれない。 「君は若いのに偉いな」 「あたしもそんな褒められた人間じゃないよ。そういう大切なことに気付いたのは最近さ」 「そうか……私ももっと早くに……」 その時だった。夏樹の体が少し崩れた。 「うっ……!」 「お、おい大丈夫か!?」 「ゴホッゴホッ!!」 夏樹は咳き込むと手で口を塞いだ。その手は鮮血で染まっている。 「お、おい、アンタ!!」 「今のは見なかったことにしてくれ」 懇願するような言葉だった。 「何を言って……」 「この団体戦が終わるまでは死ねん」 そう述べ夏樹は静かにロッカールームから出て行った。 ルミは黙って夏樹の小さな後ろ姿を見守るしかない。 「さっきから何してるんだ」 後ろから呼びかけたのは伊藤だった。 「さっさと来いよ」 「あ、ああ……」 「高橋先生は?」 「……」 ルミは何も言わず部屋から出て行った。 「……ヘンなやつだな」 伊藤は違和感を感じつつもロッカールームを後にする。
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