ウラノスを襲撃した蒼。奇しくもルミと鉢合わせしてしまった。 先程のやり取りを見られたのか、ゴクリと唾を飲み込む。 「そうか……そうだったんだね……」 (しまった……見られたか) 蒼は右足を引き構えようとした時だ。 「なるほど。綾那さんのストーカーを」 「へっ?」 明るい早朝で気付かなかったが、柚木が住む古いアパートが近くに見えていた。 ルミは水流れの構えを取りながら蒼を見据えている。 「そういえばアンタさ……綾那さんが顔を逸らしたままなのに『可愛い顔』と言ってたね」 「そ、それは……」 「何で顔が見えないのに可愛いと言えるのか。それはストーカー以外に考えられない!」 確かに柚木綾那の顔を知っていた。そうでなければ言えない発言である。 アイドルのような顔であるが、蒼は彼女のことを恨んでいる。 可愛いのは可愛いのだが、いや何を考えているんだ……。 蒼の頭の中は混乱していた。 「ストーカーはやめとけ。顔はいいんだから正々堂々と告白しろ」 「くっ……」 『マズい』蒼は思った。 ストーカー呼ばわりは置いといて、自分と柚木の関係を知られてはあの事件を知られる可能性がある。 何とか誤魔化さなければ、蒼は思考を巡らせ最善の回答を振り絞る。 「か、彼女に一目惚れしちゃってね。あのアパートに住んでいるところまではわかったんだけど……」 真実とウソを混ぜることにした。自分でも何故こんな選択肢をとったのかわからない。 「なるほど。ORGOGLIO界のアイドルが一般人を好きになるだなんてな」 「ダメかな」 「別に構いはしないけど。信者は確実に減るだろうね」 「は、ははっ……」 (何を言っているんだ俺は……あいつは亜紅莉をハメた女だぞ) ルミはポンと手を叩く。何か閃いたようだ。 「ヨッシャヨッシャ。あたしが綾那さんに連絡してコンタクトとってやるよ」 蒼は慌てた様子だ。 ルミの想像を斜め上を行く反応に振り回されるしかない。 「い、いいよ!週刊誌にバレたらマズいしさ!!」 「アンタから告白された方が向こうも喜ぶだろ」 「じ、自分でやるさ。ところで藤宮さんは何をしているのかな」 これ以上、彼女と話すとややこしくなるので話題を変えることにした。 ルミが何故こんな場所にいるか疑問に思ったのもある。 「トレーニングだよ。いつもここを走っているのさ」 「……そうなんだ」 「あっ!しまった」 ルミは何かまた気付いたのか。慌てた様子で言った。 「ウラノスだよウラノス!」 彼女は蒼を横切り周囲を見渡す。そこには既にウラノスの姿はなかった。 ルミはガックリと肩を落としながら言った。 「アイツの連絡先を聞くの忘れてた」 落ち込むルミを尻目に蒼は思う。 (ウラノスか……一体何者なんだ) ウラノスは言っていた『自分は葛城暁ではない』と。 実は山村よりある情報を知らされていた。 葛城暁は仮面で顔と隠し、機闘士として活動していると。 だが、誰が葛城暁なのかはわからない。 今回は星王会館所属にしている覆面ファイターであるということで、ウラノスを襲撃したが違うようだった。 ウラノスから会長、即ち飛鳥馬不二男を連想させるワードを述べたからだ。 「二人お揃いで何やってるんだ?」 「い、伊藤さん!」 二人は振り返ると毘沙門館の伊藤がいる。 黒いジャージ姿に可愛らしいシーズー犬を連れている。 ルミは伊藤に言った。 「アンタこそ何やってんだよ」 「見りゃわかるだろ犬の散歩だよ。そして、コイツの名前はタロウだ」 「ワンワン♪」 タロウはしっぽを振りながらルミに近づいてきた。 愛くるしい見た目は、まるでぬいぐるみである。 「昭和なネームセンスだね」 「カワイイだろ?」 伊藤は何かを思い出したのか蒼を見て言った。 「そうそう館長が呼んでたぜ」 「館長が?」 「何でも話したいことがあるんだとよ」 淡々と語る中、ルミは怒った様子になった。 タロウが何かしたようだ。 「お、おい!このクソ犬があたしの靴にションベンひっかけやがったぞ!!」 「マーキングだ。気にするな」 「気にするわ!!」 ・ ・ ・ 毘沙門館本部道場。 壁には初代総帥である岡本毘沙門の写真が掲げられている。 館長室のボロっちい椅子に座るのは岡本謙信である。 謙信は腕を組みながら言った。その表情は暗い。 「端的に言おう……フラットとの契約が解除された」 「本当ですか?」 呼び出された蒼はそのことに驚いた様子だ。 ORGOGLIO設立当時から、毘沙門館とフラットは友好関係を築いていたからだ。 謙信は渋い顔をしながら続ける。 「毘沙門館から派遣した選手の成績が思わしくなくてね。それに島原の一件も手伝って正式に決まった」 「そうなんですね」 「ちょっとショックが大きいよ。新しいスポンサーを探さなきゃならないし」 頭を抱える謙信。 ORGOGLIO参戦は、毘沙門館の宣伝になっていた部分があったからだ。 今や一軍級の活躍をしているのは蒼のみ。それでも道場生は集まらなかった。 何故ならば、蒼に女性のファンが多いことが関係している。 爽やかな印象が欠け、昭和の名残を色濃く残す毘沙門館はイメージ戦略上で星王会館に負けていた。 それに元々蒼は毘沙門館の純粋な空手家ではない。 他の古参門下生がいる手前、大きく売り出すことが出来ないでいたのだ。 「思い切ってファミリー路線に変えたら。蒼さん目当てのお母さんが子供を入門させるでしょ」 「武闘集団である毘沙門館がそれをするワケには……って!」 謙信はファミリー路線を提案した人物に顔を近付けながら言った。 「藤宮さん!何であんたが混じり込んでいるんだ!!」 「か、顔を近付けるなって」 「すいません。どうしても彼女が話を聞きたいって言うもんですから」 蒼は平謝りしながら言った。 ルミは何だか面白そうだから来たようだ。 「全くこの人はもう……」 「ところで館長。私を呼んだ理由は?」 「そこ!そこなんだよ蒼さん!!」 今度、謙信は蒼に顔を近付けながら言った。 「ASUMAのCEOに頼んで、毘沙門館を全面的にバックアップしてくれるように頼んでくれない?!」 「無茶言わないで下さいよ。経営に関して私は部外者なんですから」 「そ、そこを何とか……」 二人の会話する中、ルミは黙って携帯機をいじっている。 その様子を見た謙信は怒り心頭だ。 「ちょ、ちょい藤宮さん!」 「何だよ」 ルミは適当な返事をしながら、まだ携帯機をいじっていた。 その姿がまるで私には関係ないよという感じだ。 ……実際関係ないのではあるが。 「自分から興味持って来たのに、何をポチポチ押しているんですか!」 「おっ……もう返事が来た」 「人の話を聞いてます?」 ルミは黙って携帯機の画面を謙信に見せた。 以下がその会話内容である。 ルミ:『毘沙門館がスポンサーになって欲しいってさ』 小夜子:『いいわよ』 「ほげっ……」 謙信は驚いた様子だ。 確かルミのスポンサーはシウソニックのはずだ。 それが何故ASUMAのCEOである小夜子との繋がりが深いのだろうかと。 「藤宮さん、これはどういうことだい?」 蒼も驚いた顔だ。確かにルミと小夜子が懇意の中であることは知っている。 だが、ここまで私的な関係を築いているとは思わなかった。 「小夜子さんは友達だからね」 ・ ・ ・ 「思いがけない人からメッセージが来たわね」 本社ビルから外の風景を見る小夜子はそう一言述べた。 直ぐ傍には山村がいる。 「ナイスタイミング。これも運命ってやつですかね」 「お爺様は何がしたいのかしら」 「そりゃもう興行ですよ。WOAの理事としてのお仕事をされただけです」 ASUMAグループは、ORGOGLIO最大のスポンサーとして支援する存在である。 従って、ASUMAの名誉会長とWOAの理事を兼任する不二男の発言権は非常に大きい。 この度、不二男は何やら興行を企画したようだ。 「毘沙門館VS星王会館の団体戦……これは面白くなりますよ」
コメントはまだありません