――早く来い。早く来るんだ……鬼塚蒼。 北辰真珠郎……否、昴は対戦相手を待つ。 間宮蒼もとい鬼塚蒼が入場するのを待っていた。 『続いては!間宮蒼の入場だーーッ!!』 実況の遠藤が対戦相手の名前を呼ぶ。 いよいよだ……。 いよいよ仇討ちが出来るのだ。 ――やっと……やっと闘える。 昴が視線の先はブルーライガーの方角だ。 軽快なJ-POP長の音楽が流れる。彼の音楽だ。 しかし、昴にとって嫌な音楽以外何物でもない。 ――嫌な造形をしている……。 朧童子。 それが敵の乗る機体の名前だ。 無表情の質感と雰囲気……昴は不愉快な気分になる。 『ウルトラ蒼ッ!ハイッ!!』 彼のファンであろう。いつもの儀式が聞こえて来た。 でも不思議な事に、その声援はいつもと比べ少なくなっている。 ――いつもと比べ少ないだろう? 昴がゴシップ雑誌に売った情報のためだ。 その情報とは〝女〟……つまり柚木綾那のことだ。 流石に一般人のため実名は臥せられてはいるが、蒼のファンだった女性の多くは応援していたアイドルに女性の影が見えたことにより、夢から覚まされた。 間宮蒼ファンクラブ会長の小倉は悲しそうな目で朧童子を見ている。 「間宮蒼……思い出をありがとう」 魔法は解けたのだ。 スターは消えるものだ。 それは時代の流れ、男や女の影……どのようなものが原因であれ何れは終わりが来る。 そう星は消える……。 ――今日は間宮蒼という星が消える記念日だ。 何度も試合映像を見た。 毘沙門館で練習する映像も極秘で入手した。 相手を研究するに体力、技量共に若干こちらが劣る。 残念ながら、彼女は生物学的に女性だ……。 ならばどうする? 間宮蒼と柚木綾那……二人を繋ぐ亜紅莉。 ここをつけば勝てるはずだと計算した。 体力、技量で敵わなくとも、高橋昴は人間力で勝つ。 そういった心持ちで対峙している。 ○ BB級団体戦:毘沙門館VS星王会館・副将戦 “星王の織姫” 高橋昴 スタイル:星王会館空手 バランス型BU-ROAD:北辰珠郎 スポンサー企業:ハンエー VS “眠れる龍” 間宮蒼 スタイル:毘沙門館空手 バランス型BU-ROAD:朧童子 スポンサー企業:ASUMA 「BU-ROADファイト……レディーファイツッ!!」 リリアンの合図と共に、いよいよ試合開始である。 昴はサウスポースタイルの組手構え。 左構えであるが、基本に忠実で全く癖がない。 美しい……非常に美しいほどまでに教科書的な構えだ。 ――ギッ…… 昴は少したじろぐ。背筋に冷たい何かが走った。 対戦相手から殺気を感じたのだ。 殺気の象徴は対戦相手の戦闘法にあった。 「ッ!」 蒼は今回ばかりは無構えではなかったのだ。 構え、構えをとっていた。 順手は大きく天へと掲げ顔面を守り、逆手は地へと下げヘソ前で止める。 龍が敵を嚙み砕くが如き、その特徴的な構え……これ即ち。 『あ~っと!!アレは……天地上下の構えッ!!』 毘沙門館が総帥であった岡本毘沙門の得意とする構えであった。 不二男はその姿を見て、いつかの出来事を思い出していた。 「天地上下の構え……蒼は本気だ。毘沙門、この試合どうなると思う?」 ・ ・ ・ ――ミーン……ミーン…… あれは数年前の八月……。 外はセミの鳴き声がうるさいほどよく聞こえる日であった。 「よう!元気にしてたかい」 「なんでぇ毘沙門じゃねぇか。突然なんだよ」 毘沙門が軽井沢の別荘まで尋ねて来たのだ。 「イヤな……ちょいとワシからのお願いを聞いてもらいたくて」 「お願いだ?」 不二男は毘沙門が若い頃より空手家、格闘家として才能を見出し支援。 つまり不二男は毘沙門のパトロンだった。 数多あるフルコンタクト空手の流派・組織がある中で、毘沙門館が世界進出するほど繁栄していたのも不二男の力が大きい。 ORGOGLIO参加にあたって、フラットをスポンサーとして紹介したのも不二男だ。 何故、ここまで彼に力を貸すのか。 それは毘沙門の才能ももちろんあるが、彼は武道家だけでなく芸術家としての才能があったからだ。 彼独特の現代アート的な絵は、世間の認知度が低く『空手屋のラクガキ』と酷評されるほどのものであった。 しかし彼の絵に感じる迫力、気迫、生命の燃える美しさを不二男は高く買っていた。 毘沙門の絵は日本より、むしろ海外での評価が高い。 「お茶でございます」 「ありがとさん。お嬢さんの名前は?」 「片桐結月と申します」 「最近使用人として雇ってな。若いのに気が利く娘さ」 毘沙門は客間に通され、片桐に出されたお茶を一口飲む。 「ところで〝お願い〟って何だ?」 「いや……その前にだ。ちょいとこの絵を見てもらえんか」 毘沙門はポケットから携帯機でとった写真を見せる。 小さな液晶画面に写る写真は高齢の不二男にとっては見にくいものだ。 「カメラでとった写真かよ。見にくいな、俺はお前より歳喰ってるんだぜ」 老眼鏡をかけて写真を見る不二男。 「こ、これは……!!」 そこには猛々しい虎の絵があった。 画面から飛び出しそうな虎……生命の情熱、生きるエネルギーが凝縮された絵だ。 「凄いだろ……これを描いた人物を調べてくれんか」 不二男はすぐに山村を使い調べさせた。 作者は鬼塚亜紅莉。若干15歳の娘だった。 だが、調べを進めるとある事実が判明する。 男達に暴行され心が壊れかけているというのだ。 この事実を知り、毘沙門に伝えすぐさま二人は行動に移す。 鬼塚兄妹の父である英緑を説得、亜紅莉を東京まで連れて行くことにしたのだ。 不二男がサポートしつつ、毘沙門の息子である画家の多聞の元で絵の才能を磨き上げるためだ。 だが家の格式、流派の伝統を気にする古風な英緑は頑なに拒否する。 家や面子を気にしていたのだ。 息子の蒼はそんな父に反抗し、亜紅莉と共に東京へ行くことになった。 不二男達も、亜紅莉のメンタルサポートをする意味合いでもこれを承諾。 また、毘沙門も蒼の武道家としての才能を見出していた。 「古武道もいいが、蒼をもっと光ある場所で輝かしたい。昨今流行りのORGOGLIOに毘沙門館の空手家としてデビューさせたいんだが……」 「空手家としてか?あいつが承諾するのか、不動流宗家の倅だぞ」 「許可とってるよ。今、ワシが直々に教えている。亜紅莉ちゃんの経済的な支援にもなるし、イケメンだから毘沙門館の宣伝にもなるし」 「ちゃっかりし過ぎだろ、毘沙門よ」 不二男はこれを笑って承諾する。 そうして孫の小夜子に頼み、蒼をORGOGLIOの機闘士としてデビューさせたのであった。 ・ ・ ・ 「ゲオルグ……同門としてどうなると思う?」 不二男は傍にいるゲオルグに試合の予想を尋ねた。 数秒間の沈黙後、同門であったゲオルグは静かに答えた。 「下手をすると……殺し合いに」 「殺し合い……かい?」 「これは試合ですが、それに近いものになるかと」 「根拠は?」 ゲオルグは拳をグッと握りしめて言った。 「蒼が構えを取る……ということはそういうことです」 「……なるほど」 そして、同じく戦況を見守る亜紅莉。 このような人が多い試合場が苦手な彼女。 勇気を持って訪れた。 理由は簡単である。兄である蒼が自分と同じくして心を……。 否、この場合こう表現しても良い。 優しい兄が心を変貌させかけている。 鬼塚……この苗字の如く鬼になりかけているのではないか。 それはあの出来事のせいなのか、元より持ち合わせたものが覚醒したのか。 「……」 いや、どちらもありえる。 何故ならば自分も心の内に〝鬼〟を宿しているからだ。 鬼塚家は古来より戦人の家系。 心が衰弱する中でも、負けてなるものかという思いがあった。 侍の精神は、屈服と侮辱を許さない。 兄を心配する素振りを見せながらも、葛城暁の父である信玄が苦労して作り上げた星王会館……。 それが無様な目に会うところを見てみたい気持ちがあったのではないか。 そんな気持ちがあることに、少しながら気づき始めた。 「……」 自分をあんな目に合わせた葛城暁……。 あいつはもう……。 ・ ・ ・ 一方の試合場。対峙する朧童子と北辰珠郎。 蒼は天地上下の構えのまま話し掛けて来た。 「高橋昴君だったね……」 「……」 昴は何も答えず構えたまま。 「世の中には知ってはならないことがある」 すると、蒼は普段の優男とは全く違う口調となった。 「お前を……」 そこには『間宮蒼』ではなく……。 「潰す!!」 『鬼塚蒼』がいた。
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