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 ルミは徒手対日本刀の勝負を制した。  不二男は満足げな表情を浮かべていた。 「いいもん見せてもらったよ」 「何がいいもんだ。下手したら死ぬところだ」 「よく言うぜ。真剣との戦いを楽しんでたじゃねェか」  両者の顔つきは穏やかだ。  黒澤がゆっくりと近づき言った。 「お車を準備しております。……こちらまで」  黒澤は丁寧にエスコートする。  ルミはその案内のもとついていく。  途中、テーブルに座っている不二男やゲオルグ達の傍を横ぎった。  その顔を一瞬ちらりと見る。不二男は、にこやかな表情を崩さない。  対照的にゲオルグ、その他黒服達は無表情のままだ。  その時であった、ゲオルグの口が動いた。 「……BBB級トリプルバトルで待つ」  確かにそう言った。 「……言われなくてもな」  彼女はゲオルグの顔も見ず、静かに返答した。  そして、先程まで戦っていた片桐。  悠然と歩くルミの後ろ姿を、静かに見ていた。  その姿を見ながら、慎ましやかに頭を下げていた。 「藤宮様……またいつか」 「ルミでいいよ。じゃあな」  ルミは振り返らず〝友人〟に対し手を挙げて振った。  飛鳥馬達から、4歩6歩と離れていく。 「待ちねィ。忘れもんだよ」  その言葉と共に、不二男がどこからか紙袋を取り出した。  紙袋をゆっくりと投げる。ルミは振り返り、それをキャッチした。 「なんだいこりゃ?」 「あんパンさ。食ってねぇだろ」 「律儀だね」 「商人あきんどはお客様を、最後まで持て成すのが礼儀なもんでな」  顔は満面の笑みだった。  最後の最後まで食えない爺さんだ。ルミはそう思った。  不二男は、彼女の後ろ姿を最後まで丁寧に見送る。  姿が小さくなり見えなくなると、彼は静かに言った。 「さて……次に小夜子がどう動くかだが」  何やら懐から、長方形の固形物を取り出した。  どうやら、通信携帯機のようだ。  トップ画像には若い頃の飛鳥馬、他男女1名づつ写っている。  その写真は仲良さげなものである。不二男は誰かに連絡するようだ。 『はい。ASUMA“ORGOGLIO事業部”の山村です』 「おう山村か俺だ」  応対したのは山村慈念であった。 『あっ会長。お疲れ様です』 「小夜子はどうだ?」 『納得して頂けたみたいですよ』 「上手く話は進んでるようだな」 『そりゃあもうバッチリと。そちらはどうでしたか』 「こっちも、いいリハーサルが出来たぜ」 『フム……どうやら藤宮さんが勝利したようですね』 「おう、今しがた終わったばかりだ」 『いやはや……会長の読みもお見事でした。流石は勝負師ですね』 「そうでなくちゃ困るからな。どっちも……」  その時、不二男はチラリと片桐の方向を見た。  電話口からは山村の声が続く。 『どっちもとは?』  山村は疑問に思った。どういう意味なのだろうか。  とは、二名いることを表す。  まず、藤宮ルミ個人が勝ったことなのはわかる。  だがもう一人は、誰なのだろうか。勝負とは、どちらか一方しか勝利者になれないからだ。 「そんなことは、お前が気にすることじゃねェぜ」 『あはは……おっしゃる通りですね。失礼しました』 「何にせよ、藤宮ルミには早く上に上がって貰わねぇとな」 『そうですね』 「じゃあな。お疲れさん」  その言葉を伝えると、不二男は電話をきった。  飛鳥馬と山村が裏で動く中、一人の男が歩む。  そう男はゲオルグ、先程敗れた片桐の傍に近寄り声をかけた。 「迷いは消えたか」 「……はい」  彼も何か思うことがあったのだろう。  暫し静寂な時が流れるが、ゲオルグは彼女にあることを伝えた。 「最近のお前を見て……会長も心配しておられたのだぞ」 「会長が?」 「心の乱れが技に出ていることを、看破されておられた」  ゲオルグは、いつの間に手にしていたのか。  試し斬りに使用された巻藁を見せた。 「よく見れば斬り口が粗い」 「なるほど……私もまだまだ未熟者ですね」  涼やかに微笑む片桐。己の剣の未熟さを痛感していた。  そして、不二男の思惑を知り感謝していた。  彼女の心中を理解しつつも、ゲオルグは言った。 「余興として、今日の一戦を組んだわけではない」 「心得ております……会長のお心遣いには感謝します」  片桐は目を閉じながらそう述べた。  そんな彼女を見ながら、ゲオルグは静かに言葉を続ける。 「片桐殿を藤宮ルミに会わせたかったのだろう」 「そのようですね」 「藤宮ルミはどうだった?」 「一言で表わすならば……」  片桐は凛とし涼やかな笑みを浮かべて言った。 「のような方でした」  〝晴雲秋月〟  心に汚れがなく、澄みとおっている例えのことである。 ・ ・ ・ 「藤宮様、こちらでよろしいのですね?」 「送迎ご苦労さん」  黒澤が運転する車は、シウソニック本社ビル近くに停車した。  ルミは送迎の最中にあることに気づいたからだ。 「お忙しい中、ありがとうございました」 「黒澤さんだっけか。アンタともいつか手合わせ願いたいね」  ルミは車から降りて、運転席に座る黒澤にそう伝えた。  その申し出を聞き、黒澤はニヤリとする。 「ご冗談がお好きな人だ。私は格闘家ではありませんよ」 「結構強そうだけど」 「昔は強さを求めた格闘家でした、が今は強さを求めることは辞めました」 「ふーん……そうなのかい」 「では……またいつか」  そうルミに伝え去っていった。車はどんどん小さくなっていく。  黒澤はあのように言っていたが、目にはまだ格闘家としての炎は灯っていた。  いつかどこかで手合わせしたい、そうルミは思うのであった。 「どうやってアスパラのところに行くかだが」  気持ちを切り替え、ルミはビルにどう入るか思案する。  前回来た時、ICカードや顔認証がなければ入れないことは記憶している。  堅固なセキュリティを、突破するにはどうするか悩んでいる時であった。 「いい人を見つけた♡」  何やら知り合いを見つけたようだ。 「ちょいとアンタ……」  ルミは見つけた知り合いに声をかける。  一方その頃、蓮也は社長室にいた。  社長椅子に背もたれ天を仰いている。  その正面には、カミラが申し訳なさそうに立っている。 「あいつ本当にフリーダムだな」 「すみません……私の不注意で」  二人がルミを心配していた時。  ガチャリと社長室の扉が開いた。 「やっぱり社長とカミラは、ここにいたか」 「は、はは……ほ、本当に社長室に入っちゃったよ」  入ってきたのはルミである。  その後ろには商品開発部の宇井がいた。  彼はかなり気まずそうな表情だ。 「ルミ、今まで何をしていたの」 「てか……どうやってここまで来たんだ」  ルミは後方にいる宇井を親指で指差す。  指された宇井は少し顔が青ざめている。 「あいつに頼んで、ここまで案内してもらった」 「こりゃどうも」  宇井の背中は小さくなっている。  仕事の打ち合わせで外出する際、黒澤の車から降りる彼女に遭遇。  半ば強制的に、本社へ入り社長室まで案内させられたのだ。 「君は確か宇井君だったか」 「いやあの……まァこれは」 「……仕事に戻っていいぞ」 「し、失礼します」  蓮也の言葉を聞き、宇井はそそくさとその場を後にする。  どんなことがあって、ここまで案内したか予想出来たからだ。  ルミは、逃げるように去る宇井の姿を見ながら言った。 「あいつ、なかなか便利だな」 「お前……パシリにする気満々だろ」  蓮也はその言葉を聞いて呆れていた。  次にカミラが、ルミの傍に近寄りながら言った。 「そんなことよりも、どこへ行ってたの?」  その声には少し怒気がこもっている。  出し抜かれたのは今回で2回目なので、悔しさもあったのだろう。 「そんな怒るなよ。ちょっと確認したいことがあってさ」 「何だよ確認したいことって」  蓮也はルミに尋ねた。  彼女が社長室まで来るのは初めてだからだ。  よほど何か確認したい事情があるのだろう。 「対戦相手が決まったんじゃない?」 「お前よくわかったな」 「やはりそうか」  ルミは不二男が言った『予行練習』という言葉が引っ掛かっていた。  あの男が意味もなく日本刀相手に戦わせるわけがないからだ。  カミラは少し不安な顔をしている。 「それが大問題なのよ」 「武器が相手なんだろ?」 「よ、よくわかったわね」 「次の対戦相手は剣術家だ」  蓮也の言葉を聞くなり、彼女はトンとデスクの上に紙袋を置いた。  帰りしなに飛鳥馬に渡された『例のもの』だ。 「と、突然になんだよ」 「中身を空けてみな」  言われるまま、紙袋を開けてみる。  すると、あんパンが3つほど入っていた。 「何だこりゃ?」 「あんパン」  ルミからの手土産に、ただ頷くしかない蓮也。  よく見ると、見覚えがあるパッケージデザインをしていた。  パッケージ中央にはヒゲのコックが刻印されていたのだ。 (これはどど屋の……)  どど屋とは、蓮也が小さい頃からあるパン屋である。  それほど店は大きくないが、昭和の時代から続く老舗店だ。  ここのカレーパンを、故紫雲辰之助は好んで食べていた。  どうして、これをルミが持ってきたのだろう。  蓮也は不思議に思った。   「どこで買ってきたんだ?」 「からのお土産だ」 「あ、飛鳥馬ッ?!」 「あなたどうやって!」  蓮也とカミラはその名前に驚く。  ASUMAグループの会長であり、WOA理事でもあるビッグネームだ。 「ちょいと会ってきたのさ」 「あ、会ってきたって……そんな簡単に会える人じゃないだろ」 「爺さんから『よろしく』とよ」 「俺が言いたいのはそうじゃなくて……」  ルミは蓮也に端的に伝えると、後ろを振り返って社長室を出る。  その姿を見てカミラが呼び止めた。 「ちょ、ちょっと!どこへ行くの」 「トレーニングの続きだ。次の相手は決まったんだろ?」 「そうだが待て」  蓮也はルミを呼び止める。  彼も何か伝えたいことがあるようだ。 「今晩ある人と会食をすることになった」 「マスコミ関係者ならお断りだよ」 「そうじゃない」  蓮也は明確に否定をした。  緊張しながらネクタイを締め直して言った。 「飛鳥馬CEOとお前の対戦相手だ」

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