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「揺らすなよ、そっと運べ」  蒼はストレッチャーで運ばれていた。  全身打撲、裂傷、骨折……。  安全面に配慮されているところがあるといえども、鉄と鉄とのぶつかり合いだ。  リアルなフィードバック機能が蒼の体を破壊していた。  あのような生の感情がぶつかり合う闘いで、無事でいろというのが難しい。 「すまない……俺が勝っていれば」 「もうしゃべるな。アンタはよくやったよ」  見送るルミに蒼は謝罪した。  副将戦で勝てば毘沙門館は勝利していたからだ。  あの時、自分が感情的にならなければ勝てたかもしれない。  それに亜紅莉が登場したことで、週刊誌などのイエロージャーナリズムが騒ぎ立てるだろう。  そうすれば過去が必ず暴かれる。  繊細な亜紅莉が、そういった世間の目から耐えられるのか。  絵という才能を見つけ、やっと立ち直れそうな頃だったのに。   「何で……」  蒼の目から涙が流れた。  悔し涙というよりも、虚脱感から来る涙だった。  亜紅莉は何故試合を見に来ていたのだ。  あのオーロラビジョンに映ったということは、おそらく不二男かゲオルグが呼んだのだろう。  どういう経緯か知らないが、余計な事をしてくれた。  終わった。守りたいものを守れなかったのだ。 「余計なお世話かもしれないけどさ、もう少し妹を信じてやりなよ」  自分の心を見透かされたのか、救急車に担ぎ込まれた直前、ルミにそう言われた。 「信じろ?」 「あの子の心には龍がいる」  心に龍がいる……確かにそう聞こえた。  その言葉を聞き、ルミが亜紅莉に対し『力強い眼をしている』と言ってくれたのを思い出した。 (何で兄の俺が気づかんかったんや)  亜紅莉があの試合に来てくれたのは、ひょっとしたら現実と闘い、打ち勝とうという決心から来たものではないか。  亜紅莉は心の龍を解放して強くあろうとした。  それに比べて自分は龍という心の強さを眠らせ、鬼という怒りだけで今まで生きて来た。 「……アホな兄や」  蒼はポツリとそう呟き、救急車はそのままスタジアムを後にした。 「行ったか」  振り向くと先鋒戦を闘った伊藤がいた。 「だ、大丈夫なのかい?」 「同門がやられたんだ。ベッドで寝てられるかよ」  試合終了後、医師より状態を確認され医務室で休憩を取るように言われた。  中堅戦までは医務室で中継を観戦していたが、副将戦の生々しい激闘後、痛む体に鞭を打って来たのだ。 「ところで来たのか?」  伊藤はルミに尋ねた。  そう謙信がまだ到着していないのだ。 「もうすぐ来る。小夜子さんから伝えられたよ」 「そうか……いよいよだな」 ・ ・ ・ ――カタカタ……  謙信は車中にいた。  毘沙門館と大きく胸に刺繍された空手着を着ている。  首の襟元には館長という一文も刺繍されていた、総帥である証だ。  現在、ASUMA専属トレーナーのWakakoこと潘和香子はんわかこが運転する車で、関係者専用の入り口まで来ている。  だが様子がおかしい、顔は青ざめ、体は小刻みに震えていた。 「怖い、怖いよ」  情けない声だった。  これが男か、武道家か、そういう雰囲気を醸し出している。  我らが毘沙門館の現総帥、岡本謙信は大きなプレッシャーで押しつぶされそうになっていた。  謙信は車中でここまでの試合展開を見ていた。  まさかエースである蒼が負けるとは思わなかったのだ。  次はあの葛城信玄と直接対決である。もし負けようものなら毘沙門館は……。  そう思うと、恐怖で体が固まり自然と体は震えて来る。 「なに弱気な事を言ってるの、やれるだけのことはやったでしょ?」  和香子の言う通り、やれることは全てやった。  短い間に体の限界まで追い込む地獄のトレーニング。  何度も高負荷のバーベルに押しつぶされそうになり、関節技、寝技で死にそうになった。  出てくる薬膳料理も口に合わず、終いには血の小便が出るほどだった。  試合に遅れたのも、時間ギリギリまでノーマルカラーズ・謙信スペシャルの調整したからだ。  そして、体のメンテナンスをした。準備は万端……のハズである。 「そうは言ってもよ……怖いもんは怖いよ」  謙信は恐怖する間にも、車はゲートを通過し地下駐車場までやって来た。 「着いたわ、降りるのよ」  和香子に促されるも、謙信は動かない、いや動けなかった。  これから起こりくる最悪の状況を思い浮かべていたのだ。  毘沙門館の消滅、門弟からの三行半、世間から誹謗中傷……。  様々な悪いイメージが脳裏から次から次へと湧き起こる。 「やっぱり行かなきゃダメ?」 「行きなさい、大将なんでしょう」 「い、嫌だな……」  まるで学校に行きたくない子どものように謙信は愚図っていた。  そんな時だった。 「ケンちゃん!」 「あっ……」 「やっと来たわね」  車の傍には姉のいさみ、そして宇井がいた。  余りにも恐怖する謙信を見かねた和香子が連絡したのだ。 「謙信さん、あなたが出なければ毘沙門館が負けてしまいます!」 「そうよ!ケンちゃんやるだけやってみようよ!!」  いさみや宇井が勇気づけるも謙信は車からは出ない。  そして、窓越しからも聞こえるような大きな声で叫んだ。 「何だよ皆までしてッ!!」  それは絶叫だった。  今まで、溜まりに溜まったもの、我慢していたものを全て放出させた声だった。 「姉ちゃんに俺の何がわかんだよ!ずっと他人事だったろ!!」 「えっ……」  謙信は感情的になったのか、車から降りていさみに詰め寄る。 「いいよな姉ちゃんは女でさ!俺はずっとやりたくもない空手をやらされてきたんだぞ!!」 「ケ、ケンちゃん」  謙信は中学生までバスケットボールをしていた、だが岡本毘沙門の体調が崩れると時期後継者として担ぎ上げられた。 「俺、本当はバスケットをしたかったんだ!岡本毘沙門の孫だからって皆で持ち上げてさ!出来なければ笑いものにしてさ!!」 「そ、そんな」 「姉ちゃんはずっと好きなことをやってきてさ、ズルいよ!彼氏まで作って遊んでよ!!」 「私は……」 「父さんもズルいや、本当だったらあの人が時期館長をなるべきなのに!」 「お父さんは元々体が……」 「関係ないよ!もう毘沙門館がどうなろうと……」  荒れ狂う謙信。  その隠していた言葉、感情を知り、いさみは涙を流した。 「ケンちゃん、ずっと辛かったんだね」 「へっ……」 「覚えている?昔、私が平手で叩いちゃったこと」  いさみはその昔、大会で弱音を吐く謙信に平手打ちをしたことがある。  彼女なりに謙信の努力を認めての行為だったが、それが弟に毘沙門館総帥としてのプレッシャーを与えたのではないかと後悔していた。  自分は好きな写真を仕事に新聞記者となった。それに比べて弟はやりたくもない空手をやっている。  そう思うと謙信への申し訳なさで一杯になった。  もし自分が男だったら、大好きな弟に辛い思いをさせずに済んだであろうと。 「好き勝手している私に、あんなことやる資格なかったね。ゴメンね……」 「俺は……俺はただ……」 「バ、バカヤロウ!!」  気まずい空気が流れる中、傍にいた宇井が謙信の胸ぐらを掴んだ。 「いさみちゃんがな!お前のことをどれだけ心配していたのか知ってんのかよ!!」 「……」 「いつも言ったんだ!自分が男だったらよかったのにって!!お前にこれだけの苦労をさせずに済んだのにって!!」 「……」 「てめぇ!岡本毘沙門の孫だろ!毘沙門館の館長だろうが!!」  息を乱し手を放すと、謙信の顔にバチンと平手打ちをした。 「う、宇井さん!?」 「ハァハァ……お、俺がいさみちゃんの代わりに気合を入れただけさ」  頬を打たれた謙信は暫く呆然とするも、表情を変え宇井にスッと近付いた。  その顔は何かを覚悟した男の顔だった。 「な、何だよ」 「あんたの言う通りだ。俺は岡本毘沙門の孫であり、世界に名高い毘沙門館の総帥だ」 「お前……」  謙信は姉のいさみの顔を見る。  弟の表情に妥協甘えは一切なかった。 「姉ちゃんもゴメンよ。ちょっと感情的になり過ぎたよ」 「ケンちゃん……」 「葛城信玄をぶっ飛ばしてくるぜ」  謙信はそのままエレベーターまで向かうも、車から和香子が降りて来て止めた。 「待ちなさい、どこに行くのかわかっているの?」 「あっ……」 「バカな男ね。そういうところが好きになっちゃったところなんだけど……」  そう述べるとツカツカと謙信の傍までより……。 「何より、やっと闘う男の顔になったところにゾクゾクしちゃう♡」  ディープなキスをした。 「うわっぷ?!」 「試合が終わったら、夜の寝技に付き合ってもらいますからね」 「は、はい……」 「付いてきなさい。あなた専用にチューンアップしたノーマルカラーズが到着しているわ」  そのまま半分放心状態の謙信を連れ、二人はエレベーターへと乗った。  唐突な展開に、駐車場に残された宇井といさみは顔を見合わせる。 「な、なんか超展開だね」 「ま、まぁ、恐怖心が取れたからいいんじゃない?」  頼むぜ謙信。お前が星毘戦争編の真の主人公だ!

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