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 ルベラとの夜を明けた。  ゲオルグはスキッド・ロウの廃ビル――つまり、ドットイートの本部ビルに呼び出された。  豪華な椅子に座るスナック、例によってデスクの上にはリングチーズが置かれパリポリと頬張っている。 「昨晩は頂けたかな?」  スナックはニタニタと笑みを浮かべていた。  一方のゲオルグは表情を崩さず、スナックを見つめている。  表情に出さないがゲオルグは不快であった。 「それよりも用件は何だ」  ――と静かに重く鋭く口を開いた。  それに対しスナックは……。 「いやァ~君の試合が観客に大受けだったんでね。もう一試合ほどってもらいたいんだ」  その一言を受け、ゲオルグはスナックの黒い瞳を睨む。  スナックは臆せずスマイルだ。  両雄から無言、無音の独特な緊張感が流れている。 ――パリポリ……  余裕の表れか誤魔化しか。  スナックは再びデスクに置かれたリングチーズを再び頬張る。 「それよりも後ろ気をつけた方がいいよ、怪物モンスター」  ニタリと笑いながら後ろを指差す。  すでにゲオルグの背後には人がいたのだ。 「Hiya♡」 「……ッ?!」  振り向くとルベラがいたのだ。  胸に固形物が押しつけられているのを感じる。  押し付けられたものは拳銃だった。 「お前……」  気付かなかった。  一流の武道家、格闘家、機闘士マシンバトラーであるゲオルグ。  素人……更には女性であるルベラに隙を突かれた。  スナックとのやり取りから、集中力が分散されたのかもしれない。  不覚という二文字が心に浮かび上がった。 「彼女を交渉人に選んだ。試合をするかどうかをじっくりと話し合うといい」 ――パリポリ……  余裕の笑みを浮かべるスナック。  そしてスナック菓子の袋に手を入れるも、リングチーズが無くなっていることに気付く。 「もう終わりか」  スナックは椅子から立ち上がった。  その表情は陽気だ。心の余裕というものだろう。  彼自身も強かさを持った、人生の強者ともいえよう。 「さて……ちょいと次のカードを組むので忙しいのでこれでね」  リズムを刻みながら歩くスナック。  その足取りは軽快だった。  「断る――と言ったらどうする?」 「サトル・カツラギのように〝ズドン!〟さ」  それだけ述べると扉を開け、静かに部屋を出て行った。 ――グッ……  それを合図か、ゲオルグの胸に当てられた銃口の圧が強くなった。  拳銃を突き付けたルベラは笑みを浮かべているも目は笑っていない。 「また二人きりになれたわね」 「何がしたいんだ」 「話を聞いてた?アカツキとやる前にもう一試合ほど闘ってもらいたいの」 「……」  ルベラの細い指は拳銃の引鉄に当てられている。  直ぐにでも発射できる状態であった。 「この状態では断るに断れないだろう」 「OK。なら前払いとして取って置きのことを教えてあげる」  強引ではあるが試合の交渉は成立。  ルベラは微笑みながら言った。 「……サトルのこと」  暁の名を口にするとルベラは引き金を引いた。  ゲオルグは一瞬ドキリとするも乾いた音だけが響く。  銃弾がないことは明白であった。 「弾はないよ」  キスが出来るくらいゲオルグの顔に近付くルベラ。  葛城暁の評価は端的なものだった。 「あいつはクズさ」  その一言に全てが濃縮されていた。 「金に汚い、気に食わないことがあると直ぐに暴れる、対戦相手には必要もないほどの攻撃を加えて再起不能にする、昔の悪行の自慢話ばかりする……本当にどうしようもない男さ」  酷評は続いたものの、どこか母親がどうしようもない子どもに対する愛情の裏返しにあるかのように感じる言葉の数々。  そんな罵詈雑言が続くも、ルベラはこうも述べた。 「でも、寂しいヤツだったよ」 「……寂しいだと?」 「私の顔、似てるんだろ〝アグリ〟って子に」 「……ッ?!」  意外だった。  まさかルベラの口から、亜紅莉の名を聞くとは思わなかったからだ。 「何故その名を?!」 「そのアグリって女にご執心だったからね。ベッドでよく聞かされたよ、私とその子を同一視してたんだろうね」  ゲオルグは驚いた。  まさか葛城暁という男が、そこまで亜紅莉に対して執心していると思わなかったからだ。  自らの欲望のまま、亜紅莉を汚したと思い込んでいたからだ。 「なるほどな……」  暁がルベラを傍に置いた理由が何となく理解出来た。  しかし、謎は残る。  そこまで執着するとなると、どこかで亜紅莉と接点を持つはずだ。  だが、それはない。  亜紅莉は葛城暁という男の存在を知ったのはずっと後のことだ。 「あいつ曰く……いつも通る道で見たのが始まりだったらしい」  その疑問に答えるかのようにルベラがそう言った。 「始まり?」  ゲオルグの言葉にルベラは続ける。 「いつものように街をブラついた時にアグリって子を見たのさ。一目見て好きになったらしい」 「……」 「ハハ……笑っちゃうだろ。あの野犬にもそんなロマンチストな一面があったのさ」  暁は亜紅莉を見て一目惚れしたというのだ。  だったら何故あのような凶行をしたのか、好きであるならば好きであると言えばいい。  好きな相手を壊しにかかる、その異常性が理解出来なかった。 「サトルは執念深い男でね、こうと決めたら何が何でもやり遂げる男さ。自分の舎弟を使ったり、探偵を雇ってまでアグリって子を調べ上げたらしいよ」 「……よくそこまで知っているな」 「言っただろ?ベッドで私に色々と教えてくれたって」  亜紅莉にどこか面影が似ているルベラ。  彼女と亜紅莉を同一視していたのならば、自分が何故あのようなことをしたのか、告解する気持ちから色々と話したのかもしれない。 「ならば、あいつがやったことも知ってるだろう」 「ええ」  間髪入れずにルベラは答えた。 「アグリって子はサトルの母親に似ていた。だから好きになったと同時に壊したくなった」 「どういう意味だ」 「愛情と憎しみは表裏一体……続きは試合に勝ってから教えてあげる」  ルベラはそう述べると、ズボンのポケットから一枚の写真を取り出した。  若い男が写っている。東洋人だ。  肌は少し浅黒く、黒髪は逆立ち、眼は毒蛇のように鋭い。  服は蘇芳すおう色のレザージャケットを着ているが、その肉体はヘルメスのように鍛えこまれているのが一目で分かる。 「あんたが会いたがってたサトル・カツラギさ」  ゲオルグは山村を通して暁の顔写真を見せられていたが、それは日本にいる時のものだ。  その時の顔には凶暴性が滲み出ておりドス黒いものを感じさせた。  だが、この写真の暁はどこか不思議と穏やかな雰囲気にも見えた。  棘が無くなっているように見える。ギラギラしたものが無くなっていたのだ。 「……」  ゲオルグは複雑な気分だった。  憎むべき、許し難し相手ではある。  しかし……しかしである。 「葛城暁……どこか哀れなかおをしている」  ポツリとゲオルグは呟いた。  その時だった。 「あんたに何が理解わかるのさ……」  ルベラから笑みは消えていた。  表情から怒っているように見える。 「どうした?」 「なんでもないよ……それよりも今晩の試合は何が何でも出てもらうからね」 「ああ……」  ルベラの言葉に反応はしないものの、ゲオルグは簡素な返事をした。  葛城暁のことを深く知りたくなったからだ。  ゲオルグは確信したのだ。  その答えはドットイートにはない、目の前のルベラが必ず握っていると。 ・ ・ ・ ――WAAAAAAAA!!  アングラなイレギュラーリーグ〝ドットイート〟のワンマッチイベントが始まった。  今宵は特別な試合が組まれており、観客達は大興奮である。  現役機闘士マシンバトラー、しかもBBB級トリプルバトルで活躍中の最高級品が登場するのだ。  更に今回はエキシビションマッチではなく公式の試合として発表されている。 『今宵も超特別ゲストとして登場の怪物モンスター選手!どんな闘いを見せてくれるのか!!』  道化師の格好をしたドットイート専属アナ、カフカは興奮した様子で実況する。  金網に囲われたオクタゴンの中央にはジャンク型BU-ROAD『バーバリレオン』が堂々と立っている。 「……」  無論、操縦者はゲオルグ・オットー。目を閉じ立ったまま座禅を組んでいるような静けさであった。 『対戦相手はドットイートに衝撃デビューを果たした〝火花Spark〟!ブラッドリー・スパークマン!!』  ゲオルグの対戦相手は元ボクシングヘビー級王者チャンプ。  22nd代目generationアカツキを倒し幸先の良いデビューを果たしたスパークマンである。 「何者かは知らないが、あんたBBB級トリプルバトルの現役機闘士マシンバトラーだってな」  スパークマンの動きに合わせ、彼が操縦するイノサントの右手は天を向き人差し指を突き上げている。 「あんたをブッ倒して這い上がってやるぜ!」 ――WAAAAAAAA!!  高らかなアメリカンドリーム宣言。  そのビッグマウスっぷりに愛国心溢れる観客達の歓声は更に大きくなった。 ――USA!USA!USA!  USAコールが何故かアリーナを包み込んだ。  完全にスパークマンは観客達を味方に付けたのだ。  堕落した人間が再起し、栄光への道へと戻ろうとする姿にロマンを感じさせたのだろう。 「……エンターテイナーだな」  ゲオルグは静かにそう述べると構えた。  これより求道者ゲオルグ愚道者スパークマンの一戦が開始される。

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