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 場所は東京のとあるマンションの一室。  シャワーを浴びる女性がいた。 (藤宮さん、いなかったな)  名前は高橋昴。星王会館所属。  BB級ダブルバトルで活躍する機闘士マシンバトラーである。  早朝のランニングより戻り、汗を洗い流していた。 (……それもそうか)  いつものランニングコースにルミの姿が見当たらなかった。  それもそのハズだ。彼女は静岡県のASUMAトレーニングセンターにいるからだ。  今度行われる団体戦では、彼女達と対戦することが決まっている。  その中には間宮蒼がいる。 ――これ以上詮索せずに黙っておけ。  館長である信玄の言葉が脳裏をよぎる。 「……」  ふと鏡に映る自分を見る。  細身ではあるが、ピアノ線を束ねたような筋肉をしている。  だが、胸にあるものを見る。女性である確かな証拠だ。 「何故……女として生まれたのだろう」  昴は一言そう発した。  彼女が3歳の時に母親が病気で亡くなった。  そのせいだろうか、不器用で無頓着な父から男のように育てられた。  着る服や見る本やテレビは男性が好むものを与えられた。  生活の全てを空手に注ぎ込むように教育を施された。一人前の武道家にするためにである。  父親なりの愛情であったが、それは一種の虐待に近いものと呼べるにふさわしいものだった。  余りにも夏樹は『空手バカ』であった。女性であろうとする昴への理解がなかった。 ――ピンポーン  インターホンの音が聞こえた。 「どなたですか」 「私です」 「師範……!!」  師である角中だった。昴は急いでドアを開ける。 「どうされたんですか急に?」 「あ、あの……服を着てくれませんか」  角中は目を逸らしていた。昴が下着姿だったからだ。 ・ ・ ・  二人は街中を歩く。  向かう場所は星王会館本部道場だ。選抜メンバーの顔合わせをするらしい。  昴は街中を歩く中、幾人かの学生らしきグループやカップルを見る。  思えば物心つく頃より空手三昧の日々だった。  彼女の青春は男性と過ごすことが多かった。  学校は通信制。夏樹が彼女を空手に集中させるためだった。  同じ年頃の友達もいなければ恋人などいるハズもない。 「どうされたんですか?」  角中に声を掛けられる。  学生らしき若いカップルが睦まじくする姿を見ていたからだ。 「いえ……」  声を掛けらた昴は気まずくなったのか視線を前に向けた。  その姿を見て角中はフッと笑う。 「昴さんもお年頃ですからね。ボーイフレンドでも作らなければなりませんね」  昴は少し顔を赤く照る。無言で歩める足を早くしていた。  昴を女性扱いしてくれるのは角中だけだった。  彼女がまだ10歳の頃、道場の稽古が熾烈で倒れた時だ。 「大丈夫ですか?」  当時23歳の角中が優しく声を掛けた。 「いえ……まだやれます」 「そんな疲れた体でやっても稽古にはなりません。休んだ方がいい」 「で、でも……」  昴は道場で指導している夏樹を顔をチラリと見た。 「先生には私から言っておきます。あなたは女性なんですから無理は良くありませんよ」 「……!!」  初めて自分に女性として優しくしてくれたのが角中だった。  それ以来、彼女は角中に対し淡い恋愛感情を持ち始めたのだ。  だが、それは彼女の中でなかなか昇華出来ない代物だった。  思春期の成長過程で、年頃の女性が恋愛等経験する事柄が一切許されない環境だった。  その悶々とした気持ちが彼女を苦しませ、角中への歪んだ愛情と異様な執着が生まれ始めていた。  そのことに父である夏樹と角中は気付いていない。 「団体戦か……」  その因子が夜叉を生み出すことも知らずに……。 ・ ・ ・ 「よく集まってくれたな」  星王会館本部の館長室には、昴をはじめとする選抜メンバーが集められていた。  全員が同じ紺色の道着を纏っている。  今回特別にあつらえた勝負道着とのこと。  何でも紺色に近い〝勝色〟という暗い紫みの青色にあやかってのことらしい。  ちなみに『かちんいろ』とも呼ばれ鎌倉時代の武士に好まれた色である。  また信玄からは『勝』という言葉から縁起を担いだものと説明を受けた。  “南米の喧嘩十段”の異名を持つファイアンが、昴の顔をジロジロと見ていた。  短く刈り込まれた髪に、そのまなこは狂犬のように獰猛だ。 「館長さんよ。何でんだ?」 「……」  昴は目を合わさず真っすぐ見ている。しかめっ面だ。  信玄は目をギョロリと見開いて言った。 「何か問題でも?」 「スナタケとか他にも候補は腐るほどいたでしょうが」 「彼は静養中だよ。からね」 「情けねェ野郎だ」  砂武等強豪選手は確かに多くいる。  その中でも昴は女性である。大会での実績も女子の部での優勝が多い。 「それにBU-ROADバトルという特異性も考慮して選んだのもある」 「この女は強いんですかい?」 「昴はプロデビューしてからこれまで負けなしだ」  昴は機闘士マシンバトラーとしてデビュー以降、B級シングルバトルからBB級ダブルバトルの試合では負けなし。  対戦相手には、ムエタイのランカーや元レスリング五輪代表など強豪がいたが全て倒しここまで昇ってきた。  そんな彼女であるが、ファイアンはあまり納得していない。 「負けなしか知らんがどれほどのモンかね。家で彼氏とアンアンやってた方がいいンじゃねェか」 「試してみるか……?」 「あっ?」  突然の奇襲攻撃だった。  昴はファイアンの顔面に向けて蹴りを放ったのだ。  スウェイバックで躱すものの不意打ちで攻撃されたので怒り心頭だ。 「なかなかの反射神経だな。サッカーでもしてた方が寿命が延びたんじゃないか」 「こ、こいつッ!!」  ファイアンは腰を落とし構えた。  そんな彼の前に一際大きな巨人が立ちはだかる。 「やめねえか二人とも」  ‟強襲の巨人”シーム・シュミットである。  身長211㎝130kgのスーパーヘビー級、生きる格闘ロボとも言える体躯をしている。  そんな大巨人を目の前にしても、ファイアンは一つも怯まない。 「邪魔するな!」 「いい加減にしろ」  後ろからファイアンの肩を掴む者がいた。  ‟蒙古の空手魔術師”エルデ・ガラグメンデである。 「んだと……?!」 「弦が張った状態になってるぞ。冷静になれ」 「このスモウ崩れが!!」  ファイアンは左順突きを放つが、コンマ数ミリのところで躱された。 「上等ッ!!」  今度はエルデに飛びかかろうとする。  しかし、エルデは臆せずファイアンの頬を指差した。 「それより、その赤いものを拭き取れ」 「……?!」  頬を拭うと手に血がついていた。昴に蹴られた時に切られたようだ。  足にカミソリでも仕掛けたかのような切り口である。  ファイアンは昴の方を見る。先程とは違い冷静な表情だ。 「やるな……どうやら見くびっていたようだ」 「フン……」  昴は目も合わせず虚空を眺めていた。 「ハッハッハッ!!」  信玄は緊張した空気が流れるにも関わらず大きく笑う。 「いや結構!結構!これくらい元気がなくてはいけない!!」  そう述べると、館長室に吊るされているサンドバックまで歩み寄った。 「チェリヤッ!!」  信玄は気合と共に4連突きを打ち込む。  サンドバックは大きく揺れ、拳の大きさくらいの穴が出来上がっていた。 「私も久々の試合で燃えて来たよ!!」  信玄は両手を突き出している。僅かに震えている。  武者震いであった。 「集合ッ!!」  声が館長室……否ビル周囲に響き渡る。  その咆哮を聞いた4人は自然と信玄の前に整列する。 「試合は2週間後だ!潰すぜ毘沙門館を!!」 ――押忍ッ!!  異口同音に4人同じ返事をした。  団体戦は2週間後だ。各々気合十分である。  その熱気は星王会館本部ビルを包んでいた。 (師範……)  昴はチラリと後ろを見る。  星王会館代表コーチに就任した角中を見ていたのだ。 (私の大事な人を傷つけた鬼塚蒼は必ず討つ!!)  昴は心に刀を隠し『夜叉』へと変貌しようとしていた。  それは『鬼龍』を討つためである。

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