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『疾風迅雷のローキックだッ!!』  実況の遠藤が叫んだ。開始早々の下段回し蹴り、速く重い一打である。  その一撃による鈍い痛みが、秋山を襲い骨まで響いていた。  慌てた秋山はリズムを刻み始めた。 「ウサギみたいにピョンピョンと」  魁道は蜘蛛糸の構えをとる。顔面とボディがガラ空きだ。 「シィッ!」  秋山はコンビネーションよくボディへの連打を打ち込む。  魁道は反撃の右中段突きを放つもバックステップで躱される。 『出ました!これが秋山亮の〝勝つ空手〟です!!』 『ステップワークを使いながら有効的なポイントを打ち込んでいますね』  左右に揺さぶりながら、次々と打ち込みポイントを稼ぐ秋山。  魁道は突きや蹴りで反撃するも避けられ、いなされた。 (何が『簡単に倒れないよう』にだ。ビビらせやがって!)  秋山は恐怖していた。魁道が放った『簡単に倒れないよう組手してやる』という発言に対してだ。 「シャッ!!」  右上段蹴りを秋山が放つ。まともに魁道の顔面にヒットした。 (打ち抜けない!)  秋山は動揺した。極めにいった上段蹴りが顔面を打ち抜けないのだ。  こんな経験は初めてだった。焦った気持ちの中、ドスの効いた声が聞こえた。 「点数稼ぎは終わったようだな」  魁道は上段蹴りの軸足を勢いよく蹴り込んだ。  受け身を取れない秋山は床面に後頭部を打ちつける。 「う……ッ?!」 「待てッ!!」  審判はドクターを呼び秋山の意識を確認する。 「大丈夫かね?」 「は、はい」  呼びかけに秋山は返事をした。ドクターは引き上げ試合が続行される。 『打撃でのダウンではなく、転倒でのダウンのため試合は続行されるようです』 『でも秋山選手、相当なダメージだと思いますよ。頭打っちゃいましたからね』  遠藤とタニヤマの実況と解説が聞こえる。  秋山は意識は確かにあるが、視界は混濁としていた。 「ルール上は続行だよな。気の毒だな、俺も経験あるがアレ辛いぞ」  セコンド席に座る謙信は、足払いを得意とする伝統派空手出身の古参師範に組手でやられたことがある。  今の秋山の状況が痛いほどわかっていた。アレは辛い状況だ。 「次はおじさんがポイント取る番だからね。ビッシビシ行くからな!」 「えっ?!」  視界から魁道が消えた。動揺する秋山の死角に入り、中段蹴りを打ち込まれる。 「ぐ……ッ?!」 「簡単に倒れないように蹴ってやったぞ」  右の肝臓部をまともに蹴られたのだ。その苦しさは半端じゃない、痛みと吐き気が同時に来るからだ。  この地獄の苦しみは、経験した者でないとわからないであろう。  しかし魁道は加減して打ち込んだため、KOまでには至らない。 「ステップワークはどうした。お次におじさんのロートルパンチを打つからね。避けるんだよ」  そう魁道は言うと秋山の胸骨部に突きを入れた。胸に鋭い痛みが走る。  ゴキリという変な音が聞こえた。 「胸骨逝ったね」  ルミは眉をしかめて言った。おそらく秋山の胸骨部にヒビが入ったハズだ。  敢えて魁道は鳩尾を打たなかった。ダウンしてもらっては困るからだ。 「い、いて……」 「アホウがこれは空手の試合だろ」  秋山の弱音の発言に対し魁道は冷たく返答する。  続いて魁道は右肋骨部に足刀を叩き込む。  バキッという音が聞こえてきた、これもおそらく肋骨が骨折した音だろう。  魁道が披露する人体の試し割りに、秋山から冷や汗と脂汗が同時に流れる。 (こ、殺される?!)  これまでにない経験だ。  彼の今までやってきたことは、スポーツとしての空手だった。 (ウ、ウソだ。こんなことってあるかよ!)  これまでの人生において、受験勉強や恋愛、就職活動も一緒だった。  『如何に印象よく相手に思わせるか』が彼の命題だった。  だが、この男にはそれが全く通用しない。  『こいつは俺を殺しにかかっている』という恐怖心が彼を襲っていた。 「おやおや動きが止まっちゃったね」 「ヒュー……ヒュー……」 「呼吸が浅いな。肋骨が折れたようだね」  呼吸する度に痛みが伝わってくる。胸骨、肋骨と続けざまに折れれたのだ。  肝臓を打たれた痛みと骨折させられた痛み、二つの痛みと精神的なダメージが彼を追い詰める。 (早く、早く終わってくれ!)  彼はそう心から願った。 「先輩ファイト!!」 「主将ッ!構えが崩れています!!」 「君の後輩達が応援してるよ。攻撃しないのかい?」  魁道が秋山を煽る。もう破れかぶれだ。  運足もステップも関係なく、秋山は魁道へと走り寄る。 「キェ―――ッ!!」 『秋山君どうしたッ!!これは短距離走じゃないぞ?!』  秋山は叫び声とも悲鳴とも言える声を上げた。スプリンターのように駆け寄るも止まった。  顔面に上段蹴りが飛び込んできたのだ。だがそれは寸止めだ。  ただ蹴りの風圧は肌に感じていた。当たればKO間違いない。 『す、寸止め!フルコンの試合で寸止めです!!』 「これもポイントになるのかな?」  魁道は秋山を見てニヤリと笑っている。  棒立ちになる秋山に、魁道は突きや蹴りの連打を浴びせる。  ただその攻撃は形だけのもので全く痛くない。 「こうやってポイントを稼げばいいのかな」  秋山はガードせず、そのまま滅多打ちにされる。 『秋山君どうした?!打たれっぱなしだぞ!!』 「バカ野郎が」  その光景を見て、師である信玄は吐き捨てるようにいった。  弟子の不甲斐なさに怒りを覚えるのであった。 ――ドン!  太鼓の音が鳴り響いた。試合終了の合図だ。 (や、やっと終わった……)  秋山は安堵した。地獄のような時間だった。  もう二度と試合はしない。というよりも空手なんて辞めよう、こんな怖い思いは二度としたくない。  彼は心底そう思った。おそらく判定で自分の負けは決定であろう。  だが……現実は残酷だ。 「判定!引き分け、再延長ッ!!」 「えっ?!」  秋山は驚きの声を上げた。  主審、副審共に引き分けの判定を下していた。 『前半は秋山選手の優勢、後半は藤宮選手の優勢でしたからね』  タニヤマの解説がマイクを通して聞こえてきた。  確かに試合運びはそうだ。だが後半は魁道の有効打が多かったはずだ。 「策士策に溺れるってやつだな。〝勝つ空手〟も結構だが〝倒す空手〟を磨くべきだったな」  魁道あいつはわざと前半打たせたのだ。  例え後半に魁道あいつが有効的な打撃を入れたとしてもだ。  魁道あいつは他流派なので、秋山じぶんが贔屓判定され延長戦へともつれ込むことを計算していた。  魁道あいつは試合を上手く運んでいたのだ。老獪な戦術だ。 (もう嫌だ……助けてくれ)  秋山の全身から震えと冷や汗を流す。 「再延長……はじめッ!!」  無情にも試合は再開される。彼は形だけの組手構えをしていた。  呼吸する度に痛みがする。全身が針で貫かれたような痛みがした。足も田んぼにはまったかのように重く鈍く感じる。  そんな彼を見て、魁道は哀れむ。 「これまでの人生ようだな。それは親が悪いのか…師が悪いのか…〝失敗させまい〟と育て、君もそれに応えてきた」  魁道は素早く踏み込んだ。拳を下から上へと繰り出してきたのだ。  狙いは肋骨下部の横隔膜。えぐり込むに打ち込んだ。 「君の〝失敗しないことで生まれた傲慢さ〟…それで傷ついた人達がいる。その痛みと苦しみを知れ」 「……ッ?!」  まともに右のボディアッパーをくらった秋山はその場で倒れ込んだ。  横隔膜が押し込まれたことにより、肺が刺激され呼吸困難感と痛みが彼を襲っている。 「い、一本ッ!!」  主審が試合終了の掛け声を出した。  秋山は痛みと苦しみの中でやっと試合から解放された。 『再延長は秒殺での決着!藤宮魁道……堂々の決勝進出だッ!!』  魁道は空手式の十字に切る礼法ではなく、約45度の体を傾ける礼法を行った。  試合壇上から降りる父親にルミは言った。 「マジやり過ぎだろ。なんかイヤな事でもあったの?」 「ちょっと人生嘗めてる子にお灸を据えただけだ」  戯れる親子を見ながら謙信は思った。これが競技と格闘の差であると。  一方で師の信玄は、苦虫を嚙み潰したよう顔だった。  玄鵬大学の部員達の顔は全員青ざめていた。  格闘技として否、武道の厳しさをさぞや彼らは痛感しているだろう。競技しか慣れていない彼らにとって、それは非常に刺激が強すぎたものだ。  その姿を見て謙信は思うのであった。 「あいつら大学卒業したら、二度と空手やらねぇだろうな」 ・ ・ ・  準決勝1回戦が終了した。ゲオルグは試合の一部始終を観戦していた。  腕を組み無言で佇んでいる。次はいよいよ自分の番だ。 「あ、あの……」  一人の少女が恐る恐る話しかけてきた。柚木綾那だ。 「亮が……あの人に頼まれて呼び出しました」 「……」  ゲオルグは少女の罪の告白に対し無言だった。 「あの私は……」 「謝る相手が俺ではないはずだぞ」  一言そう述べ、彼は試合場へと向かった。 ・ ・ ・  次の準決勝2回戦に出る角中は、180度開脚を行い入念なストレッチをしていた。  弟子の昴は師に問いかける。 「次はいよいよ準決勝ですね」 「ええ、そうですね」 「勝てますよね!」  その言葉を聞いて角中は立ち上がり、昴のところまで寄ってきた。 「〝勝てるますよね〟ではありません。〝勝つ〟んですよ」  そう述べると、角中は準々決勝で見せたブラジリアンキックを昴の顔面に振り下ろす。  無論寸止めだ。変則蹴りを寸止め出来る彼の技量の高さや足腰の柔軟性の高さを物語る。  角中は続けた。 「それに勝負は最後までわかりませんよ、では行ってきます」  角中はそのまま試合場へと向かった。昴は師の背中を見送り言った。 「師範頑張って!」  弟子の言葉を受け、彼は静かに右手を上げながら応えた。

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