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 強化合宿も終了。  メンバーはそれぞれ帰路に就く……はずであった。  だが謙信、伊藤、アルーガの三名はまだトレーニングセンターに残っていた。 「1週間延長!?」  山村から聞かされた謙信は信じられない様子だった。  何でも、後1週間ほど滞在するように伝達されたからだ。  伊藤は少し怒った様子だ。 「おいおい、何のための合宿だったんだよ」 「BU-ROADバトルに慣れるための練習ですよ。特に館長と伊藤さんは“ORGOGLIO”初参戦になりますからね」  山村は飄々と答える。  その言葉を聞いたアルーガはバカバカしいと言わんばかりだ。 「……下らん。俺は帰るぞ」  アルーガが一人出ようとした時だった。 「今帰ったら前金は返してもらいますよ」  山村の言葉を聞き、アルーガの足が止まる。  『前金』というのはどういうことだろうか。謙信は山村の顔を見ながら尋ねた。 「ま、前金?」 「団体戦に参加してもらう上でお金を支払っているんですよ」 「何だそりゃ。俺は聞いてねえぞ」  伊藤は納得いかない様子だ。お金などびた一文受け取っていない。  金の問題ではない。これは毘沙門館の誇りをかけた一戦なのだ。  バカにされたような気持ちになり、アルーガの胸ぐらを掴んだ。 「お前に毘沙門館の誇りはないのか!?」 「い、伊藤さん!」 「謙信お前は黙ってな!!」 「……」  アルーガは目を逸らし黙ったままだ。 「故郷のお婆さんの治療代のためにお金が必要なんです」  山村は静かに言った。 「治療代?」 「彼はご両親を早くに亡くなり祖母に育てられまして。でも難病にかかってしまわれましてね、その治療代を稼ぐために……」 「余計なことは言わなくていい」  山村が身の上話を語るも、彼自身により遮られた。 「俺は金のために闘っている。それに団体戦で活躍出来れば、薄給のイレギュラーリーグと違い、給料の良いASUMAと契約できるからな」  彼はこの団体戦で毘沙門館の誇りというよりも、金のために闘う空手傭兵だ。  しかし、金のためだけに闘うのではないことだけは理解できる。 ――俺はお前と違って遊び感覚で参加してるんじゃないんだよ。  彼が練習試合の前にいった言葉である。 「悪かったな……」  掴んでいた手を離す。  伊藤もまた同じく家族を背負っていたからだ。 「お伝えしていませんでしたが、伊藤さんにも契約金を支払っているんですよ」 「え……?」 「帰ったら奥様に聞いてみて下さいな。もし今回の団体戦で毘沙門館が勝利したら、更にボーナスをお支払いします」  山村はニコリと答える。そういえば合宿前に妻の了承は得たと言っていた。  『気合入れて参加してこい』  妻からの伝言の意味が即座に理解出来た。 (あいつ……)  伊藤は額に手を当てた。妻のちゃっかり具合に感心するしかない。 「伊藤さんとモリカさんに、おさがりの専用BU-ROADをご用意しています。実はその残り1週間で最終調整をしたいんですよ」 「専用だ?あのオレンジ色でいいぞ」  これまで伊藤はノーマルオレンジを使い続けていた。  本人にとって使い慣れたものを使用したい。 「量産機で勝てるほど甘い世界じゃありませんよ。伊藤さんには崩山のプロトタイプを、モリカさんには朧童子のプロトタイプをカスタマイズしてご提供します」  合宿期間中、裏で伊藤とアルーガのモーションデータを採集していた。  今回の合宿は三人のために行われたものと言ってもよかった。  伊藤は山村を見ながら言った。 「よくわからんが、そっちがそう言うなら任せるよ」 「ご安心下さい。ASUMAのメカニックは皆優秀でございます」  二人のために専用BU-ROADが用意される。  それを聞いた謙信はワクワクしながら尋ねた。 「あ、あの俺には用意してくれるのか?」 「残念……団体戦の大将戦はノーマルカラーズ同士の量産機戦です」 「そ、そんな」  ガックリと肩を落とす。  自分にも専用BU-ROADが用意されると期待していた。 「ですが、ギミックなしでの改造は認められております。それを館長にご提供致しましょう」 「やったぜ!!」  喜ぶ謙信であったが背後に人の気配を感じた。  振り返るとレックス北山とタツジ、そしてWakakoがいたのだ。 「お、お前らはーっ!!」  北山はマッスルポージング、タツジは腕を組んで仁王立ち。  そして、Wakakoは色めかしい妖艶なポーズだ。 「謙信君!魔改造した特別量産機に耐えうる肉体を一緒に作ろう!」 「この1週間で君の肉体を異世界転生させるからね」 「何が異世界転生だ。そんなテンプレートは断固拒否するぜーっ!!」 「……待ちなさい」  謙信はダッシュで逃げようとするも、Wakakoにサブミッションを極められる。  アームロックだ。 ――メキ……メキメキ…… 「ぎょえーーっっ!!な、何だこの女……ヴォルク・ハンかよ!?」 「逃げちゃダメじゃない」  そして、予め用意されていたロープで縛られた。  かなり手際が良い。古武道に伝わる捕縄術である。 「な、何ィ?!」 「言い忘れてましたけど、Wakakoさんは古武術家でサンビストでもあります。彼女から関節技を徹底的に学んで下さい」 「打撃など所詮は子供のケンカよ……私が1週間キッチリと叩き込んであげるわ」 「い、嫌だ……た、助けてくれ!!」  謙信は暴れるものの動けない。Wakakoの捕縄術は完璧だ。 「ダメよ坊や。私のロープテクニックは完璧なんだから」 「だいたいこういうのは、強化合宿中にやるもんだろ!?」 「団体練習とパーソナルトレーニングは別さ」 「さァ一緒に行こう!力こそパワーだ!!」  北山とタツジに神輿みこしのように抱えられる。 「ちょ、ちょ、ちょ、止めて下さい。ちょ、神輿みこしやないねんから!ちょっとー!!」  その言葉を最後に謙信は3人に連行されていった。  暫しの沈黙の後、伊藤は言った。 「あいつらが出場した方がいいんじゃないか」 「彼らは毘沙門館じゃありませんので」  アルーガは一人溜息を吐く。 「毘沙門館はいつからコント集団になった」 ・ ・ ・  その頃、先に戻ったは岡本邸に寄っていた。 「しかし、デカい屋敷だね。空手は儲かるんだね」  だが、何故かルミもいる。理由を尋ねても答えようとはしない。  仕方なく、そのまま亜紅莉を迎えに来た。 「……というわけで暫く戻らないよ」 「そっか……ケンちゃん大丈夫かな」 「アイツはまだあそこで鍛えた方がいい。伊藤のおっさん達も残っているし心配はいらん」  心配するいさみにルミはそう答えた。 「ところで何故君まで?」 「アンタの妹とキチンと話がしたくてね」 「……」  ルミは亜紅莉と話したいと言った。  話せないことがわかっているのにも関わらずだ。 「この機会だ。亜紅莉って子とゆっくり顔を見合わせたい」  何故そんなことをするのだろうか。  まさか柚木が亜紅莉のことを話したのか……疑念が湧き起こる。 「すまないが亜紅莉は……」  蒼は断りを伝えようとするが、ルミは靴を脱いで上がり框を昇る。 「邪魔するよ。その妹さんとやらはどこだい?」 「えっちょっと……」  彼女はお構いなしに中に入っていく。  蒼は焦る。自分の許可なしにそんなことをしていいはずがない。  それはいさみも同様だ。亜紅莉に関しては触れてはいけない繊細な部分だ。 「待てよ。亜紅莉は口がきけないんだ」 「そんなことは知ってるさ」 「妹は心を許した人でしか……」 「兄貴が過保護でどうする」  ルミは少しきつい口調で言う。  蒼が妹のことを守り過ぎている。  余計なお世話とは思う、がこのままではいけないような気がした。 「あの子も子供じゃないだろ。外の世界を知ることで人は成長するんだ」 「知った口を聞くな!!」  怒声が響く。蒼の顔が怖い。  言葉も少し関西訛りが入っている。感情が剝き出していた。 「そ、蒼さん」  今まで見たこともない蒼の姿にいさみは驚いている。 「勝手な事をするな……妹は俺が認めた人間にしか会わせない」 「それはアンタが決める事じゃないだろ」  重い空気が流れる。 (ルミちゃん何考えてるんだろ)  団体戦の前に、いさみの中で不安が生まれる。  三人の中で暗い空気が流れた時だった。 「……」  亜紅莉の姿がそこにあった。

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