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「亜紅莉……」 「……」  蒼とルミが揉める中、亜紅莉が出て来た。  それと同じくしてバタバタと足音が奥から聞こえて来た。 「怒鳴り声が聞こえたがどうしたんだい」  のか子である。どうやら異変に気付いたらしい。 「亜紅莉帰るぞ」 「……!!」  蒼は亜紅莉の手を引っ張り急いで後にする。  何とも言えない緊張感が残っている。 「ちょいと何があったんだい?」  のか子はいさみに尋ねるも下を向いたままだ。  気まずさを紛らわすようにルミを見て尋ねた。 「ところでそちらは?」 「えーっと彼女は……」  いさみが紹介しようとするも、ルミは黙したまま岡本邸から出て行った。  のか子は不思議そうな顔でその後ろ姿を見ている。 「ひょっとして蒼さんの彼女かい?」 「……」  岡本邸には重い空気感が残っていた。 ・ ・ ・ (しかし参った)  蒼とルミのひと悶着と同じくして、一人眉をしかめる男がいた。  謙信達の父親である画家の多聞だ。  とうとう亜紅莉の絵が完成したので見に来ていた。 (あの絵……)  亜紅莉は団体戦が決まったのと同時に絵を描いていた。  題名は『龍と女』。 (何を意味するのやら)  多聞は腕を組み凝視している。 (フム……)  その絵は禍々しい日本画であった。  夜叉と化した女が龍を刀で斬っている。  龍の体からは血が噴き出しながらも火を吐き抵抗する。 (……恐ろしいな)  体が僅かに震えていた。 ・ ・ ・  蒼達は喫茶ゴーシュの前まで来ていた。  亜紅莉は兄を見つめている。彼女は指を動かす。 (怖い)  怖い。そう彼女は怖いと言った。  蒼は妹を見つめ口と指を動かす。 「何が怖いんだい?」 (最近の兄やんは怖い) 「俺が怖いだって……」 (鬼に取り憑かれている)  亜紅莉の言葉を聞き動揺した。  鬼に取り憑かれている――もしや亜紅莉はあの事に気付いているのか。  それとも……。 「間宮……いや鬼塚蒼さんですね?」  その時だった。ヨレヨレのスーツ姿の男が現れた。  年齢は40半ばか。咥えタバコをしている。 「誰だあんたは……」 「月刊マジBANASHIの大島と申します。実はあなたと柚木さんの関係を……」  大島は傍にいる亜紅莉の存在に気付いた。 「君は確か亜紅莉さんだったね。調べによると君と柚木さんは……」  その時だ。蒼は首筋を掴んだ。 「ぐえっ?!」 「深入りするな」 「ひ、ひィ!」 「殺すぞ……」 ――カシャ!!  カメラのシャッター音が聞こえた。  大島の首から手を放して周囲を見渡す。  すると物陰にカメラマンらしき男が隠れていた。 「よーし!特ダネゲットだ!!」  大島とカメラマンは二手に分かれて逃げ出した。  められた……蒼は焦る。  ゴシップ記事は無視すればいいが、ひょっとすれば亜紅莉の過去まで暴かれるかもしれない。 「クソ……!」  一体誰が自分と柚木の関係をリークしたのだろうか。 「……」  亜紅莉は不安そうな顔だ。そして彼女は指を動かす。 (綾那さん……東京にいるの?) ――しまった!  蒼は心の底からそう思った。亜紅莉は柚木が東京にいる事を知ってしまった。  幸いあの事件が柚木が発端として起こったことに気付いていない。  いや、教えないでいた。  もし亜紅莉が真実を知ったらと思うと戦慄する。  柚木の裏切りを知れば、妹の心は完全に壊れるかもしれないと思った。  彼女の謝罪を受け入れないのはそのためもある。 (どうすれば……)  亜紅莉が傷つくことがあってはならない。  蒼は途方に暮れた。その時だった。 ――ギャアー!  人気のいない通りで悲鳴が聞こえて来る。  曲がり角から誰かがやってくる。 「ここは迷路みたいなところだね」  藤宮ルミだった。 「ね。三流誌らしいジャーナリズムだ」 「お前……」  手にはカメラを持っていた。どうやらカメラマンから奪ったらしい。  中には大衆が喜びそうな衝撃写真が眠っている。  人気機闘士マシンバトラーが記者に掴みかかる写真だ。 「あのカメラマンは?」 「後ろから締め上げた。たぶんバレてない」  ルミは亜紅莉の顔を見る。 「会ったのは一回きりだね」  コクンと頷く。 「いい顔をしている。バカ兄貴が心配するほどでもない」  蒼は警戒している。  右足を後ろに開き何かあれば飛びかかれる体勢だ。 「俺を脅しに来たのか?」  ルミは無言でカメラを蒼に投げ渡す。 「チームメイトを脅すヤツがどこにいる」  そう述べた。  ルミは兄の後ろに隠れる亜紅莉の顔を見ながら言った。 「その子の眼を見たかった」 ――サァ……  風が流れた。それはどこか優しく暖かい。 「力強い眼をしている」  亜紅莉はルミを黙って見つめていた。  一方の蒼は構えを解く。 「さっきは悪かったな」 「いや……あたしもさ。それより聞きたいことがある」  ルミは意を決する。  鬼塚という名前から何やら思い出したことがあったからだ。 「野良犬が『鬼塚』と言ってたけど。まさかアンタが不動流の〝龍〟――鬼塚蒼かい?」  蒼は目を閉じ、そして静かに開いた。  何かを想い、決心したようだ。 「そうさ、俺の本姓は間宮ではなく鬼塚だ。久しぶり……かな」 「大昔に一度会っただけだからね」 「藤宮流がORGOGLIOに出た時は驚いたよ」 「成り行きさ」  ルミは後ろを振り返る。 「団体戦はお互いに頑張ろう」 「ああ……」  ルミは2歩、3歩と足を進める。  蒼は彼女の背中を見ながら言った。 「藤宮ルミ……頼みがある」  何も言わずルミは立ち止まる。 「柚木に伝えてくれ、あんたを許すことが出来ないと」 「わかった」  二つ返事だった。  綾那と蒼達の間には何かあるのだろう。  だがそれ以上は聞かない。これ以上自分が踏み入ってはいけない世界だ。  最初に亜紅莉と出会った時からその眼を見たかった。  儚げな中にも力強い何かを感じた。  一見すると今すぐにでも壊れそうな繊細さがあるかのように思う。  だがそれは早計な判断だ。彼女もまた心の中に龍を飼っている。 「……」  亜紅莉は蒼を見ていた。 (不思議な人だね) 「ああ……」 (それよりも兄やん……お願いがあるんよ) 「何だい?」 (綾那さんと会いたい)  蒼は首を振る。 「絶対ダメだ……ダメなんだよ」 ・ ・ ・  翌日。  東京・ホテルイシダクロスにて、毘沙門館VS星王会館の調印式が行われていた。  星王会館側には信玄を始めとした選抜メンバー全員が揃っていた。  一方の毘沙門館側には蒼しかいない。 「無礼じゃないですか。あなた以外誰も来ないなんて」  そう述べたのは昴だった。蒼は笑って答える。 「皆忙しくてね」 「当日のサプライズとして、メンバーは伏せさせて頂きます」  蒼の隣にはスポンサー企業代表として小夜子が座っている。  毘沙門館側は謙信と蒼以外のメンバーは謎だった。  信玄が小夜子を見ながら言った。 「噂では藤宮ルミの出場があると聞き及びましたが?」  どこで話が漏れたかわからないが、スポーツ紙や雑誌で既に報道されていた。  小夜子が蓮也と密会するところを写真に撮られていたのだ。 「もう公表しましょうか。事実です」  会場がザワつく。当然である彼女は毘沙門館に所属していない。 「彼女は本日より毘沙門館名誉初段となります」 「オイオイ!ふざけんなよ!!」  星王会館のファイアンが机を叩き喰ってかかる。  小夜子は微動だにせず答えた。 「何か問題でも?」 「毘沙門館が試合前から、そんなインチキ使ってもいいのか!」  ファイアンの抗議に対し蒼は皮肉を言う。 「インチキか。毘沙門館の類似品に言われてもね」 「んだと?!」 「やめろって!」  今にも飛び掛かりそうなファイアンをシームが止める。  ザワつく会場であるが小夜子は話題を変えた。 「それよりも、星王会館はウラノスを出さなくていいんですか?」  信玄は憮然とした表情だ。 「ウラノスはBBB級トリプルバトルの選手ですから」 「今回、WOAの特別ルールで機闘士マシンバトラーの選出は自由です。ウラノスを出さなくても勝てるということでしょうかね?」 「そういうことになりますね」 「嘗めているんですか?」  緊張した空気が流れる。  既に心理戦が始まっていた。お互いに言葉の牽制を投げ合う。  その場を取り繕うかのように中台は言った。 「さ、小夜子さん、私達としては毘沙門館の純粋戦士に出てもらいたいところがあるんですが……」 「おかしなことをおっしゃいますね。ウラノスは星王会館に所属しているだけでしょう?」  またもや会場がザワつく。  世間の認識はウラノスは星王会館所属の空手家だ。  だが、小夜子の言葉ぶりから違うようだった。  「ねえ葛城館長。そちらに並ぶ方々も純粋な星王会館の空手家ですか?」 「痛いところをつきやがる」  信玄は苦虫を潰したような顔になった。  実のところ昴以外の選手は、他競技で名を馳せた選手だった。  各人、信玄が引き抜き工作をして数年前に招き入れたのだ。 「よろしいですかね。こちらの契約書にサインを……」  WOAの協会員が契約書を取り出す。  まずは毘沙門館の代表として蒼がサインをする。 (……やっぱりか)  昴はサインする蒼の腕を見た。そこには薄っすらと傷跡がある。  彼女は一人笑っている。隣に座るエルデが言った。 「何か面白いことでもあったのか?」 「いえ別に……」  続いて信玄が契約書にサインをする。これで決まった。  毘沙門館VS星王会館の星毘戦争の始まりである。

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