「いよいよゲオルグの試合か」 もうすぐ準々決勝4回戦が始まる。 魁道とルミの二人は観戦に訪れていた。ゲオルグの試合を見るためだ。 「パ、パパ」 ルミは魁道の道着の袖を引っ張った。ある〝大物〟がいることに気づいたのだ。 「威場さんがいる」 「イバさん?」 コスモアリーナの試合場に一際目立つ大男がいた。 男の名はゴリアテ威場。本名は威場正栄。 ライジングプロレスの社長兼プロレスラーである。 身長208㎝体重148kgの恵まれた体格を持つ、日本マット界のビッグネームだ。 「ギガントコーンのCMに出てる人だよ」 「ああ!ギガントコーンの人!!」 威場の姿を見てもピンとこない魁道に、ルミはギガントコーンというアイスクリームのCMの話題を出す。 そのことを聞いて魁道はやっと思い出した。好きなアイドル歌手と共演してるでっかい人だ。 「ギガントコーンの人が何故……」 「次の試合に、正火流の人が出るからよ」 振り返ると、そこには魁道が1回戦で対戦した岡本謙信の姉いさみがいた。 「い、いさみちゃん!」 「……いさみちゃん?」 ルミが疑うような目で父親を見ている。 いさみの容姿は父親が好きなアイドル歌手と同じく、ショートカットで可愛らしく清潔な雰囲気だったからだ。 「まさか不倫を!?」 「アンポンタン!そんなことしたら詠に殺されるわい!」 「この子はおじさんの娘さんですか?」 「ん……ああそうだが」 いさみはルミに挨拶をした。 「よろしくね。あなたのお父さんと試合した岡本謙信の姉です」 「あの時の相手か」 ルミはいさみの顔をジッと見ていた。 あの小坊主の姉とは思えないほどの可愛らしい顔である。 (遺伝子どこいったんだ) 「ところでいさみちゃん。正火流って?」 「正火流ってのはですね……」 ○ 正火流空手 時は数十年前……。 威場は『明るさや楽しさの中にも、プロレスには強さが存在する。プロレスの強さに対して疑問視する者は、如何なる挑戦を受ける』との発言を雑誌上掲載。 この発言を受けて、ゴリアテ威場に挑戦状を叩きつける者が現れた。男の名は火国梅拳、三重県出身の空手家である。 試合は様々な事情が重なり中止となったが、火国は自分の挑戦をスター選手である威場が快く承諾した姿勢に尊敬の念を抱いた。また威場はリスク覚悟で挑戦する火国に対して一目置くようになった。 二人はその後交流を深め、威場の本名である正栄の〝正〟火国の姓である〝火〟からそれぞれ一字ずつ取って『正火流』を創設するに至る。 ・ ・ ・ 〝有段クラス・無差別級 準々決勝4回戦〟 ゲオルグ・オットー(フリー)VS 三宅一生(正火流) 『準々決勝も最後と相成りました!』 実況の遠藤一郎は放送席でそう叫んだ。 三宅一生。ライジングプロレス所属の若手レスラーである。 リングネームはキラウエア三宅。 年齢は26歳。髪型はソフトモヒカンで岩のような体をした男だ。 正火流出身の空手家でもある。 『タニヤマさん。プロレスラーの彼が何故出場したのでしょうか?』 『正火流とプロレスの強さを証明したい、とのことで出場したようです』 『お~っと!セコンドにはゴリアテ威場がついているようだ』 ゴリアテ威場がパイプ椅子に座りセコンドにつくと、一斉にカメラのフラッシュがたかれた。 この試合はマスコミ各社も注目しているようだった。 大学新聞部所属のいさみも急いでカメラのシャッターを切る。 「威場さんをカメラに収めれるなんて……今日は来てよかったわ!」 「試合するのはあのあんちゃんだろ……」 眼を輝かせるいさみに、ルミは突っ込みを入れていた。 「お客さんがいっぱいだぜ」 周囲を見渡しながら三宅が述べる。 だが、ゲオルグは返事もせず黙したままである。 「サムライだね」 少しニヤけた口調で呟いた。セコンドにつく威場も黙って腕を組み見守るだけだ。 「構え……はじめッ!」 試合開始の太鼓の音が鳴る。これまでの試合と比べると観客の歓声が大きい。 試合会場にはプロレスファンも多く、三宅や威場の姿を見るために来た観客も多いからだ。 ゲオルグは握拳で顎と鳩尾を守る構えをとる。 一方の三宅は両手は開手でアップライト気味に構える。 「デャッシャーッ!!」 先に仕掛けたのは三宅だ。 空中を飛んでいる。それは空手の蹴り技というよりも……。 『ド、ドロップキックだ―――ッ!!』 プロレスの基本中の基本技ドロップキックを繰り出したのだ。 胸に受けたゲオルグは、観客席近くまで吹き飛ばされる。 もうすぐで試合壇上から落ちているところだった。 『空手の試合でドロップキック!中量級の体格しか持たないオットー選手が吹っ飛ばされた!!』 『んあ~体重が軽いと不利ですね』 この当時のゲオルグは鍛えられていると言えども体重は軽い。 今大会の出場クラスは無差別級だ。 上背はゲオルグよりも劣るも、圧倒的な筋肉量と体重では三宅に軍配が上がる。 「場外!戻って!!」 吹き飛ばされたゲオルグは試合場に戻るも場外により減点をとられる。 両者は構え直し試合を再開する。 「減点1……続行ッ!!」 三宅は構えもせず、そのまま近づいてきた。 ゲオルグは中段突きの連打や下段蹴りを見舞うも、岩のような体を持つ三宅にダメージはない。 「体重が軽すぎるんじゃないか?」 そう言うとゲオルグの鎖骨に手刀を叩き込む。 骨に直接ダメージが伝わる。一瞬であるが、ゲオルグの重心が上がった。 その隙を三宅は見逃さない。 「テイッ!!」 ゲオルグの右胴部にミドルキックがまともに入った。 「ありゃ、めっちゃ効いとるぞ」 魁道が眉をしかめて言った。 ゲオルグの構えが崩れる。構えが崩れるということは隙が出来るということだ。 その隙をプロである三宅が見逃すはずがない。 左下段蹴り、右中段の三日月蹴り、ボディへの連打を次々と叩き込む。 『これは滅多打ちの一方的な展開だッ!!』 『効いてる、効いてる。空手の技とプロレスのパワーの融合……これも一つの新しい空手ですね』 三宅は正確にゲオルグの急所を攻め立てていた。 一見粗く見えるものの、鎖骨打ちや三日月蹴りといった器用な技も繰り出している。 プロレスで鍛えられた強靭な体から放つ空手の技は強烈である。 (いつの間にか……俺は鍛えられていたんだな) 師である火国梅拳は言った。 『プロレスでメシが食える頃には、空手も強くなっている』と。 (先生……あんたの狙いがわかったぜ!) 師は正火流空手を更に発展させ、弟子が空手である程度の生活をさせるために送り出していたのだ。 プロレス流の鍛練で肉体は強化され、グラウンドテクニックも見につく。 また知名度もある程度上がり、道場を開設した際には弟子が集まりやすい。 (試合を盛り上げるためにローリングソバットをするか) 三宅はクルリと旋回し、飛び後ろ蹴りを鳩尾に叩き込んだ。 打ち込まれたゲオルグは九の字に体が崩れる。 『決まったーッ!タイガーマスク顔負けのローリングソバットだッ!!』 この外国人を倒して、次の準決勝にも進み観客からの声援を受ける。 三宅は一種の声援ジャンキーに陥っていた。黙して座っていた威場の口を開く。 「自分の体を過信するな」 どういう意味だろうか……このままラッシュをかけて倒すだけだというのに。 そう思った時だ。腹部に針で刺すような痛みが伝わる。 「ガハッ!?」 三宅は自分の口から出たものが何か気になった。 自分の口元を触り確認する。それは血であった。 その姿を見て、試合を観戦する魁道は呟いた。 「不動流の技を開放したか」 「な、何が起こったんですか?」 いさみの疑問にルミが答える。 「腹に掌底を入れたんだよ。それもこう二つ重ね合わせて……」 ルミは左掌に右掌を重ね合わせ実演する。 鎧通しと呼ばれる肉体内部へとダメージ与える技である。 中国拳法の発勁とよく似た打撃法である。 「型にあっても、実戦で出来るヤツは少ねェのが現状だ。それを実践出来るレベルまで仕上げた。努力と鍛練を繰り返したんだろうよ。ただ……」 魁道は論評し、続いてゲオルグの手を見て指摘する。 左手掌に右手掌を押し込んだことにより、左手の甲が赤く膨れ上がっていた。 「左手は使えなくなった。まだまだ実戦で使うには早すぎたようだ」 『謎の吐血だ!』 吐血し呆然と立つ三宅。審判は一旦試合を止め尋ねた。 「出来るか?」 「当たり前だろ!」 その時だった。 『セコンドのゴリアテ威場がタオルを投げ入れた!』 先程まで戦況を見守っていた威場が立ち上がり、タオルを投げ入れたのだ。 実に格闘技……否プロレスらしいギブアップ宣言である。 「しゃ、社長……どういうことですか?!」 「これ以上試合を続けたら、君の体が壊れる」 威場はそう言った。 確かにプロレスラーの肉体は超人的な強さを誇る。 その肉体の強さがあるからこそ〝受けの美学〟が存在している。 だがその強さを過信して、あらゆる攻撃を受けてしまう悪癖がある。 「俺は大丈夫です!まだ試合は出来ます!!」 上司の命令に背き吠えた。 それを見たゲオルグは再び構える。それは試合続行の意思表示だ。 「よし……」 三宅も構えをとった……が、それを最後に意識が途絶えた。 威場が三宅を絞め落とした裸締めだ。 完璧な裸締めは、瞬時に相手の意識を奪い取る。 『乱入した威場が森山を絞め落とす!』 実況席の遠藤が試合の行方を気にする。 このトラブルに対し、大会主催者である信玄はマイクを手にして対処する。 「この試合ですが、セコンドのタオルを投入により三宅選手の棄権と判断。勝者はゲオルグ・オットー選手とします」 威場は無言で三宅を担ぎ上げ試合場を後にする。対するゲオルグは深々と礼をしていた。 その光景を見た観客達は歓声を上げた。 逆転に乱入、空手の大会で実にプロレスらしい試合が見れたからだ。
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