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「裏切者のあんたと対戦出来て嬉しいぜ」 「伊藤さん……」 「俺はあんたの話を聞く気はない」  いよいよ準決勝3回戦が始まろうとしている。  試合壇上では、既に二人の空手家が軽く会話し相対していた。  一人は伊藤二郎、齢27歳。細身であるが引き締まった体をしている。  針金のような強靭な体であることが見て取れる。眼は狼のように鋭い。  毘沙門館空手4段の実力者。  大会入賞歴は少ないが、非公式の試合や対外試合で好成績を収めている隠れた強豪だ。  もう一人は角中翼、こちらも齢27歳。長髪を後ろで結び束ねている。  優男風で物静かな雰囲気をしている。  こちらも毘沙門館空手4段。道場で指導員を務めている。  理論的な指導には定評があり、性格も人格者と言われるほど穏やかだ。  ここへ来て、毘沙門館同門対決の実現である。  〝有段クラス・無差別級 準々決勝3回戦〟  角中翼(毘沙門館)VS 伊藤二郎(毘沙門館)  実況席の遠藤とタニヤマが二人の関係を説明する。 『タニヤマさん。ここに来て同門対決となりましたね』 『しかも、この二人は高橋夏樹なつき先生の弟子ですからね』  高橋夏樹。愛媛県松山市出身。  元々少林寺拳法をやっており、高校卒業を契機に上京。  単身毘沙門館へ道場破りに行くが、岡本毘沙門に敗北し弟子となったのは有名である。  その数年後、関西へと渡り支部道場を開設する。  弟子には、今大会の主催者である信玄やこの試合で対戦する角中や伊藤がいる。  そんな関西空手界の重鎮である高橋だが、数年前に体調を崩し病気療養中である。 『二人は毘沙門館の大会での入賞歴は少ないようですが……』 『入賞歴は関係ありません。現にこうして勝ち上がって来ているワケですからね。業師である二人の対戦は注目ですよ』 『それは大変失礼致しました。では……まもなく試合開始です』 「構えて……はじめッ!」  試合開始の合図が言われる。  両者とも開手で、急所が点在するセンターラインを守る構えだ。 『出ました!護身空手を追求する高橋先生直伝の構えだッ!!』  オーソドックスなフルコンは、殴り合いを想定して正面の構えをとる。  だが二人は半身気味の構えだ。師である高橋は〝円の組手〟を提唱しているためだ。  パワー空手へのアンチテーゼ。それが高橋のテーマである。  そのテーマから着想して相手の攻撃を捌き、流し、死角へと入り込み反撃するシステムを作り出す結果となった。  それは直線的な動きをする毘沙門館とは真逆の空手だった。  毘沙門館・高橋道場の空手は組織内で異端とされ、岡本毘沙門の空手を否定するものだと非難された。  しかし、岡本は『空手とは芸術なり。高橋空手も毘沙門館の空手である』と認め、逆に師である毘沙門が参考にするほどであった。  それほど実戦的な護身空手であるものの、高橋空手は競技においては不利だった。  フルコンでは顔面を認められておらず、背後からの攻撃や関節蹴りは禁止されている。  また手数とパワーが重要なフルコンの試合において、高橋空手は審判への印象が悪くなり負けることが多かった。  そのため伊藤も角中も毘沙門館の大会に出場したことが少なく、道場内での非公式試合や他流派への対外試合に出ることが多かった。 「葛城のような商売人につきやがって」 「それは違います。私は高橋先生の空手を違う形で世に知らしめたく……」 「言い訳は聞きたくねぇぜ!!」  伊藤は素早く斜めに入りながら突きを繰り出す。  センターライン……つまり相手の正中線から外した突きだ。  正面から攻めるのではなく、斜めに入り込みながらの攻撃を入れる。  その方が相手からの反撃をもらうリスクが少ない。 「ぐっ……!!」 「チェリヤッ!!」  角中はまともにボディに突きを入れられて動きが止まった。  伊藤はそのまま背後に回り込み上段蹴りを見舞うも寸止めした。 「後頭部への攻撃は反則だぞ!!」 「だから寸止めしたんだろうがよ」  審判が注意するも、伊藤は反論し試合中央に戻った。 「伊藤さん、これが実戦ならあなたの勝ちでした」 「てめェ……手を抜いてるな」 「一撃目は受けようと思っていました。これで満足しましたか」 「フザけたやつだ」  同じ釜の飯を食った二人の中で、一体何があったというのか。  今大会の主催者である信玄は、大会終了後に毘沙門館からの独立が噂されている。  ここ関西には高橋の薫陶を受けた弟子が多くおり、葛城も高橋の弟子の一人であった。  毘沙門館の関西支部拡大には信玄の貢献が大きく、彼の影響力が強い支部が多い。  もしこのまま独立を許すと、葛城側につくものが多く関西での空手勢力図が変わってしまう。  また高橋の子である昴は、師の依頼で幼い時から角中の道場で修練を積んでいる。  このまま角中が葛城側につくと、彼を慕う昴もそのまま葛城新道場の門下になる可能性が強い。  それは高橋の裏切りと同様に、毘沙門館への侮辱であると彼は強く思っていた。 「私は葛城さんと新しい空手を作るつもりです」 「あの商売人は他人を利用するだけの男だ。空手家じゃない。お前は騙されているんだ」  伊藤はチラリと信玄の方を見た。彼は信玄を蛇蝎の如く嫌っている。  高橋の護身空手を競技空手へと変貌させたことが許せなかったのだ。  それは修行としての空手、護身術としての武道への取り組みを目指す師への侮辱行為だと思った。  また信玄はハンエーとの繋がりを見るように、企業や政治家との深い繋がりを持っている話がある。  新道場の宣伝に、これからORGOGLIOに門下生を派遣する噂も聞いていた。  そんな彼の派手で商売的なやり方を忌み嫌っていた。 「あなたは勘違いしている。私は高橋先生の空手をより発展させたいと思っているんです」 「発展だと?」 「そうです。高橋空手の形だけに囚われては、何れ弊害を招きます。その弊害は必ず技を錆び付かせる」 「何が言いたい……」  その問いと同時に角中は構えを変えた。  半身ではなく正対して構えをとる。  手は一般的なフルコン風に軽く拳を握っている。 「変革を拒んだものは何れ滅びる。競技化も結構……それで高橋空手が進化発展出来るのならば良し」 「あんたには失望した」  伊藤と角中は同期の間柄だ。  共に高橋の空手を学び、汗をかいてきた。青春の数々……良い思い出だ。  だが全てが狂い始めたのは、高橋が病で倒れた時からだ。  信玄が師が倒れたのをいいことに、幅を利かせ始めたのだ。  雑誌やネットでの派手な宣伝、大会への積極的な参加と開催。  そこまではいい。  一番許せなかったの事は高橋空手を否定する言動をとったことだ。  『高橋空手では人は倒せない』と。  そんな葛城が、毘沙門館から独立して新しい道場を作るという話を聞かされた。  自分は勿論断ったが、角中は信玄についていくと言うのだ。  ショックが大きかった。それと同時に許せない思いが強くなった。  今大会に出場したのも自分が優勝することで、信玄に恥をかかせてやりたい気持ちと友人を説得したい気持ちがあったからだ。 「セリヤァッ!!」  伊藤は前蹴りを放つ。  そこから左右に体を振りながら死角へと入り、ワンツーのパンチをボディに入れる。  だが角中は攻撃を避けなかった。 「効かせる打撃が少ない……それが高橋空手の弱点なのです」  元々高橋空手の打撃は、相手の体勢を崩す意味での役割が大きい。  本来であれば、打撃で相手の態勢を崩し関節蹴りや足払い、死角からの後頭部への肘打ちや上段蹴りを放ち勝負を決める。  しかし、競技空手ではこれらの技は反則を取られる可能性が大きい。  つまり高橋の空手は打撃での破壊力を重要視していない。次への技に繋げるための布石である。  効かせる打撃ではなかったのだ。 「ハッ!!」  角中は反撃として、重い突きの連打を伊藤のボディへと打ち込む。  玄鵬大学の秋山のような突きであるが、それは場外へと押しやる意味での使用ではない。 「く…ッ?!」  伊藤の体が後方へと仰け反るような形へとなった。  体勢が崩れたような形となり、そこへ重いローキックが放たれた。 (お、重い……!!効……ッ?!)  重いローキックにより、伊藤の体は更に体勢が崩れる。 「いいぞ角中。これが高橋空手を更に進化させた葛城空手だ。亮に教えた空手は実験段階のもの、これが俺の目指している空手ってヤツだぜ」  大会主催者席に座る信玄がそう言った。  秋山に教えたものは所詮はフルコン競技用のものだ。  目指す空手は二律背反としたパワーとテクニックの融合である。 「終わりにしましょう」 (中段蹴りか?!)  左のミドルキックが放たれ、伊藤は両手で中段を防御する形をとる。  だが、股関節を内旋させ軌道が変化する。  そして、蹴り足は頭部へと振り下ろされた。  ブラジリアンキックと呼ばれる変則蹴りだ。 (しまった……変則での蹴り!こんな蹴り……いつ覚えやがった……)  勢いよく頭部を蹴り込まれ、伊藤の意識はそこでシャットダウンされた。  実況席のタニヤマは叫ぶ。 『効いてる、効いてる!変則の蹴りを放つなんて角中選手も器用になりましたね』  そのまま糸が切れたマリオネットのように倒れ込んだ。  その姿を見て、審判は試合終了の宣言をする。 「一本ッ!」 『同門対決を制したのは角中選手だッ!!』  遠藤の実況と共に観客達は歓声と拍手を送る。  角中は手を十字に切り、試合壇上から降りていった。 「師範……」  試合を終えた角中に昴が話しかけてきた。  その目は悲しげだった。  昴も伊藤とは顔見知りで、組手の指導やアドバイスを受けたことがあるから。  担架で運ばれていく伊藤。彼にはセコンドがいない。  一人でこの大会へと参加し、誰のサポートも受けずベスト8まで勝ち上がってきた。  孤独な彼を見て角中も昴も、悲しい顔で見送るしかなかった。 「私……師範についていきます」 「昴さん本当にいいんですか?」 「私は高橋夏樹……父を超えるような武道家になると決めましたから」

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