古武道の典型的な技『小手返し』をかけられ地面に叩きつけられた。 倒れこむノーマルレッドの顔面を狙うノーマルインディゴ。顔面破壊のKO狙いだ。 「小手返し!ポピュラーな古武道の技だよ~んッ!!」 実況のマスク・ド・カボスは試合状況を説明する。そう小手返しは古武道の典型的な立ち関節技の一つである。 小手返しは刀を持つ相手を想定していると言われ、対日本刀を想定する古流柔術でも演武などで頻繁に披露される。 「これは屈辱!古武道家が『小手返し』で転がされちゃったよ~ん!!」 古武道家が演武で披露するような見事な小手返しを極められたのだ。 マスク・ド・カボスの言う通り、彼女にとって屈辱以外何物でもない。 「潰れたトマトにしてやるぜ!!」 ルミが搭載するノーマルレッドの顔面へ拳が振り下ろされる。 その軌道は地面へ真っすぐと……まるで試し割のように振り下ろされた。 このシチュエーションは、焼肉店でルミがタザワーを仕留めた時と同じ状況だ。 「あの時と同じ状況だよな!あばよ古武道女!!」 「残念だったね!」 ノーマルレッドは素早く後転。 ノーマルインディゴの攻撃を躱し鉄拳は地面に叩きつけられた。 床面は若干のひびがはいっている。 「こいつ逃げるなよ!」 ノーマルインディゴは間合いを詰めてローキックを放つ。 ノーマルレッドはローキックを大腿部を上げてカットした。 矢継ぎ早に、ノーマルインディゴはワンツーを放った。 「そりゃッ!」 「ちィッ!!」 ルミはワンツーをいなし、受け流した。ここまでの状況を見て観客達は声援を送る。 「劣勢だぞ古武道のねえちゃん!」 「秘伝はどうした!」 セコンド席でこの状況を見守る蓮也達。カミラは冷静に試合の状況を分析する。 「……押されていますね。反撃していかないと」 「ふざけた印象が強いが格闘家として強いってことかよ……」 攻撃を終えると一度タザワーは間を置き、両手で顎をガードし深く腰を落とす。 MMAのオーソドックスな構えである。 対するルミは両手掌を開き左手は顔面、右手は鳩尾をガードし大きく構える。 藤宮流の構えの一つ〝水流れの構え〟だ。 防御の型とも言える構え。 その構えをとりながら後退し距離を取った。タザワーはニタニタしながら挑発する。 「漫画みたいな見てくれだけの構えだな」 「はよ来い」 「お言葉に甘えさせてもらうぜ!!」 ノーマルインディゴは弾丸タックルを仕掛ける。 ……だが腰を深く落とし受け止められてしまった。 「お、俺のタックルで倒れねェだと?!」 ノーマルレッドの右足が後ろに多く振り出している。 タザワーのプロテクターゴーグルには≪ヘッド機体損傷率60%≫という数字が表記され、頭部に強い衝撃と痛みが走る。 「◎△$♪×¥●&%#!」 この状況を見てマスク・ド・カボスは興奮して実況する。 「タックルを受け止めての膝蹴りだよ~ん!!教科書通りの対処法だね。タザワーにとったら屈辱としかいいようがないね!」 膝蹴りを叩き込まれたノーマルインディゴの頭部は少し陥没していた。 普通のファイターならばダウンであろうが、頑丈なタザワーは少し意識が残っていた。 (お、俺が女に負けるワケが……) 「どーれ……ちゃんと意識があるかどうか……」 「うお……!?」 意識があることを確認し、ルミは優しく立ち上がらせる。 「タフだね。まだやれそうだ」 「し、審判……ギ……ギブだ……ギブアップ……」 審判のMr.バオにギブアップ宣告を行うが……。 「ORGOGLIOは他の格闘技とは違い〝ギブアップ〟は認められず」 「え、ええ……?!」 「貴様……【ORGOGLIOハンドブック】を読んでおらんな?」 【ORGOGLIOハンドブック】 ≪試合ルール≫ 1.試合について ⑷ 選手の戦意喪失による負けは認められず。最後まで戦わなければならない。 「ORGOGLIOだけはガチ!」 「い、意味わかんねェ!」 ORGOGLIOの正戦士として団体に登録された際、新人全員に配布される【ORGOGLIOハンドブック】というものがある。 そこには団体の規定やルール等が書き込まれているのだ。彼はそのハンドブックを真面目に読まなかったようだ。 「ルーキーに配られる冊子くらいはちゃんと読むんだね」 ルミはニヤリとしながら言い、タザワーの顔面を手の甲で軽く叩く。 「ぐぇ?!サ、サミングなんて汚ねェぞ……!!」 「うるさいね」 「お、おい!審判ッ!!反則だァ!これは反則だ!!」 普通の格闘技ならば当然反則である。だがこれはORGOGLIOのBU-ROADバトルだ。 「ORGOGLIOだけはガチ!サミングであろうとローブローであろうと〝武器以外の全てを認める〟!!」 「待てよそれ思いっきり……グラップラ……ア"ア"?!」 異変に気付いた。足が地についていない。 それに両脇を誰かに抱え込まれているような感覚が伝わる。 この足の感覚は焼き肉店で投げ飛ばされた時と同じだ。ふわりとして地に足がついていない。 視界の映像がやっと元に戻った。おかしい風景だ。審判機であるノーマルホワイトが逆さまなのだ。 「藤宮流……〝鐘砕き〟ッ!!」 ノーマルインディゴの頭部をレスリングの『フロントスープレックス』に似た技で地面に叩きつけていた。 藤宮流の投げ技〝鐘砕き〟が炸裂していた。 無論、タザワーは……。 ≪ヘッド機体損傷率100%≫ ≪田澤至(たざわいたる)……KO!!≫ サッとタザワーから手を放し残心を取るルミ。審判機がノーマルインディゴにかけよる。 「破壊確認……!」 確認後、速やかに審判員であるMr.バオは宣言する。 「勝負ありッ!勝者〝藤宮ルミ〟!!」 ドドーンッ!!!(太鼓のような大きな音がスタジアムに響く) 「まさに『逆転ファイター』だね!末恐ろしい古武道娘が出現してきちゃったよ~ん!」 実況席でマイクを握りしめ、何故かクルクルと体を回転させ大興奮の実況をするマスク・ド・カボス。 その実況と共にスタジアムの観客達は大歓声を上げていた。 一方タザワーに救護班が駆けつける光景を見ながら、ノーマルブルーとノーマルイエローは呟く。 「タザワー……負けたか」 「なんてヘタレたい!BU-ROADバトルは『普通の格闘試合』じゃなかとッ!!」 「ここは過酷な戦場なのだ……ハンドブックを読まなかったのかアイツは」 「下手すりゃ生命に関わる大怪我もザラばい……甘い感覚ではこの世界では生きていけんとね」 ORGOGLIOに参加するには、甘い感覚で臨んではならない。 数年間この世界で生きてきた二人は、過酷な現状を目の当たりにしてきたのだ。 「彼は所詮〝アマチュア根性〟が抜けなかったということか」 「まァおい達、底辺の機闘士が言っても説得力なか!」 自虐する二人。この二人は機闘士となってから勝ったり負けたりと繰り返し燻っていた。その上、女性に負けたことでスポンサー企業からサラリーを減額され解雇寸前の状況だ。 そんな時にタザワーと出会い『藤宮ルミ被害者の会』を結成した。 二人は動画を見たりあるいはSNSで公募した古武道家に教えを乞い技の研鑽を積んだ。 だが、タザワーは古武道の技を少しだけ齧って練習をサボるようになった。 泥臭さが彼には足りなかった。二人が呆れる中、ルミが歩み寄ってきた。 「むっ?!」 「な、何か私達に御用かな?」 少し後退りする二人。そんな二人を見てルミは言った。 「アンタらは〝あいつ〟と違って戦士だったよ」 「ど、どういう意味たい?」 「我らは勝ったり負けたりの二流だぞ……?」 「あいつの後だからわかったよ。アンタ達は〝傷つく覚悟〟で戦っていた」 対戦してわかることもある。ルミはこれまでの4戦全ての相手から〝覚悟〟を感じとっていた。 それは〝相手を傷つけるとき〟は、自らも〝傷つく覚悟〟を持たなければならない。 それはまた格闘技だけではない。全てのことがそうである。 一方的に相手を蹂躙したい気持ちの強いタザワーにその覚悟が足りなかった。 それに比べこの二人は覚悟を持って戦っていた。 そんな彼らが、自らを格闘技界の底辺であると自虐している。それは違う。 真の底辺は、一方的に対戦相手を打ちのめしたいと思っているタザワーのような格闘家なのだ。 「一つ言っておくよ。自分達のことを底辺だと言って、自虐してるヒマがあったら鍛練しな」 「あ、ああ……」 「わ、わかったばい……」 「それだけを伝えたかった」 ルミはそういって試合場を後にした。その言葉には厳しさもあったが優しさもあった。彼女のそんな姿をずっと見る二人。 「ミスター甲斐」 「なんとね……?」 「今日から『藤宮ルミ被害者の会』ではなく『藤宮ルミを応援する会』にチェンジしてみてはどうか?」 「賛成たい。おいが会長でよかとね?」 「いいだろう……」 こうして二人だけの“藤宮ルミを応援する会”が結成するのであった。 “謎の古武道娘” 藤宮ルミ スタイル:古武道藤宮流 バランス型BU-ROAD:ノーマルレッド スポンサー企業:シウソニック ≪戦績≫5回戦 5勝0敗 VS “炎上系ネットファイター” 田澤至 スタイル:総合格闘技 バランス型BU-ROAD:ノーマルインディゴ スポンサー企業:ASUMA ≪戦績≫デビュー戦 0勝1敗 勝者:『藤宮ルミ』
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