都心から外れた下町にあるネットカフェ『シードラゴン』ここがルミの住居だ。 彼女は上京後、各地のネットカフェを転々としていた。お金がなくなれば、適当なバイトや派遣の仕事を見つけては日銭を稼ぐ。この店のインターネットを利用し、各武道・格闘技大会の情報収集をしていたのだ。 だが長期滞在は出来ない。あまりにも長くいると追い出される。しかし、ここシードラゴンは違っていた。オーナーがルミのことが気になったのか、長期滞在を許可したのだ。 ルミはデビュー以降、連戦連勝。次の試合で勝てば5勝目だ。 ORGOGLIOの規定では、BB級への昇格条件は10戦中に6勝以上の勝ち越しが必要。つまり昇格まで後1勝である。 彼女の活躍はB級であるものも、少数の雑誌・スポーツ紙といったマスコミ関係各社が注目され始めていた。 女性の機闘士が、ここまで圧倒的な強さで連勝した前例はない。 だが試合が終わると、彼女は毎回のように消えるように去っていった。 カミラは先日、ここシードラゴンにルミが滞在していることを知った。 ――トントン 「ドアを開けて下さい」 ルミは店の鍵付きの個室にこもっていた。彼女は引きこもり状態のようだ。部屋の中にいるルミはパソコン画面に向かっている。何やら動画をずっと見ているようだ。ドア越しにカミラは語りかける。 「部屋の中で今何をしているの?」 「動画視聴」 どうやら何かの動画を視聴しているようだ。そんなルミをカミラは心配する。 「女の子が一人こんなところにいて大丈夫なの。トレーニングは?お風呂は?食事は?」 「うるさいね。ほっといてくれよ」 「そうは言ってもね。マネージャーとして、あなたの体調管理も仕事なの」 会社が用意したマンションであれば快適に暮らすことが出来る。また健康機器を販売するので提携するジムで、トレーナーや管理栄養士の指導による科学的で最新鋭のトレーニングをすることが出来るからだ。 「私達が紹介するトレーナーや管理栄養士の指導を受けた方が、効率的だと思うのだけれど」 「そんなもんはいらん」 唯我独尊的な性格は調査する中で承知はしていた、がここまでとは思わなかった。 そこへ良いタイミングに蓮也がやってくる。 「ここかルミの居場所は。まず会社への挨拶と工場にだな……」 蓮也の声がした時、ガチャリとドアが開いた。ルミの姿と言えば、髪は後ろで結んではいるが寝ぐせがついていた。服装はタンクトップを着ており、ズボンは安物のジーンズである。 「よう。いいタイミングに来たな」 「なんつう格好だよ」 彼女のだらしのない恰好を見て、蓮也は父親のように注意する。だがルミはその言葉を聞き流し蓮也達を部屋に招き入れる。 「入りなよ。面白いものがあるよ」 そう言うとルミは、パソコン前にある椅子にどっかりと座る。彼女はパソコンのマウス操作する。部屋の中は簡素であった。部屋には大きめのスポーツバッグしか置いていない。パソコンデスクには、通信携帯機やノート、武道関連の本が数冊積まれているだけである。 「なんだよ面白いものって」 蓮也とカミラは招かれるまま部屋へと入っていった。 彼女が操作するパソコンの画面には動画が表示されている。WowTubeだ。 動画の題名は【シウソニックをぶっ潰す!タザワーが告白します☆彡】 「シ、シウソニックをぶっ潰す?!」 蓮也は動画の題名を見て驚いた。画面には格闘家タザワーが映っている。 元々シウソニックはタザワーの噂を聞きつけ、高齢ではあるものの実力者である彼を専属機闘士の契約をする予定だった。 「動画を再生するよ」 ルミはそう言うと、動画再生のボタンをクリックする。そこに映るタザワーはホワイトボードの前に立っていた。 以前会った時とは違い、髪は茶髪であるものの短く整えておりスーツを着ている。 「シウソニックを……ぶっ潰すーっ!」 意味はよくわからないが、シウソニックを潰すと言っている。 「SNSで流された俺が女性にボコられる動画ですが告白します。全部ヤラセです」 タザワーは焼き肉店「牛華族」でルミに投げ飛ばされ顔面にグーパンチされたシーン。 その時にいた客に動画撮影されており、SNS上で拡散されていた。 その女性とルミが同一人物ではないかと言われ騒がれ始めていた。 「登録チャンネル者数は減り、動画再生数も落ちて広告収入は減ってしまいました」 彼は格闘家ではあるものの、殆どの収入をWowTubeの動画広告収入に頼っていた。収入が減ったために蓮也達のことを恨んでいた。一方的な逆恨みである。 タザワーは動画の中でホワイトボードに何やら書き始めた。そこにはシウソニックの社名、蓮也やルミの名前があった。そして、二人の個人名の間には相合傘を描写する。 「この二人は愛人関係です」 「はァ?!」 蓮也は驚いた。タザワーは突然根拠のないデタラメを言い始めたからだ。 「コイツらは共謀して俺をハメました。シウソニックは元々俺と契約する予定だったんですが、一方的に契約の破棄を迫ったんです。そう愛人であるこの女をデビューさせるために――」 「な、何を言ってるんだ」 真実は逆だ。タザワーが一方的にシウソニックとの契約を破棄したのだ。 「俺はシウソニックを許すことができません。何としてでも復讐がしたい!そんな時にASUMAは、俺と契約を結んでくれました。感謝しています。まだ茶髪は残ってますけど、今はバッサリ切り込んで禊をしました。シウソニックの連中と戦うためです。俺と勝負しやがれ藤宮ルミ!」 タザワーは画面に向かって指をさしたところで動画は終了した。 「はい。おしまい」 「こんなデタラメ誰が信じるんだ!」 あまりにも出鱈目を述べるタザワーに蓮也は怒り心頭だ。 そんな蓮也をチラリと見てルミは言った。 「でも世の中ってのは不思議なモンだ」 ルミは画面をスクロールする。蓮也達にコメント欄を見せるためだ。 『動画コメント欄』 あんな会社潰れちまえ! 今までの試合も八百長じゃないの。 シウソニックの製品は買わないことにします。 「何が正しいよりも……何が面白いかだね」 何が〝正しい〟より何が〝面白い〟か…ネット空間の闇の部分である。真実の検証よりも人々は〝楽しさ〟〝面白さ〟を選ぶ時があるのだ。 「な、なんじゃこりゃ。こんなデタラメ信じるのか」 「これは明らかな名誉棄損ね。弁護士を通じて告発しましょう」 「いや……ちょっと待った」 彼女なりに何か考えがあるようだ。WowTubeが表示されているタブを閉じる。 そのタイミングであるサイトが表示された。 ORGOGLIO公式サイトだ。どうやら試合が組まれているようだった。 「真実は試合にあることを見せようじゃないか」 ・ ・ ・ 同時刻、都内のASUMAトレーニングルームでは一人の男がスパーリングをしていた。 ノーマルインディゴ……藍色の機体だ。ノーマルグリーンにタックルを決めていた。 「よっしゃオラ!」 素早くマウントポジションへと移っていた。 マウントポジションとは『上の選手が下の選手の胴体に正対し馬乗りになっている状態』のことである。 総合格闘技での必勝ポジションだ。 「オラッオラッオラッ!!」 荒っぽくノーマルインディゴはそのままノーマルグリーンを殴り続ける。 ノーマルグリーンは殴られ続けるだけだ。そのままグッタリと動かなくなった。 「そこまで!機体が壊れてしまうわ」 「やり過ぎちゃいました」 タザワーは練習試合を行っていた。モニターに映る女性は飛鳥馬小夜子。 世界最大大手の総合スポーツ用品メーカーASUMAのCEOつまり経営トップだ。 才色兼備の女性である。髪型はパーマがかったロングヘアでスラリとした体型。 一瞬見たら女優かモデルか間違われるような容姿だ。大衆雑誌でも〝今一番輝く企業家〟として特集されたことが何度もある。 「話を聞くと古武道の研究して対策しているみたいね」 「一応ね。SNSを駆使し同志の協力を得て対策をとってますよ」 タザワーは右手人差し指を立て、指を軽く前後に振りながらドヤ顔で言った。 「まァ古武道なんて型だけっスけどね。同志達は真剣に学んでるようだけど」 「同志?」 「あの女に敗れたカーリーと甲斐っスよ。あいつら古武道家まで招集して指導を受けているみたいっス」 タザワーはSNSで接触を試みて、彼らに藤宮ルミと対戦した印象を聞いた。彼らもリベンジしたい思いもあり協力している。 彼らの提案で古武道家から技を学んでその対策を行っている、がタザワー自身は乗り気ではなかった。 せいぜい学んだ技は小手返しのみだ。彼らと無意味にケンカしないために適当な対応をしている。 「勝算は?」 「200%ありますね!」 タザワーの目が血走っていた。鼻も若干であるが変形している。 動画を晒され、チャンネルの登録者数も激減したのだ。 「それは頼もしいわ。期待しているわよ」 「シウソニックをぶっ潰すーっ!!」 タザワーは腕を振り上げてポーズをとる。その動きに合わせてノーマルインディゴもポーズをとった。 一方、小夜子はある写真をずっと見ていた。その写真は紫雲蓮也であった。 (ああ……蓮也さん) 彼女は蓮也に恋をしていた。初対面の時の小夜子は16歳の高校生で、あるパーティーで出会ったのが最初だ。それ以来ずっと恋焦がれた相手だ。 (蓮也さんの周りをうろつく、小娘は絶対に潰さなきゃね)
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