「量産機で挑むってのかい。強気だねェ」 試合中央場では、ネオシュライカーとノーマルレッドが相対する。 不二男はゲオルグに尋ねた。 「相手は誰だい?」 「ルグゼ・"海尊"・レガシック……イレギュラーリーグ『HeatHero』に所属する総合格闘家です」 ルグゼ・"海尊"・レガシック。クロアチア出身の25歳。 フルコンタクト制テコンドーの元王者。 マイナー団体ではあるが、総合のライトヘビー級チャンピオンでもある。 現在はORGOGLIOに挑戦するため、愛知県にあるイレギュラーリーグ『HeatHero』に所属している。 多彩な蹴り技による変則的な打撃で攻めるストライカータイプの選手である。 また親日家としても知られ『海尊』のニックネームを持つ。 「なるほどね。ならば機体との相性もバッチリだな」 不二男はあんパンをかじりながら戦況を見守る。 ネオシュライカーはフラットが開発したBU-ROADである。 変則スタイルが持ち味だった島原のために開発されたので、微細で機能的な関節機能を持ち軽量。 多角的な攻撃を再現できるようになっている。 (おいしいと言わざるを得ない) ルグゼはそう思った。相手は峠が過ぎたロートルだ。 それも古臭い空手。またネームバリューのある星王会館の館長である。 機体も借りものとはいえ、BBB級で使用された専用機だ。 量産機に負けるはずがない。 (この公開練習とやらで勝たせてもらい。ハンエーとの契約を勝ち取る!) 云わばこの練習はテストマッチだ。 この試合を通して、ハンエーとの契約にこぎつけたい。 ――ブー! 試合開始のブザー音が鳴った。 「シュッ!」 先に仕掛けたのはネオシュライカー。下段中段とリズムの良い二段蹴りだ。 ノーマルレッドは上手くカットする。 「早いね。流石はテコンドー出身だ」 信玄は余裕たっぷりにそう言った。両手を挙げて広く大きく構える。 腰も低く落としており、その構えは山の如し。 どっしりと落ち着いている。 「何だ、そのフットワークを無視した構えは余裕だな」 「これでも数万人の会員を抱える星王会館の館長だからね」 「ちィ!」 左下段、右中段、左フック……。 嵐のような攻撃を受けるがノーマルレッドは動かない。 その静けさは林の如し。 「い、一方的に打たれている」 いさみはその状況を見て言った。ここまで信玄は何もしていない。 ただ一方的にサンドバックなっているだけだ。 記者団は口々に言った。 「やっぱり歳だよな……機体の性能差もあるし」 「館長の仕事が忙しすぎて練習を怠けているんじゃないか」 記者団の声を聞き、中台も少し焦る。 「た、対戦相手間違ったかな……」 だが、試合状況を見守る不二男とゲオルグは違った。 「そろそろ仕掛けるな」 「ええ……」 一方的に受け続けるノーマルレッド。だが僅かに打撃のポイントを外していた。 急所となる部分は捌いたり、弾きながらクリーンヒットは免れていたのだ。 卓越した技量の持ち主であることがわかる。 「エイシャッ!!」 信玄の気合一閃である。 その一声と共にネオシュライカーの顔面に右拳が繰り出される。 「なっ?!」 寸止めであった。鼻先の約3ミリほどで止められていた。 「昔のクセだ。寸止めルールでやっちまった」 「キ、キサマ!!」 当たればクリーンヒット間違いなかったであろう。 まるで教科書通りの顔面突きであった。 「寸止めねェ……信玄の資料見せてくれるかい」 「はい」 「わ、私も見せて下さい!」 ゲオルグはそう述べると葛城信玄の資料を渡した。 その資料をいさみも食い入るように覗き込む。 葛城信玄。元々は仁王禅少林寺流拳法という関西で栄えていた流派に所属。 34世法嗣司家・霊雪丹波竜の元で修行を積む。 自流派内の顔面寸止め制のフルコンタクトルールで5年連続の王者となる。 その後、更なる実戦性を求めて毘沙門館に入門。 10歳近い年下の空手家界の異端児、高橋夏樹に弟子入りを志願。 長年、彼の右腕として手腕を発揮し関西での毘沙門館空手の普及活動に当たる。 毘沙門館の大会では、全日本選手権や世界選手権で入賞した実績を持つ。 「結構な経歴じゃねぇか」 「今でも時々練習をしているそうです。それも砂武や高橋などの一流どころと」 「ほう……試合勘はさておき実戦慣れはしているということか」 試合場では、顔面寸止めという屈辱を味わったルグゼは反撃に移る。 「シィッ!」 飛び後ろ回し蹴りだ。だが屈んで避けられる。 「ヒョウ!」 今度はかかと落としだ。これは体を斜めに避けて避けられた。 「ま、まるで演武みたい」 いさみは敵でありながら信玄の動きに感心していた。 お手本として、弟や門下生達見せたい動きだった。 今年で50歳を超える動きには見えない。洗練された美しい動きだった。 「ならこれで!!」 ネオシュライカーはタックルをする。 空手家ならば、グラウンドに持っていけばどうにかなると思ったからだ。 ――ガシィ…… だが首を制された。これでは相手を倒すことが出来ない。 「空手家を寝かしたら終わりと思ったのかね?」 「ヌゥ……」 ネオシュライカーはもがくも動くことが出来ない。 ピンで止められた蝶のようだった。 「軽率だな」 ――ゴン…… 肘打ちを背中に落とされた。 ネオシュライカーは衝撃でうずくまった。 「立ちたまえ。打撃屋同士殴り合おうじゃないか」 「な、嘗めやがって!」 ネオシュライカーは立ち上がり上段回し蹴りを放った。 カミソリのような切れ味鋭い蹴りである。 ――ブン! 空ぶった。風切り音だけがする。 確かにいたはずのノーマルレッドがそこにはいなかった。 (た、高橋空手の円の組手!) いさみは背後に回り込んだノーマルレッドを見て言った。 死角から攻め、守る円運動を用いた高橋空手の動きだ。 信玄が夏樹の弟子であったことの片鱗が垣間見えた。 「チエリャ!!」 信玄は気合を声と共に素早いミドルキックを放つ。 ネオシュライカーの中段にまともにクリーンヒットした。 捌きから攻撃までの一連の動作が早い、その攻防は風の如し。 「ルグゼ君、動きが止まっているよ」 ノーマルレッドを深くネオシュライカーに密着する。 腕を取り、足をかけて巻投げの体勢に入る。 「ぬゥん!!」 「うぐっ……?!」 そのままネオシュライカーを地面に叩きつける。 神経が通る脊柱に衝撃が入り動けないでいる。 「チェイスト――ッ!!」 ノーマルレッドは立ち上がり顔面に正拳突きを叩き込んだ。 ネオシュライカーは一瞬体が浮き上がり、そのまま動けないでいた。 ノーマルレッドは残心を取る。一連の激しい動きは火の如し。 〝風林火山ここに完成する〟 「押忍!!」 ノーマルレッドは観客席に向かって十字に切る。空手式の挨拶だ。 ――パチパチパチ! 拍手の主は中台だ。 「素晴らしい演武でした」 あまりにも光景で記者団は黙り込んでいた。 葛城信玄、まさにここまでの実力を持っているとは思わなかった。 「団体戦が楽しみだな」 「会長に喜んでもらえたようで何よりです」 中台は満面の笑みだ。不二男は黙ってあんぱんを食する。 「さて公開練習は終わりましたが……」 ――パチン! 中台は指を鳴らした。そうすると三名の外国人が記者団の後ろにいた。 「な、何だアイツら……」 「紹介致しましょう。我がハンエーが誇る星王会館の選抜メンバーです」 中台は褐色肌でガムをずっと噛んでいる男を紹介する。 「ブラジルのファイアン・ダ・オルモ」 「た、態度悪ィな……」 「しっ!聞こえるぞ。キレさせるとマズい」 続いて、真ん中にいる東洋人風の男を紹介する。 「モンゴルのエルデ・ガラグメンデ」 「も、蒙古の空手魔術師だ」 「投げや関節技も出来るスペシャリストか。手強いぞ」 最後に一際目立つ大巨人を紹介する。 「オランダのシーム・シュミット」 「でっ……でっけえ……」 「オランダの巨人兵だ」 記者団の驚きの声と共に、不二男はその三人を見て大喜びである。 「ハハッ!こりゃ面白くなりそうだな」 その隣にいる、いさみの顔は青ざめている。 (このままじゃ毘沙門館が……) いさみは虚空を見上げて小さく言った。 「ケンちゃん……どうしよう……」
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