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 ――梔子総合病院。  病室で眠る機闘士マシンバトラーは間宮……いや鬼塚蒼。  蒼は暗闇の中にいた。 「……」  何も映らない暗闇だけの空間。目を開きたくはなかった。  ――試合のことは覚えている。  昴より妹のことを言われ感情的になってしまった自分。  試合に負けてしまった。  しかもだ、亜紅莉が聴衆の目の前で姿を現してしまったのだ。  ――悪夢。  悪夢という他にない。  これまで護ろうと思っていたものが、全て泡の如く消えてしまった。  亜紅莉これから見世物になるだろう。  つまらぬ三流雑誌や悪意ある者達が起こす事柄を想像する。  あることないこと、面白おかしく書かれるだろう。  ネットという仮想空間で誹謗中傷されるだろう。  妹のガラス細工のような心は砕ける。  そうして、蒼がネガティブな感情が湧き上がった時だ。  ふと、ルミに言われた言葉を思い出した。 ――あの子の心には龍がいる。 「そうだった」  亜紅莉の心には龍が住んでいる。  どのような困難があろうとも、乗り越えられる強さを宿している。 「亜紅莉のやつ、いつの間に強くなったんだ」  小さい頃から、ちょっとしたことでも泣いていた妹。  あの事があった時は、焦燥し目に生気を宿していなかった。  自死しないかと心配した。 「絵だ……あいつには絵があった。絵があいつを支えてくれたんだ」  妹の心強さの源は『絵を描く』という単純なものだった。  一心不乱に絵を描く。  絵に亜紅莉の心の葛藤やエネルギーをぶつけることで生を支えたのだ。 「――絵だけやないよ」  暗闇の中から声がした。  妹の声だ。  蒼が見たのは悪い夢だけでないのだ。  そういえば、心なしか誰かが手を握ってくれているようだった。 「亜紅莉!!」  蒼が目を開けると、手を握ってくれたのは妹ではなく柚木であった。  柚木は疲れきった顔で眠っている。寝息も立てず静かにだ。 「お前……」  柚木を見て驚きの表情を出していた。  試合を観戦していたのか、それともどこかで知って来ていたのか。 「うちが呼んだんよ」 「話せるようになったのか?」 「うん……」  柚木の傍らには亜紅莉が座っていた。  夢ではない。言葉を発する妹が確かにいたのだ。  兄を救うために出した勇気。  その勇気が――亜紅莉の言葉を取り戻させたのだ。 「こいつと何故会った。この女はお前を……」  しかし、蒼は複雑な心境だ。  柚木は亜紅莉の声を奪った原因を作った人物だからだ。  憎々しい眼で柚木を見続けている、それを見た亜紅莉はおもむろに立ち上がり兄の傍に近寄った。 「いい加減にして」  亜紅莉はパシリと蒼の頬を叩いた。  妹の目から涙が溢れている。  呆気にとられた蒼は亜紅莉を見つめていた。 「その人はうちの友達や。何があっても――どんな事情であろうとも――」  ルミの言った通りだ。  妹の心には確かに龍が住んでいた。  ガラス細工の心から水晶のような強靭な心へと成長していたのだ。 「ごめんな」  何がそうさせたのか。  分からなかったが妹の……愛する者の成長した姿は喜ばしい。  そして、蒼は眠ったままの柚木を見つめポツリと言った。 「――俺はつくづくアホな男や」  病室の前ではその光景を見つめる男が二人。  兄妹の父親である鬼塚英緑と、ゲオルグの同僚である黒澤大吾である。 「強い娘さんですな」  黒澤の言葉に英緑は涙声で言った。 「私はバカな父親です、あの子のためと思い隠し続ける……それが最善の事だと思っていた。その結果――」  黒澤は英緑の肩に手を置いた。 「もうよろしいでしょう。紆余曲折あったにせよ、御流儀の通り『不動の精神』をあの二人は持ち始めた、それで十分ではありませんか」 「かたじけなし」  古風な礼を述べる英緑。  黒澤はこのご時世、そのような礼をされたのは初めてだ。 「それよりも黒澤様と申されましたな」 「はい」 「ゲオルグとはどのようなご関係で?」 「仕事の同僚ですよ」  黒澤は端的に述べた。  彼はゲオルグ・オットーの代理として訪れていたのだ。  亜紅莉と柚木を結び付けた人物である。  元より柚木が東京にいることを知った亜紅莉が、ゲオルグに頼み居所を調べてもらったのではあるが……。 「あやつはここに来ないのですか」 「ゲオルグにはやり残したことがあるので……」 「やり残したこと――あの不器用者にまだ成すべきことが?」  ゲオルグもまた亜紅莉を護ろうとしたものの一人。  だが、また彼自身も亜紅莉を護れなかった。  己の弱さを恥じ、責めていたことを師である英緑も気付いていたのだ。 「『強さ』というものの追求ですか?」  英緑の問いかけに黒澤は首を横に振り、黙ってその場から去って行った。 ・ ・ ・  ところ変わって、夜道を一人歩く男がいた。  ――葛城信玄。星王会館の館長を務めている男だ。  酒に酔ったのか、顔は赤く千鳥足。スーツを着ているも乱れていた。 「クソ!クソ!!クソ!!!」  毘沙門館との団体戦。あれから数日が経った。  2勝3敗で星王会館は敗れ去ってしまった現実。  惜しいといえば惜しい、後1勝すれば星王会館が勝っていたのだから。 「星王会館のブランドが――俺の夢が――」  だが、試合の内容が内容だ。  エルデは恐怖のあまり逃亡、昴は見る者がドン引きするような凄惨な試合内容を展開した。  団体戦で2勝したが、人々の印象は悪い。 「昴のバカヤロウが!これからお前を売り込む予定だったのに!!」  特に昴の評判が落ちていた。  あのような対戦相手をいたぶるような真似をすれば人気が落ちるのは明白。  ネットを中心に誹謗中傷が彼女に集まるようになっていた。  出演予定だったバラエティ番組も、頓挫とんざする形となった。 「チクショウが!」  信玄は信号機の柱を殴る。八つ当たりだ。  無能と見なしていた謙信に敗れた。その結果、星王会館の求心力が落ちていた。  それは過去に主催した大会に謙信を参加させ、その実力のなさを聴衆に見せつけることで、信玄の求心力を高めていったことと同じこと。  今度は自分が同じ目にあっていた。 「皆、俺を裏切りやがって!!」  あの団体戦以降、星王会館から独立する者達が現れ始めた。  砂武は『砂武空手』松原は『星王維新会』という新規団体を立ち上げた。  それに追従し、全国の各支部が独立する動きを見せ始めていた。  ただ一つ言っておくと、それは信玄が無惨な負けたことが原因ではない。  週刊文旦の『元税理士議員の闇指導!』というスクープ記事が話題となっていたところに起因する。  最近この議員がある汚職事件で逮捕されたのだが、税理士というを経歴と能力を使い有名人の脱税技法を指導していた。  指導者したリストの中に、この信玄の名前が含まれていたのだ。当然ながら警察も動いていた。 「誰がゲロりやがった」  また最近では、その脱税した金を愛人に貢いでいる報道もされていた。  更に息子、暁の悪童ぶりも流れている。  次から次へと出てくる星王の悪行の数々……。 ――もう契約は打ち切りです。  最悪な事にハンエーの中台より、スポンサー契約を解除することを言い渡された。  あのような話が出れば当然のことだ。  誰もが星王会館という泥船から脱出し始めていた。 ――愚かな私達に空手を……武道を教える資格はありませんでした。 「あいつも何で!!」  右腕として頼りにしていた角中は、あの団体戦の数日後に星王会館を脱退。  その意味を信玄は尋ねるも、彼はそれ以上何も言わなかった。  落ちる星王会館の評判、信頼、ブランド……。 「どいつもこいつも綺麗ごと抜かしやがって!!」  信玄は夜空に向かって咆哮した。  己が作り上げて来た星王会館という銀河が消滅しかかっていた。  絶望に沈みそうな時だ――またあの声が聞こえて来る。 ――涙目じゃねェか。 「ま、また……またこの幻聴か!」 ――巨星堕つ……とはよく言ったもンだ。 「色々あって俺は疲れているんだ」 ――『星に願いを』って歳でもねえだろ。 「そうだ、そうに違いねえ」 ――夜空を見上げるな。下を向け……。 「ッ?!」  信玄が幻聴と見なす声、つまり暁の声に促されるまま下を向いた。  そこには能で使用する『痩せ男』の面をかぶった男がいた。 「誰だお前は……」  そうは言うものの、信玄は気付いていた。  面をつけた男は背丈、体つき共に息子である暁とよく似ていたのだ。 ――パカッ……  男は面を外す。  その顔は……。 「さ、暁?!」  暁の顔で間違いない。  しかし、顔は青白く生気がない。  この世のものとは思えない亡霊面……。 「親父……俺と行こう」 「い、行く?」 「そうさ。星へ旅立つのさ」 「ほ、星って……」 「俺達、悪党にお似合いの星がある」 「お似合いの星だと?!」 ――冥王星。つまり冥土のことだよ。 ・ ・ ・ 「呆気ねぇもんだ」  早朝の飛鳥馬邸にて、不二男はパンをかじりコーヒーをすすっていた。  テレビに映る朝のニュースを見ていた。  眼鏡をかけたニュースキャスターは毎朝の務めをこなしている。 『昨晩の午後11時頃、都道で車が歩道を乗り上げ歩行者をはねる事故がありました。この事故でテレビでも活躍する空手家の葛城信玄さんが、全身を強く打ち搬送された病院で死亡が確認されました。事故の原因ですが――』 「ほう……あの葛城信玄さんが」  不二男の向かい側の席には中年の男がいる。  渋みがありながらも、どこか飄々とし無邪気な顔。  男はニュース番組を見ながら考え深い表情をしていた。 「一寸先は闇と申しますが……」  そう述べると男はコーヒーを一気に飲み干す。  そして、にこやかに屋敷の窓からの風景を見ながらこう言った。 「どんなことが起ころうとも、今日もまたいい天気です」  男の名前は飛鳥馬みのる。  ASUMA・USA支部の代表、小夜子の叔父にあたる男である。

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