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 毘沙門館VS星王会館の団体戦、謙信と信玄の大将戦である。  一進一退の攻防が続くも、試合の流れは信玄、つまり星王会館に流れつつあった。 『館長、大丈夫ですか?』  スポンサーのCEOである小夜子の声が聞こえる。  モニター画面に映る彼女の表情は不安そうな顔である。 「あ、ああ……大丈夫」  謙信は言葉でそう答えるも、身をすくめ眉をしかめている。  明らかに動揺し、自分というものを疑っていた。 『信玄に言われたことを真に受けるな。あいつの得意は心理戦だ』  夏樹の助言が入った。  確かに信玄という男は謙信を理解し、心を揺さぶらせ、隙を作り、そこを巧みに攻めていく。  信玄は狡猾だ。そうは言っても……そうは言ってもである。 ――いくら訓練を積み、顔にペイントをして気持ちを変えたとて、所詮は付け焼き刃だよ。 ――人間はすぐに変われるものではない。  脳裏に浮かび上がる言葉。 「本当にそう思うぜ……」  どんな慰め、励みの言葉があろうとも少なくとも謙信は堪えていた。  あいつが……信玄がいったことは事実であると――。 ――ゴォーン!!  銅鑼の音が鳴った。  ラウンド2開始である。 ・ ・ ・ 『どうした!館長!!若頭!!』  ラウンド2が始まり、約2分間が経った。  謙信操る毘沙門ウォリアーは信玄……つまりアストロ風林火山に押されていた。 『正拳突き!』  胸部を打たれる。 『下段蹴り!』  大腿部を打たれる。 『飛び足刀――ッ!!』  頭を打たれる。 『先程の勢いはどうしたんだ謙信ッ!!』  ここまで防戦一方の謙信。  だが致命傷を逃れ、ウケ、捌き、時には間合いを取るために逃げ回っていた。 「か、館長……」 「スタミナ切れか」  応援席にいる毘沙門館の門弟達は、若き総裁の闘いぶりを心配する。  勢いは最初だけだった。  ラウンド1終盤からここまで、ほぼ守りに徹していた。 「情けねェぜ!」 「勢いは最初だけだったな!!」  一方の星王会館応援団は押せ押せムードだ。  口汚く謙信にヤジを飛ばしていた。 「ケ、ケンちゃん!」 「あいつ、何をやってんだよ」  宇井といさみは、謙信の終始受けの体勢にずっと表情を曇らせるだけだ。  気合を入れ、闘いの覚悟を決めたはずの謙信。  だが、信玄のたった一言の言葉だけで精神が揺さぶられた。  彼の自信を作り上げるのに急だったのだ。 「ダメよ……このままじゃあ」  控室でルミや北山達と試合を見守る和香子。  彼女も同様に謙信を心配していた。 「もっと……もっと自分を信じるのよ」  和香子は闘う謙信を見て、一人そう呟くのであった。 ――ガチ!  その言葉が通じたのか知らないが、毘沙門ウォリアーはアストロ風林火山の腕を取った。  突きに合わせ、腕を絡めとったのである。 「と、捕ったぞ!」 「腕を掴んだからどうだというのかね?」  信玄は笑っていた。  まるで子供が駄々をこねる姿を見る大人のようであった。 「このまま腕を……」  和香子直伝のアームロックで腕をもぎ取ろうとするも……。 「無駄だ小僧ッ!」 ――ガギ!!  掌底で顔面を下から上へと入れられる。  腕を放し、体勢が崩れる毘沙門ウォリアー。  巨星は隙を見逃さない、流星の如き素早い上段蹴りを顔面へと叩き込んだ。 ――ゴガッ!! 『が、顔面にモロに入ったぞ――ッ?!』  遠藤の絶叫がスタジアムに木霊した。  嫌な金属音が鳴ったのだ。  それは頭部への大ダメージと謙信の意識を飛ばすには、十分過ぎる一撃であった。 「押忍ッッッ!!」  価値を確信したのか。  アストロ風林火山は手を引き残心を取っていた。  まるでそれは、フルコンタクト空手の試合を見ているかのような光景だった。 ・ ・ ・ ――バッ!  顔面に上段蹴りを入れられた謙信。  ふと目が醒めると、美しい山々に囲まれた草原に立っていた。  周りには小鳥やウサギなどの可愛い小動物、白や紫、更には桃色などの綺麗な花に囲まれていた。 「ど、どこだ……ここは……試合は……」  不思議に思った謙信。  まさかここはあの世なのか、そんな試合で俺はまさか死んでしまったのか?  そう思っていると、彼の足元にバスケットボールが転がってきた。 ――よう久しぶり。  懐かしい声が聞こえて来た。  小柄で坊主頭、画家サルバドール・ダリのような天をつく独特のヒゲ。  それは間違いなく……。 「じ、爺ちゃん!!」  祖父の岡本毘沙門、その人であった。 「……ということはここはあの世?」 「んなわけあるかい!」 ――ドッ……  毘沙門は謙信の腹に軽く突きを入れる。  祖父は軽く打っているつもりだが、それなりに痛い。 「うげっ」 「相変わらずトンチキなことをいうの」 「じ、爺ちゃんが何でここに」 「ちょいとお前が苦戦しているようでな、喝を入れに来たんじゃ」 ――喝ッ!!  そう述べるなり、耳元で『喝』の言葉を入れた。 「うわっ!」 「ホホホッ!これしきの気声でたじろいでどうする」  孫の反応を見て、毘沙門は笑う。  謙信は相変わらずエキセントリックな行動をとる祖父を見て呆れるしかなかった。 「あの信玄に苦戦してるだって?」  毘沙門はそう述べるとバスケットボールを拾い上げ、謙信にチェストパスをしながら渡した。  ボールを受け取ると謙信は自分の不安を吐露した。 「やっぱりさ……俺を励ましてくれたり、みんな色々してくれたけど……やっぱり無理だよ」  その表情は暗い。ボールを受け取ったまま下を俯いている。  毘沙門はその言葉を聞き、傍に来たウサギを拾い上げ撫でながら言った。 「まァそうじゃろうな。お前さんいつも誰かにお膳立てしてもらっとるからの」 「返す言葉もないよ」  祖父の厳しい言葉が飛んだ。  やはりそうだ。  自分は毘沙門館を背負う器はない、才能がないのだと。 「自分の弱さを自覚しているようじゃな」 「うん」  謙信はボールを抱え、静かにそう頷いた。 ――ならば、それでよし!  毘沙門が笑った。満面の笑みだ。  気付くと謙信は宇宙空間のようなところにいた。  目の前にはウサギを抱く祖父が立っている。 「な、なんだこりゃ?!」  動揺する謙信を毘沙門は言った。 「お前は他人様から教わったものに頼り過ぎる。自分というものを信じ表現せよ」 「ど、どういう意味だよ爺ちゃん」  謙信の問いに毘沙門は答えた。  その体はカノープスのように赤く、満月のような輝きを放っていた。 「武道も芸術も常に自由でなければならん。突き蹴りのやり方、絵の描き方、基本が済めば後は自由じゃ。お前はお前の歩んできた道を表現して闘え!」 ――武芸は芸術!空手は無限大に爆発じゃあアアアアア!! ・ ・ ・  謙信は気付くと立ち上がっている自分に気付いた。 『立った!毘沙門ウォリアーが!!岡本謙信が立っています!!』  実況の声が確かに聞こえた。  そう自分はそこに……スタジアムの試合場に立っていたのだ。  謙信のモニター画面には、審判機やアストロ風林火山が映っていた。 「しぶとい小僧だ」  対する信玄は唾を吐きながらそう言った。  勝利を確信していただけに複雑な心境だった。  まさかという感じで、信玄の額からは汗が流れていた。 「……」  一方の謙信は思った。  あれは夢だったのだろうか、幻だったのだろうか。  ただ祖父が言った言葉は謙信の心に響いていた。 ――お前はお前の歩んできた道を表現して闘え!  空には満月が見えている。  祖父が言いたい意味が何となく理解出来た。 「意味が……何となくわかったよ爺ちゃん」 ――ゴォーン!!  謙信がそう言うと、それに合わせたかのように銅鑼の音が鳴った。  防戦一方だったラウンド2は終了。  これよりラウンド3……いよいよ最終戦に入る。  謙信の顔からはペイントが剥がれ、素顔を晒していた。 「今度は俺の空手を表現するよ」  何かを思いついたのか、謙信は強がりもせず、かといって自信なき声ではない。  淡々と述べるも、上辺だけではない確かな決意が読み取れた。

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