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 伊藤……砕波は立ち上がっていた。  だが闘牛を模した頭部は変形し、角は折れている。  左肩口はバチバチと白い光が見え、コードや破損したパーツが見えていた。 『こ、根性で立ち上がったーっ!!』  遠藤の実況は静かだったスタジアムを再び熱気の歓声に変える。  ファイアンは信じられない様子で固まっていた。 「ボケッとすんなオラッ!」  パワー型の砕波より重い前蹴りが放たれる。  それは槍のように突きさすものというよりは、押し蹴るようなものだ。  棒立ちしていたカナリアンヘッドは後ろに吹き飛ばされた。 「こ、この野郎!!」  蹴飛ばされたが、すぐさま冷静さを取り戻す。  〝ブースター発動ッ!!〟  カナリアンヘッドは、地面に倒れる前にブースターを発動させた。  地面スレスレで体勢を持ち直して、前屈姿勢となった。  ネコ科動物の如き姿勢は次への攻撃だ。 「シャッ!!」  タックルだ。  砕波はブースターでの出力に押し倒された。 「ぐう……ッ!!」 「こいつに持ち込めば……」  カナリアンヘッドは素早く馬乗りの体勢になる。 「もう奇跡は起こらねえッ!!」  その状態はマウントポジション。  必勝の体勢だ。グランドに慣れていない空手家は……。 ――バキッ!  エスケープするテクニックを持たない。 ――ガギッ!  鉄槌を何度も叩き込まれる。 「お、おっさん!!」  控室で戦況を見守るルミ。  マウントを取られ、鉄槌を打ち込まれる砕波の頭部から黒い煙が出ている。  かなりマズい状況だ。控室にいる山村に言った。 「小夜子さんに連絡して試合を止めろ!」 「止める……?無理ですよ」  飄々とした顔で山村は答えた。  そんな呑気な山村に怒りを覚えたのかネクタイを引っ張る。 「フザけんな!あのままじゃあ、おっさんが再起不能になる!!」 「……と言いましてもね。セコンド席への直接の指示はルール違反です」 「くっ!!」  対するセコンド席。  小夜子はあるボタンを押すか迷っていた。  TKOを伝えるためのボタンだ。これを押せば試合は終了する。 「先生……」 「……」  小夜子は夏樹の顔を見るもやはり何も答えない。  鉄槌を打ち込まれる砕波。もうかなり顔面が変形している。  しかし、審判機は止めない。  ≪頭部機体損傷率79%≫  80%超える頭部の機体損傷率でしか試合は止められない。  機体からは破損、放電、あるいは黒煙が出ている。  限界だった。 「もういいでしょう……」  小夜子がボタンを押そうとした時だった。  夏樹が小夜子の手を止めた。 「二郎は諦めとらんよ」 「えっ?!」  一方の観客席にいる礼華は拳を固く握る。 「……」 「パパ……」  麗奈は父親の悲惨な状況を見れず、ずっと目を閉じていた。  そんな娘を礼華は優しく抱きしめた。 「大丈夫さ。パパはバカで不器用だけど……誰にも負けないものを持ってる」 ・ ・ ・ ――ドシャ! 「あんたさ……本当に弱いわね」  少年は蹴り倒されていた。彼の名は伊藤二郎、当時12歳。  空手を始めて1年が過ぎたが一向に強くならない。  今日も稽古で同い年の女子に負けた。彼女の名は佐々木礼華。  後に伊藤の妻となる女性である。 「うるせーっ!俺は『松山英光』みたいになるんだ!!」 「ハイハイ……また漫画ね」  伊藤は少年雑誌に連載されていた『カラテ喧嘩道・エイコウ』という漫画にハマっていた。  その主人公である松山英光のような強く優しい男になりたい。そう思い毘沙門館に入門した。 「元気にやっとるな」 「あっ高橋先生!」  偶然にも英光のモデルとなった高橋夏樹が道場の指導員を務めていた。  彼はそれを知ると一日も休まず稽古に参加している。練習の虫だ。 「先生、こいつと組手したくありません」  礼華はチラリと隅で型稽古をする美少年を見る。  彼は角中翼。伊藤とは同期入門になるが既に青帯の7級だ。  一方の伊藤は10級になったばかりである。  礼華は頬を桜色に染めている。 「組手だったら角中君と……」 「けっ……どうせイケメンとやりたいだけだろ」 「うるさい!」  鞭のようにしなる蹴りが伊藤を襲う。 「のわっ!?」  伊藤は再び顔面を蹴られ板間に倒れた。  夏樹は伊藤を介抱しながら礼華に注意する。 「おい礼華……やり過ぎだぞ」 「だって先生、こいつ本当に弱いんだもん。それに口ばっかりだし」 「まァ待て。二郎には誰にも持ってないものがあるんだぞ」 「持ってないもの?」  稽古終了後、礼華は家に帰り夕食をとる。  その後は、好きなバラエティ番組を見ていた。  すると突然母から呼ばれた。 「礼華ちゃん電話だよ」 「電話?」 「高橋先生からだよ」  不思議に思った礼華は電話をとる。  声の主は間違いない、夏樹であった。 「先生なんですか」 『道場へ来れそうか?』  夜も8時を過ぎていたが、信頼できる指導員が言う言葉だ。  母に伝え道場へと向かう。  息を乱しながら着くと、道場の中は明かりがついていた。 「佐々木さんも来たんだね」  後ろから声をかけられた。  礼華が振り向くと、そこには角中がいた。 「か、角中君……」 「高橋先生に呼ばれてね」  二人が道場に入ろうとした時だった。  中からドタドタと音が聞こえる。そういえば、この時間は大人の部の時間だ。  扉をガラッと開けると、そこには伊藤がいた。  なんと高校生の紋田と組手をしている。 「よう。来たかお前ら」  夏樹が笑顔で二人を出迎えた。 ――ドサッ!  二人を出迎えたのと同時に伊藤が倒れた。  どうやら右の中段蹴りがまともに入ったらしい。 「これでもう7回目か。そろそろ休ませてやるか」  道場にいる門下生達が伊藤を道場の隅まで移動させる。  背中を叩いたり、タオルを団扇代わりに仰いだりしていた。  角中が紋田に尋ねた。 「紋田さん……これは?」 「見ればわかるやろ。稽古や稽古」 「でも伊藤君は……」 「少しでも強くなりたいんやと」  紋田はタオルで汗を拭いながらそう答えた。  『強くなりたい』伊藤はその思いで大人の部に参加して稽古している。  だが、大人と子供で体格が違う。無謀な試みである。 「そんな無茶ですよ!」 「あいつが望んだことや。高橋先生も了承しとる」 「先生が……」  チラリと角中は夏樹を見た。黙って腕組みをしている。  礼華は道場の隅で休む伊藤の傍まで駆け寄った。 「あんた弱いのにバカじゃない!」 「弱いから稽古するんだよ」 「無駄よ……」  残酷な一言を礼華は浴びせかけた。 「あんた才能ないもん」  一瞬であるが道場内が静まり返る。  組手の稽古が一瞬止まった。よそ見する門下生に夏樹は注意する。 「そこ、ボケッとしとらんで組手始めろ」 「お、押忍!」  礼華は続ける。何故か少し目が潤んでいた。 「あんたバカだし、運動神経も鈍い方だし、女子の私にやられるくらいだし……」  伊藤は黙って聞いていた。  無言で立ち上がりながら、礼華の眼を見つめている。 「だから〝諦めろ〟ってか?」  伊藤から気迫をみなぎらせていた。  普段見せない姿に礼華は押されている。 「それはお前が決めることじゃないだろ」  そう述べると紋田のところまで、よたつきながらも歩を進めた。 「紋田さんお願いします」 「ええで」  二人は道場の中央まで行き組手を始めた。  角中は礼華のもとへ行く。 「先生は僕達に、伊藤君のがむしゃらな姿勢を見せたかったんでしょうね」 「……」  夏樹は二人を見て優しく声を掛けた。 「二人とも、もう帰っていいぞ」 ・ ・ ・  才能はない。諦めろ。  伊藤は礼華以外にも周りの先輩や同期に言われ続てきた。  才能はないのかもしれない、が続ける力は誰よりもあった。 「そうさあんたには……」  観客席の礼華は自然と正拳突きを繰り出した。 「諦めない心がある!」 ――ブッ……  マウントを取られる砕波であったが、残った右手をカナリアンヘッドの顎に当てていた。 「こんな当てただけのパンチが何だってんだ?」 「そうだよな……当てただけのパンチだよな」 「往生際が悪いぜ!!!」  ファイアンが大きく右手を上げる動作に連動し、カナリアンヘッドの右腕も上がった。  次の一撃で終わりの合図だ。 「なァ……南米の兄ちゃんよ〝ロケットパンチ〟って知ってるか」 「はっ?」  ロケットパンチ……と突然言った。何のことやらサッパリわからない。 「お前さん、コレがロボットバトルってことを忘れてるぜ」 「言ってる意味が全然わか……ッ?!」  ファイアンは顎に何か押されるような感じがした。  それも徐々に強い衝撃に変わっていく。 「決め球は最後まで取っておかなきゃな!!」  〝磨穿鉄拳ッ!!〟 ――ドンッ!! 『ロ、ロケットパンチだーっ!!』  実況の遠藤が説明する。ロケット噴射によりくろがねの右拳が飛び出した。  下斜め約45度角度から放たれるパンチが、カナリアンヘッドを顎を突き上げる。  後方へと飛ばされたカナリアンヘッドは、放電を放ちながら激しく揺れて地面に倒れた。 ≪ヘッド機体損傷率100%≫ ≪ファイアン・ダ・オルモ……KO!!≫  砕波は放電と黒い煙を出しながらも立ち上がる。  左手を下段、右手を後ろに引く残心の姿勢だ。 「諦めろってのは、往生際の悪い人間に簡単に言うもんじゃねえ」 ○ BB級(ダブルバトル)団体戦:毘沙門館VS星王会館・先鋒戦 “南米の喧嘩十段” ファイアン・ダ・オルモ スタイル:星王会館空手 スピード型BU-ROAD:カナリアンヘッド スポンサー企業:ハンエー VS “円の組手の伝承者” 伊藤二郎 スタイル:毘沙門館空手 パワー型BU-ROAD:砕波 スポンサー企業:ASUMA 勝者:『伊藤二郎』

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