社長室で蓮也は非常に渋い表情をしている。 「全体での売り上げはまだまだだな」 旋風猛竜の登場はネットで話題になっていた。 その効果か、今まで足枷になっていた家電部門の売り上げが少し上向いている。 だが、近年のシウソニックは福祉ロボット等介護福祉分野に力を注いでいた。 家電部門だけ売り上げは伸びても、全体の経営状態が良くなければ意味はない。 プラスマイナスゼロの状態だ。 「イメージアップ戦略が必要かもしれんな」 蓮也は一人腕を組みながら思案する。 以前人から、医療や介護で携わる人間は、破壊の象徴である格闘技を苦手にする者もいるとの話を聞いた。 確かにそうだ。再生と破壊は相反するもの。 過激なのかもしれない。ORGOGLIOの客層を見ても観客は若い世代ばかりだ。 「ウチはアホな介護ロボットもあったが、技術開発力はトップレベルだ」 しかし、蓮也はこうも思っていた。 ロボット開発の技術力をもっと喧伝することで、介護やリハビリ用の機器を医療・福祉に提供することが出来ると。 社訓は『明るい家庭は世界の幸せ』だ。 創業当時のこの信念を貫くため形は変われど、家庭内を電球のように明るくするために介護福祉の分野に参入した経緯もある。 「そうだ!ルミをイメージガールとして……」 ――トントン…… ドアをノックする音がした。 「誰かね」 「芥生です」 「入りたまえ」 ガチャリと社長室にカミラが入って来た。 部屋に入ると一礼する。少し顔が固い。 「社長、お客様がお見えです」 「お客様?」 「飛鳥馬CEOです」 「え……?!」 ・ ・ ・ 場所は変わってここは世田谷にあるハンエーの本社ビル。 大きな部屋でノーネクタイのラフな格好をした男が、コーヒーにミルクと砂糖を入れている。 「WOAからご通達があってね。団体戦をしたいんだって」 彼は中台歩。ハンエーの経営トップである。 「はい。お話だけは伺っております」 相対して椅子に座る男は葛城信玄である。 中台とは対照的にネクタイを締め高級スーツを着ている。 「毘沙門館との対抗戦とお聞きしました」 「勝算は?」 信玄は満面の笑みを浮かべる。 「星王会館が勝つでしょうな」 そして、中台に持って来た資料を渡した。 「これは?」 「星王会館に所属する自慢の海外選手ですよ」 中台は資料を見た。 そこには、三名の選手が簡単なプロフィールと経歴が載せられている。 星王会館・ブラジル支部 ‟南米の喧嘩十段” ファイアン・ダ・オルモ 星王会館・オランダ支部 ‟強襲の巨人” シーム・シュミット 星王会館・モンゴル支部 ‟蒙古の空手魔術師” エルデ・ガラグメンデ 「彼らの実力は?」 中台のジョークに対して信玄は笑って返した。 「BBB級にいても、おかしくはない逸材ばかりです」 この三名はハンエーが契約する選手の中でもトップクラスの実力者達だ。 何れBBB級に昇格する逸材ばかりである。 「彼らの活躍が楽しみだよ」 中台はそう述べると資料を眺めながらコーヒーを飲んだ。 その様子を見ながら信玄は一人思案する。 (飛鳥馬の爺さんが動いたか。何を考えているかわからねェが毘沙門館を潰す絶好の機会だ) ・ ・ ・ ルミは蒼と共にカフェ・スターダストバックスに来ていた。 「藤宮さんが、ここまで小夜子さんと仲がいいなんてね」 「まあね。でもあっさり行き過ぎだね、何かありそうだ」 「確かに……」 拍子抜けなくらいあっさりと決まった。 あの天下のASUMAが毘沙門館のスポンサーになるというのだ。 正直言って、毘沙門館は人材不足である。主力は蒼のみ。 それも彼自身純粋な毘沙門館の空手家とは呼べない。 「ところで毘沙門館は、アンタ以外に強い人はいるのかい?」 ルミの率直な疑問だ。腐っても鯛。 毘沙門館といえども大手のフルコンタクト空手団体である。 隠れた実力者はいるはずだ。 「機闘士としてデビューした人はいるんだけどね。八戸に和泉君、安孫子さん、みんな実力を発揮出来ずに契約解除されたよ」 「名前だけは聞いたことがあるね。空手以外でもキックや総合でそこそこ活躍してたな」 名前に上がった人物はそれなりに実力はあったが、BU-ROADバトルに上手く対応出来ず、BB級に昇格することなく去っていった。 普通の格闘技とは毛色が異なり難しいのだ。 所詮は機械格闘技なので、適応力と対応力が必要となって来る。ただ強いだけではダメな世界。 唯一、島原だけはBBB級まで昇格したが、星王会館に引き抜かれてしまった。 「伊藤のおっさんはどうよ?」 「伊藤さんはORGOGLIOに興味ないから」 伊藤はORGOGLIOに全く興味がなかった。むしろ嫌いな方だ。 厳格な彼は武道を見世物にする格闘技イベントが好きではない。 「人材難だね」 「ハッキリ言うね」 二人は同時にコーヒーを飲んだ。 「スターダストのものは洗練されているな」 蒼は自分の店で出しているものと比べている。 だがルミはこう言った。 「綺麗だからいいってもんじゃない。昭和臭い毘沙門館もそうさ」 「皮肉かい」 「ねぎらいだ」 そう言ってルミはコーヒーを飲み干した。 そして椅子から立ち上がり、一人店を後にする。 「帰るのかい?」 「ちょいとアスパラに呼び出された。先に帰らせてもらうよ」 「そうか、じゃあまたね」 店の出口まで向かうルミ。だが数歩歩いて立ち止まった。 ゆっくりと振り向いて蒼の顔を見ている。 「何かまだあるのかい?」 ルミの顔はニタニタと笑っている。何か企んでいるようだ。 「一応呼んでおいたぞ。後は自分で何とかするのだ」 「ハァ?」 「周囲を警戒しろ。週刊誌にフライデーされんようにな!」 「えっ……それはどういう……」 「さらば!」 ルミは足早に店を出た。その入れ替わりか一人の女性が入って来る。 「お、お前は……」 その女性とは柚木であった。どうやらルミが呼んだらしい。 蒼からは笑顔が消えて真顔になる。 「何しに来た」 「……座っていいですか」 「勝手にしろ」 その声は驚くほど冷たい。柚木は怯えた様子で椅子に座った。 蒼は柚木の顔を見ず逸らしている。 「あいつが呼んだのか」 「は、はい……」 「勘違いからだろうが、余計な事をしてくれる」 柚木の体は小さく震えている。 「私……どうやったら……」 その言葉を聞いた蒼は冷たく答えた。 「苦しみ続けろ」 そう言った。 「罪に苦しみながら惨めに生き続けるんだ。それがお前の贖罪だ。俺はお前の前に現れ続ける。お前が生活に追われ忘れかけた頃に必ず現れてやる。そして、俺の顔を見る度に自分の罪を思い出すんだ……絶対に亜紅莉には会わせない。お前は謝れば済むと思っているんだろうがな」 「ち、違います……」 「噓を言うな。お前は形だけ亜紅莉に謝ることで心が救われたいだけだ」 「違うんです……」 柚木はポロポロと涙を流した。気付くと周りの客や店員がこちらを見ている。 「先に帰るぜ、変な噂話が流れちまったら最悪だからな」 そう述べると蒼は立ち上がり店から出て行った。 その姿を見ている一人の少年風の人物がいた。 「あいつが間宮蒼か……ただの優男と思っていたが……」 少年風の人物は泣いている柚木に近付いた。 「大丈夫ですか?」 「誰ですか」 少年風の人物は爽やかな笑みを浮かべている。 「星王会館の高橋昴と申します。柚木綾那さんで間違いないですよね?」 「何で私の名前を……」 「益田さんから聞かされたんですよ。上玉の女を愛人にしたって」 益田……忘れたい名前だった。 昴は笑顔を浮かべるも目が笑っていない。何か重く決意したような目であった。 「益田さんが襲われた日は、確か一緒にお店にいたらしいですね。店員さんから聞きましたよ」 「そ、それは警察に言いました」 「先にお店を出たんでしたっけ?おかしいなァ……お店の人に頼んで防犯カメラを確認したんですけど、あなたは益田さんの後を暫くしてから出たみたいなんですが」 柚木の顔が青ざめた。何か知っているようだった。 その様子を見て、昴は声を低くして言った。眼光も鋭い。 「何か知っているのでは?」 「わ、私は知りません!」 柚木はそう述べると慌てて店から出て行った。 残された昴はフゥと溜息を出す。 「あれは知ってるな」 それぞれの想い、思惑、感情が交錯する。 歯車は動いたようだ。
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