付呪師リゼルの魔導具革命
第17話:ささやかな宴

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 防壁の付呪修復を終えた僕とエメリアは帰路につく。  修復作業の間、エメリアは饒舌だった。  上機嫌だった。  どうやら元気を取り戻してくれたようだ。  僕も嬉しい。  と、僕の前を歩いていたエメリアは、どこか楽しげに振り返った。 「リゼルさんの行く宛が無いのでしたら、うちに来ますか?」  いきなり凄いお誘いが来た。  一体彼女になにがあったのだ。  僕たちそんな近い関係でしたっけ……。 「エメリアさんの家、ですか?」  ちなみに、二人きりの時はさん付け、人前では先生と呼び合うことについさっき決めた。  しかし、家か。  姉妹なのだから、ルグリアだっているだろう。  こ、これはつまり――。  そして僕は大事なことに気づく。  エメリアの家、それ即ち彼女の親戚の家という情報を僕はもう持っているはずだ。  そこから導き出される答えは一つ――。 「ご厚意は嬉しいんですけど、エメリアさん一人で決めちゃって良いんですか? ルグリアさんと――グイン・バスさんの了承を得ないと」  危ないところだった。  家、となればあのドワーフのすっごいしつこくてうるさい人がセットなのを忘れてはいけない。  いや、良い人だけどもね?  だけど大事な、しかも納期が迫ってる仕事中に雑談するのはどうかと思うよ。 「大丈夫ですよリゼルさん。うち、宿屋経営してますから」  ――ははーん、読めましたよ。  危ないところだった。  騙されるところだった。  下衆な下心に惑わされて恥ずかしい思いをするところだった。  でも僕は賢いので大丈夫。  さて、まずはジャブだ。 「でも、長期の滞在になるかもしれませんよ? 流石にずっと宿だと、収入のほうが……」 「大丈夫! リゼルさんならなるべく格安で泊まれるようお願いしますのでっ」  ようし、やっぱり有料だった。  気付いて良かった。  それどころか僕はただの客だ。  もちろん値引きはありがたい。  でもそういうことでは無いのだ。  大丈夫、直前で気付いたからダメージは軽微だ。  あ、でもちょっと胸が苦しい。  きゅーってなった……。  ただの客か……。 「リゼルさん?」 「い、いえ! そういうことなら、助かります!」  僕ひょっとしてカモにされた?  エメリアの嬉しそうな笑顔が眩しい。 「これでリゼルさんと一緒に勉強できますねっ!」 「そうですねエメリアさん!」  僕は宿泊有料だけどね……。  と、広場へと差し掛かったところで香ばしい肉の香りが漂ってきた。  塩と、タレと、焼ける肉の匂いだ。  腹の虫がグーッと鳴る。  もう腹はペコペコだ。  仕事終わったら食事だとは聞かされているので我慢していたが……。  仕事の前に少し何か食べたかった。  ルグリアってひょっとして酷い人なのでは。  でも唇は柔らかかったからなぁ……。  やがて僕らは匂いに釣られて広場の中心へと足を運ぶ。 「おお! 先生さんがご来店だな!」  と、[冒険者ギルド]の調理師が出迎えてくれた。 「よう! あんたが付呪師の先生さんかい! シチューもできたし、肉も焼けた、食ってくかい!」  既に、大勢の冒険者達が集まっている。  彼らは活気に満ちていた。  何せ、帰れば大金が待っているのだ。  ……そういえば、僕の取り分どうなるんだろう。  ベヒーモスは全部無くなってしまったけど、キングベヒーモスは丸々あるはずだ。  ベヒーモス……全部…………。  あ、またなんか胸がきゅーってなった……。  でもキングこそは!  ……とは言え、流石に全部僕のものにできるとは思っていない。  付呪師ではなく冒険者として参加するということは、そういうことだ。  だが今は腹ごしらえだ。  朝から何も食べていないので本当にお腹がぺこぺこだったのだ。 「はい、いただきます」  さて、何を食べようか……。  僕はぐるりと周囲を見渡す。  そこかしこから肉の焼ける香ばしい匂いが漂う。  ああ、本当に良い匂いだ。  食欲がそそられる。  ん……?  少し、様子がおかしいぞ?  どこもかしこも肉だ。  肉がいっぱいだ。  ベヒーモスの肉だけでは無い、獄炎鳥を始めとする鳥系の魔獣もたくさんいた。  串焼きの肉、厚切りの肉、薄切りの肉。  肉、肉、肉――。  調理師が豪快に笑って言った。 「まあ肉しか無いんだけどな!」  右も左も肉、肉、肉。  分厚く焼いた肉。薄く焼いた肉。シチューにぶちこまれた肉。  とにかく肉しか無い。  野菜は無い。  パンも無い。  僕は、くらっと立ちくらみを起こしそうになりながらも踏みとどまる。  贅沢は、言えない状況だったはずだ。  補給線は絶たれ、籠城戦を強いられていた百名近くの冒険者。  そこに非戦闘員に、負傷者も加われば人数はもっと増えるだろう。  僕たちは、本当にギリギリの戦いに勝ったのだ。  少し離れたテーブルで、ルグリアがシチューにかぶりつき、 「んまーい!」  と満面の笑みを浮かべている。  可愛い。 「リゼル先生、いっぱいありますけど何を食べます?」 「シチュー、美味しそうですよね。あっちの方で配っているみたいですけど……」 「はいっ。では私もシチューで」  ああ、姉が作ってくれたシチューを思い出す。  僕はシチューが好きだ。  ルグリアも食べてるし。  だが、不幸なことにルグリアの周囲には他の冒険者たちでいっぱいだ。  皆、防壁で見覚えがある顔だ。  ルグリアは、弓使い部隊のリーダー的な存在なのかもしれない。  ならば、今僕があそこに割って入っても居心地が悪い思いをするだけかもしれない。  友達の友達は、親しくするにはちょいと難しい間柄なのだ……。  僕はエメリアと二人で肉三昧と洒落込もうではないか。  正式な師弟として友好を深めるのも大切なことだ。  印象を良くしておいて損は無いはずだ。  ルグリアの妹なわけだし。  ならば、僕はエメリアにとって理想の師であり理想の弟子になってみせようではなか。 「はいよ、先生。シチューだな? たんと食ってくれ、アンタのおかげだよ! 本当に、ありがとな……!」  と、調理師からシチューを渡されながら礼を言われる。  なんだか少しくすぐったい。 「いえ、皆さんがいてくれたからです。道具は使い手がいてこそですので」  いやもう行けたのでは?。  付呪師としててっぺん狙えそうな気がしてきたぞ。  と、他の冒険者が僕の肩をぐいっと抱き、笑う。 「あんたはとんでもねえ付呪師だよ先生! 疑って悪かったな!」  どうやら僕の知らないところで疑われていたらしい。  そして僕の知らないところで疑いは晴れたようだ。 「全部壊れちまったけどな!」 「す、すいません……」  それをどうにかしなければなぁ……。  道具そのものが良ければ解消されるか?  いや、無理だろうな……。  何せ、[世界樹の杖]ですら連発はできなかったのだ。  あのレベルで無理ならもう後は僕の問題なのだろう。  ちなみに、僕の[世界樹の雷杖]は炭となった破片が見つかっている。  エメリアに土下座して謝った結果、許してもらえたが、きっと内心ではブチギレているかもしれない。  何とかしなくてはご機嫌を取ってポイントを稼がなければ。  だが今はシチューだ。  腹ごしらえだ。  食事をしながら対策を考えよう。  シチューはいい匂いだ。  香りから判断するに、魔獣使いの魔獣から採れたミルクを使っているのだろうか。  それと僅かな香辛料の香り。  見た目もそれほど悪くない。  良いではないか。  美味しそうだ。  これぞまさしく、勝利の宴にふさわしい。  では、いただきます――。 「うおえええ!?」  思わず、僕は絶叫した。  な、何だこの、形容し難い、げっそりとする味は。  何だ?  本当に何だこれ?!  食べ物を口にして叫んだのは生まれて初めての経験だった。  こ、この……げっそりとする、味……!  全身から血の気が引いていくような、この、げっそりとする味!  もう頭の中からげっそりという単語が離れなくなってしまった。  空腹は最高の調味料とは誰が言った言葉だったか。  今日、僕は確信した。  あれは嘘だ。  空腹でも不味いものは不味い。  何をどうしたらここまで酷い料理になるのだ。  ふと、ゲラゲラと笑い声が聞こえる。  その冒険者たちは明らかに、僕を笑っているようだ。  ――まさかこいつら、何か仕組んだのか?  嫌がらせをされたのならば、断固として戦う用意がある。  伊達にレイヴンを相手にしていたわけでは無いぞ……。  来るなら、来い。  だが、僕の予想に反して、楽しげにやってきた冒険者たちは僕の肩をバンバンと叩きながら笑って言った。 「だよな!? 死ぬほど不味いよな!?」 「でも食うしかねえもんなぁ!」 「ほぉら先生! 食え食え! アンタが一番の英雄なんだかんな!」 「それに食えるもんはこれしかねえぞお!」 「言っておくがこのシチューが一番マシだからな!?」 「他のはもっとひでえぞぉ! ウハハハハ!」  …………ああ、そうか。  彼らも、あまりの不味さでおかしくなっているのだ。  実はこれは嫌がらせで僕だけ不味いものを食べさせられました、という方がマシだった。  そうか……これ、一番マシなのか…………。  うわぁきつい。  一口で食欲が無くなったぞ。  ……あれ?  ルグリアが美味しそうに食べてたのは何だ?  と、冒険者たちはエメリアをまじまじと見ている。 「で、どうよ?」  彼らの視線は、エメリアのシチューに注がれている。 「お、美味しい、ですけど……?」  は?  何で?  え、これが?  冒険者が言った。 「エルフってこれだ……」  別に、エルフが嫌いというわけではなさそうだ。  これはどういう話なのだ? 「ルグリアのヤツも、他のエルフもおんなじこと言いやがる。魔力に味があるってんだろ?」 「た、たぶん、そうだと思います」  どうやら、人種とエルフ種では味覚がだいぶ違うらしい。  いやでも、[魔法学校]ではそんなことなかったような……。  魔力の味、か……。 「このげっそりする変な味が、魔力なんですかね?」  と問うてみると、冒険者は首を振った。 「いや、それはただ単にベヒーモスの肉が臭えだけだ」  あ、はい……。 「でもエルフっつーか、魔法に親和性が高い連中はこのとんでもねえ臭みよりも芳醇な魔力の旨さみたいなのを感じるんだとよ」 「ま、魔力、ですか……」  ふと、思う。  確か、夫婦の味覚が噛み合わないと、結婚生活が大変だとか何とか……そんな話を聞いたような。  ……少し遠くにいるルグリアは、シチューどころかベヒーモス肉の串焼きも美味しそうに頬張っている。  むむむ……。 「坊主は凄え付呪師なんだろ? そんならわかるかもって思ったんだがな」  全然わからない。  というか僕は別に魔法が凄いわけでは無いのだ。  [翻訳の魔導書]が凄いのだ。  いや待てよ?  ということはそれを作り上げた僕も凄いのでは?  ……いや、そういう話ではないな。  エメリアも、遠目に見えるルグリアも、美味しそうにシチューを食べている。  ならば、おそらく焼いただけのベヒーモスの肉も美味しく感じるのだろう。 「この辺りの魔獣は、魔力の保有量が多いんですね」 「ああ、格段にな」 「常に魔力を鎧のように纏ってるから、俺たちじゃ太刀打ちできねえ」  魔力を、鎧のように――。 「先生の付呪は凄えよ。それをぶち破っちまうんだからな」 「俺たちの剣だって、それなりに付呪はされてたんだぜ?」 「ミスリル製の剣を買って、[冒険者ギルド]推薦の付呪師に依頼してこれだ」 「たぶん、先生より凄え付呪師はいねえよ。少なくとも、[冒険者ギルド]にはな」  なんだか、身震いしてしまう。  僕の、[魔術師ギルド]での、成果――。 「まあ爆発すっけどな! ウハハハハ!」 「す、すいません、ほんっと……」 「良いんだよ先生。俺たちにゃ、安定したなまくらより、すぐぶっ壊れる一発が必要だったんだ」  ……これ褒められてるよね?  嫌味じゃないよね? 「で、だ。先生よ――」  と、冒険者の一人が小声になる。  何だ何だ、内緒話か?  でも彼らは今後大事な顧客となってくれるかもしれない人たちなのだ。  友好を深めるためにも聞いておこう。 「先生さえ良けりゃ、うちのパーティに入らないか?」  あ、駄目だ。  これはいけない。  断固として拒否だ。  申し訳ないが、他のパーティに入る気は無い。 「いえ、僕はもう決めていまして。ね、エメリア先生」  と、僕は断りを入れながらちらとエメリアに助け舟を求める。  しかし――。 「うっそー? エメリアの付呪よりー?」 「そうなんです。私よりもずっと綺麗な[ルーン」を書くんですよ?] 「へーっ! それで師匠で弟子? おもしろーい!」  どうやらエメリアは、他の女魔導師や女剣士に囲まれて、所謂女子トークの真っ只中らしい。  チラチラと女魔導師がこちらに何か目配せをしている。  確か、彼女は今僕を誘っている冒険者と同じパーティだったはずだ。  ……ははーん、ひょっとして今僕はピンチだな?

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